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 ザムの安否も確認せずに飛び出したマルニアを、リパゼルカもまたベベルには見向きもせず追いかける。死んでいなければ、ベベルもそうしろと言うに違いない。


 マルニアの外装が稼働するところを、リパゼルカは今日、初めて確認した。

 鳥獣外装のようにも見える翼を持っていたが、明らかに違う金属量。最軽量の鳥獣外装ではありえない、少なくとも中重量に準じるクラスの外装だ。


 外装の区分には見方によっていくつもの分け方がある。

 メジャーな区分の一つが、使用されている金属の比率でおおよそ六つほどに区分けする分類法だ。媒体や地域によって変動することもあるが、概ね六つで合っているはずだ。


 中分類ライトクラスの最軽量・軽量、ミドルクラス中軽量・中重量、ヘヴィクラスの重量・最重量。

 たまにスペリオルクラスとか超級といった規格外の表現を見ることもあるが、基本はこのように見た目からして分類可能だ。


 外装における金属使用率でどうやって見分けるかという話だが、外装の用途を考えると自然にこうなってくる。


 ライトクラスは金属が少なく軽いので、機動力や敏捷性に優れる。鳥獣外装がその最たるものだ。局地的な環境・展開に強いものが多い。

 ミドルクラスはバランスが良い。結合外装を代表に、加速力や特殊機能に手を入れつつも、基本性能を確保している。ステージレースの最大手だ。

 ヘヴィクラスは金属使用量が多いだけあって小回りは全く効かない。しかし、大量の金属による防御は堅牢で、一たび飛翔し始めれば安定した道行きを保証する。こちらもステージレースでチームに一人、二人は見る。


 マルニアの外装は、ほとんど全身を分厚い金属で覆っており、下手するとヘヴィクラスに足を突っ込みかねない。

 鳥獣外装を小鳥だと表すならば、猛禽の類だろうか。


 リパゼルカはマルニアの後ろを飛びながら、


「ミレイズが“夕焼け”なら、こっちは“曇天”とかになるのかな」


 などと批評していた。ミレイズの結合外装と後ろ姿こそ似ているが、色は古ぼけたブリキのような色であまり美しくなかった。


 ベベルがザムと非常に競ってくれたので、リパゼルカはマルニアの真後ろに付くことが出来た。

 先行者の真後ろは風の抵抗が少なく、魔法力の消費を抑えつつ前に付いていくのを楽にしてくれる。


 マルニアも後ろにじっとりと貼りつかれるのを嫌い、急角度でのコーナリングや回転機動で揺さぶりを掛けてくる。だが、そういった機動はさすがに生身のリパゼルカに分があった。ぴったりと磁石のように離れない。


 山岳都市ジャイダ外郭からの入り口は下街上層に繋がっている。上街に直入りしたいようであれば、上街用の出入り口が別途あるのでそこまで飛んでいく必要があるが、第三チェックポイントからは下街に入らざるを得ない。そういうコースなので。


 下街下層ほどではないが、下街上層もまた迷路だ。


 かろうじてこちらは破壊してはならない建物が並んでいるため、また上街から光が差すために、最下層よりも見通しが良く経路の予想もつく。

 ガイドロープも張られているので、迷うことはないだろう。突然の壁に衝突しないことだけ気を付ける。


 マルニアは両手を横に大きく伸ばし、大きな金属製の固定翼で空気を裂いて飛んでいる。

 建造物で狭まった路は半回転で翼を縦にして抜けていく。時折地面に触れる翼の先端から、土埃が糸を引くように舞い上がった。

 リパゼルカはその背を追ってするりするりと迷路の角を曲がっていく。


 しばし真後ろから観察をして、今回の外装を装備したマルニアにララキアほどの格闘能力は無い、リパゼルカはそう判断した。


 マルニアの動きは市街地を早く飛ぶための物ではなく、特別ポイント……特にライジングポイントを奪取することに重きを置いている。ライジングポイントを取れれば、流れでゴールポイントまで一気に取れる。シティスプリントも取れるなら取るが、本命はその後二つ。


 外装でライジングポイントの直登をクリアするのは難易度が高いはずだが、シティスプリントを狙っているにしてはマルニアの動きには余裕があった。直登に何らかの策があるのか、リパゼルカが予測するには材料が不足していた。


 ザムが持ってきた外装との兼ね合いもある。直登を考えるなら鳥獣外装の方がまだ容易だったはずだが、マルニアのそれは森を飛翔するには明らかに不向きの外装であろうし。


 ――で、あれば。


「ここで抜く」


 次に見えたS字コーナーでマルニアを抜く。


 そう決めて、リパゼルカはマルニアの背側に寄った。

 マルニアは横に長い外装を展開している関係上、連続するコーナーなど小回りを要求される場所ではどうしても翼を縦にする必要が出てくる。


 それが何を意味するかというと、死角の固定である。


 人族の視界は顔面に付いた二つの眼球でのみ確保される。眼球は前方に向かって付いており、人族は身体を動かして四方の視界を順次得ることが可能な造りをしている。


 星駆けにおいても視界を確保することは重要な要素だ。

 特に追われる者は背後の追跡者から情報を得ることに苦心する。脇や股の下から覗いてみたり、回転するその一瞬で状況を把握したり、外装のリソースをそちらに割く場合もある。


 リパゼルカが見抜いたマルニアの弱点はそこだ。

 マルニアの外装は固定箇所が多く、関節の柔軟性に欠ける。前方以外の視界確保に難がある。

 普通に飛翔している最中はまだなんとかなるが、翼を縦にするため横を向く時、絶対なる死角であった頭上が、天から左右のどちらかに切り替わる。天井があり高く飛べないこのコースで、マルニアの目から逃れるチャンス。


 息をひそめて、気配を消す。


 マルニアが左を向くと同時に、リパゼルカは右側にズレた。

 左コーナーへの侵入はマルニアが内側となり、外側のリパゼルカは不利だ。しかし曲がるために速度を落としたマルニアに対し、リパゼルカは速度を落とさない。リパゼルカの鼻先がマルニアの外装と競る。

 すぐに右コーナーがやってきて、ここでマルニアはリパゼルカが自身の背側から進出していることに気付いた。


「ふっ、まだやらせんぞ!」


 マルニアが壁ギリギリまで身体を寄せて出口を絞った。挟まれた相手に減速するか、壁に衝突するかの選択を強いる。

 普通であれば減速するが、残念なことにリパゼルカは普通ではなかった。


 なにせ外装を装備していない。


 外装ならば通れない隙間も、生身のリパゼルカには通り抜けるに十分な幅がある。


「絞り切れて……いないッ!?」


 並んでS字コーナーをクリアし、進路潰しのせいでコーナーの立ち上がりを加速し損ねたマルニアよりもリパゼルカが前に出る。


 リパゼルカは次のコーナーで壁の淵を蹴り、くるりと身体を丸めて、すぐさま飛んできたマルニアの肩に足を置いた。常人ならば相対的な速度差で素足を粉々に破壊されて終わる。

 驚異的な柔軟性を発揮したリパゼルカは衝突で得たエネルギーをコントロールし、しっかりとマルニアを踏み台にして進行方向への推進力へと修正する。


 突発的に物理ブースターと化したマルニアと、その恩恵をたっぷり受けたリパゼルカ。


 二人の間に大きな溝が生まれた。


 華麗なる入れ替え劇。

 またたく間に位置が入れ替わり、マルニアがリパゼルカを追う形になった。

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