3-14
ザムに対するベベルの考察はおおよそ当たっていた。
一点、間違っているところがあるとすれば、別にザムはベベルを侮っているわけではない。
ベベルが思っているよりも、リパゼルカに脅威を感じているという点だ。
ザムとマルニアは、リパゼルカに高い評価を付けている。
ララキアが目を掛けているから――、そういう側面が無いではないが、市街地においてはこのレースで最も危険な相手として認識している。
生身の人族空駆者が<朝露>以降全く出てこないので感覚が麻痺しているが、本来ならば外装と生身では勝敗の比較対象にもならない。どんな空駆者も最悪エントリーモデルの外装を背負って出場するのがセオリーだからだ。
いくら市街地といえど、生身では外装に勝てるはずがないのだ。万に一つも勝ち目が無いからこそ、皆、高い金を出して外装を導入する。
にも関わらず、リパゼルカは空駆者にとっての常識を本当に覆して見せた。
ララキアの近接格闘を生身で受けておきながら、飛翔を継続し、あまつさえ三位に滑り込む。
魔法弾が得意だとはいえ、ララキアの近接格闘が弱いというわけではけっして違う。外装を装着した相手を地平線までぶっ飛ばしかねないパワーがある。
それの直撃を何の防御力もない生身で食らって、「柔軟性には自信がある」の一言で飛翔を継続しているのは、はっきり言って異常である。柔軟性うんぬんでは説明がつかない。
同じ<暁天>のレースに参加している空駆者にもレベルの差がある。
一度でも勝利して上の等級――<黎明>への挑戦権を持っているかどうか。
どのクラスでも次への挑戦権を持つ者と持たざる者で、明確に飛翔レベルに差が出る。レベルの高い上位レースに揉まれているのだから当然だろうが。
ベベルとリパゼルカは二人とも次への挑戦権を得ていない。特にリパゼルカはまだ半年前に上がってきたばかり。
普通に考えればどちらも格下であり、気を割くことすらもったいない相手だと言えた。
だが普通の感覚を持っているザムとマルニアからすると、リパゼルカの実力は
その不気味な選手の相方にも最初は気を払っていたが、初手の奇襲以外は基本に忠実で堅実な飛翔をする、悪く表現すれば一山にいくらでもいる空駆者であった。
どちらかを危険視するかは、一目瞭然だろう。
――ゆえに、ザムも油断した。
一山いくらの選手の底を見抜いた、と。
確かにベベルは基本に忠実で、確率論を行動方針に組み込みがちだ。期待値の高い行動を取ることを優先する。
期待値が高い行動は、他の誰もが同様に優先し、それゆえに熟練の相手には読まれやすい。
ベベルが他の凡庸な空駆者と違った点は二つ。
異常者たるリパゼルカの実力を認められる寛容さ、そしてその異常者からも活かせる何かを学ぼうとする真面目さ。
リパゼルカから、魔法力ではなく身体能力を用いて加速する術を学んだベベルは、本日の全選手中最速を文字通り、叩き出した。
外装の各腕、脚のパーツを進む先々で木々、あるいは地面に叩きつけ、その反動に合わせてブースターを激しく稼働させる。
空気のような流体を蹴るよりも、固体、特に面で受け止めてくれる物体を踏み台にした方が速く動ける。子供だって理解できる事象だ。
両手両足を振り回し、荒れ狂う竜巻のようにザムを追う。
「う、ぐ、おおおオオォオオ……ッ!!!」
「なん……、だ、ってんだ!?」
森から抜け出さんとしたザムは振り返り、すっかり遠くに置いてきたはずのベベルがすぐそこにまで迫っていることを認め、顔を歪めた。
ベベルの底は見抜いたはずだったが、底を抜きやがった。ザムはミスったと後悔するが、まだ決着はついていない。
「めちゃくちゃな飛び方しやがって、クソがァ!」
ザムが怒鳴りながら森を抜けて
噴かせるのは泡だけではないぞ、とベベルが森端の一際太い幹を両足で踏み込む。メキメキと足型が押し付けられた大木を足場に、弾けた栗のように鋭いアタックを決める。
ザムのすぐ脇を通り抜け――
「今一歩! 足りねえなッ!」
「ガッ!?」
抜いたと思った瞬間、ザムがまさかの近接格闘を仕掛けてきた。
最軽量の鳥獣外装では攻撃力も全く期待できない――はずなのに、ぶん殴られた頭蓋はダメージを脳まで素通りさせた。
視界が揺れる。ザムがはらはらと右手を振っている。集められた魔法力が散っているのが見えた。
「魔法弾をゼロ距離で撃たれた……のか?」
どこか夢見心地で呟く。
視界から何もかもが消えていく。白い世界に覆われていく。
ベベルの全身から力が失われ、意識をも白い世界に旅立たせかけた刹那。
「――ベベル! ライフアッドさんをいつまで待たせるつもり!?」
「……っ、」
チェックポイントの向こうに立つリパゼルカが、そう激を飛ばした。
白い世界に、残してきた恋人の姿が蘇り、
「今日、まで……だッ!」
ライフアッドの幻影が呼び水となり、色鮮やかな世界が彼女の周辺から広がっていく。失われた力が再び全身に充足する。
崩壊したバランスを、地面に叩きつけた四足の反動で取り戻す。もはや獣のように跳ね飛ぶベベルを、基本に忠実な怖さのない凡庸な選手とは言えない。
地面から弾け飛ぶ勢いは間違いなくザムより強い。鳥獣のトップスピードを瞬く間に超えていく。
チェックまで残りわずか。
死ぬまで喉元に食らいついていく獣が、華麗に飛ぶことを命題とする鳥を差した。
誰もがそう思った。ザムを除いて。
「クソっ、これだけは……やりたくなかった!」
ザムはそう言って抜かれる直前、ベベルの進路に全身を投げ出した。
近接格闘に最大限の注意を払っていても、それは想定していなかった。飛翔は急には止まれない。中量の結合外装で最軽量を轢き飛ばしたら、当たりどころが良くても大怪我は間違いなかった。
「うおおっ、邪魔、だ……ッ」
「どうあがこうが俺の勝ちだ、ベベルッ!」
二人は金属のひしゃげる音を響かせて、衝突。
ベベルはザムをテープの向こうに吹き飛ばしながらゴールした。
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