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 山岳都市ジャイダは不思議な町だった。


 六合目ぐらいから建造物が増えていくのだが、レンガで建てられた鉄鍛冶があるかと思えば、木造のあばら家が並んでいる。斜面を均してそういった建築を行っているのかと思えば、今度は斜面を掘って内部を居住空間にした家がある。

 天頂の付近には山肌が削られ過ぎて網目のようになった大空洞があり、集会や祭りができるだけの広さも確保できている。崩れ落ちそうに見えるが、そこはきちんと魔法でうまいことやっているそうだ。


 パッと見るだけでも、どのようにして出来た町なのか不思議でたまらない。


 リパゼルカとベベルは国際星駆管理組合ジャイダ支部に顔を出し、【ジャイダ・シティスプリント・ペア】のエントリーを行った。それから職員に評判の良い宿を確認して、およそ一月の逗留拠点を決めた次第である。

 その夜、宿の食堂で名物のジャラック鳥卵料理を愉しみつつ、今後の方針を話し合う。


「上街は開けてるが、その分だけ風も強いし、油断すると糸路いとみちに引っ掛かる。下街はとにかく堀路ほりみちが狭い上に、見通しが悪い。コースが発表されてから順番は決めるが、主にお前には下街を飛んでもらうことになるな」

「ん、了解。レースまで時間があるし、しばらくは町を歩き回って覚えるようにする。ベベルはどうするの?」

「オレも上街と外縁をメインに探索する。必ずしも上街だけ、下街だけのルートになるとは限らんからな。夜はこうして情報を交換するようにしよう」

「それなら、町の名物とか観光名所を併せて確認しておいてよ。ここのパンが美味いとかでもいいから。印象に残るポイントがあれば、もし現在地が分かんなくなっても把握の助けになる」


 リパゼルカの顔ぐらいあるオムレツを掘り進めながら、広げたジャイダの地図を二人で眺めている。


 ジャイダの地図は一番雑なやつで四枚から成り、上街・下街・外縁・縦割が揃ってようやく全景が分かる。素直に上から見て、どこに何があるのかを示した地図が三枚、横から見た場合の標高や配置を記した地図が一枚。

 詳細に記したものは四枚どころではなく、本になるほど必要だというから購入するのは止めておいた。

 コースが明らかになるまでは対策も打ちようがない。


 レース・ブリーフィングでコースが発表されるまでの間はジャイダを隅々まで頭に入れること、それだけを決めて、ジャラック鳥の卵丸ごと蒸しをお代わりした。ベベルの頭ぐらいの大きさがあるジャラック鳥の卵だが、その口当たりは滑らかで味は濃厚。あと三回はお代わりできるくらいに美味だった。

 ジャラック鳥の卵酒を愉しんでいたベベルはお代わりを頼むと、それを持って「ちょいと用事を片付けてくる」などとほろ酔い加減で出掛けて行った。

 それを見送り、めくるめくジャラック鳥の美味探訪を進めていると、同卓の空いていた席に誰かがやってきた。

 同時に連れてきた店員が「すいませんが相席お願いしまっす!」と言って、瞬く間に別のテーブルに注文を取りに行ってしまった。


「……ま、いいけど」


 店員の背中にぼんやりと了承を返して、テーブルの向かい側に目を向ける。

 男女の二人組がすでに空いている皿を積み上げて、自分たちの場所を作っていた。


「おっと、勝手にやっちまってるけどいいか?」

「構わない。そのジャラック鳥の卵料理はとても良かった」

「へぇ、俺らも頼むか。なァ?」

「来月まで、節約」


 どこかチャラチャラとした金髪の男が、隙のない着こなしで綺麗な座り姿の女性に戒められる。


「んなこと言うなよ、せっかく旅先に来たんだから名物ぐらいは食っとかねえと損だろ」

「先立つものがあればの話。私たちにはない」

「誤差! 誤差の範囲だって! ここで食わなきゃ、失われる意義の方がデカいんだって! なっ、アンタもそう思うだろ!?」


 唐突に振られた問いにも、リパゼルカは動じずに重々しく頷くことで答えた。

 そのおかげで男はより一層元気になって、


「ほら! カティも実際食いてえと思うだろ?」


 カティと呼ばれた女性は表情まで完璧に隙がなく、眉先一つ動かない。しかし、油断した紫髪の一房が悩ましげに揺れている。


「……ケイル、それを否定はしない。しないけど、日頃から自らを律することが節約に繋がる。ここで、一番安いパンとスープにしよう」


 自身を説得するかのような台詞に、リパゼルカはつい手元にあったジャラック鳥卵丸ごと蒸しの皿を彼女の手前に押し出した。


「……。これは」

「旅先で地元の料理を味わうのは礼儀の一種。食べかけだけど、端の方は口を付けていないから味見してはいかが?」


 戸惑うカティにリパゼルカはニコリと笑って見せた。


 おかわりをして先ほど来たばかりの、ほぼ新品。

 ハンマーで殴っても傷付けるのが難しいジャラック鳥の卵、その上部を鋸で切り落とした器。その中には卵の中身そのもの……ではなく、卵料理が姿を見せる。

 溶いた卵を味付けし、肉やきのこを和えて、卵の蓋を被せて業火で一気に蒸しあげる。

 そうすると、朝日に煌めくジャラック鳥の羽根のように見事なこがね色の、ジャラック鳥の卵丸ごと蒸しが完成するのだ。


「たぶんそんな感じ」

「たぶん!? 店員に聴いたとかじゃねえのかよ?!」


 リパゼルカが披露した小話にツッコむケイルとやら。


「店員に聴く暇があれば、これを食べる方を優先したかった。その時は」

「作り話かよ」

「本当か嘘か……、それはまだあなたたちが店員に確認するまで確定しない。そうは思わない?」

「嘘じゃなかった場合はそれ、アンタの作り話がたまたま合ってたってことじゃねえか。アンタがそこまで自信満々に疑問を提示できる意味が分かんねぇ……」


 最近はこういった指摘をくれる人に長らく会っていなかったので新鮮というか、リパゼルカ的にはケイルとやらの第一印象はマルだ。


「そういう作り話をしてしまうくらいには美味だった」

「ゴクリ……」


 カティとやらは唾を飲む擬音を口で言って、その後に本当に唾をゴクリと飲んだ。


「口で言う必要あった?」

「あー、自己表現の練習中なんだ。温かい目で見てやってくれ」

「そうなの」


 リパゼルカはカティを温かい目で見て、それから真剣に様子を伺っているジャラック鳥の卵丸ごと蒸しにスプーンを差し入れ、こがね色の中身を掬う。ぷるぷるとして、しっとりかつふわふわな見た目からは、まったりとしてまろみのある豊かな味覚が感じられる。

 掬われたスプーンにカティの視線は釘付け。少しばかり左右に揺らすと、薄い虹彩がゆらりと追ってくる。

 ちょっと遊んだところでリパゼルカはカティの口元にそれを運んだ。


「はい、あーん」

「あーん」


 山彦のように意識の外から捻り出した言葉を繰り返し、カティの口があーんと開く。

 すかさずリパゼルカはスプーンをねじいれた。

 カティはもごもごと口を動かし、それからようやく正気に戻った様子で言った。


「これを五つ頼もう」

「五つ!?」

「それで足りる? もうこれ六個目なんだけど」

「いや、それ、どこにそんな……こんなデケェの一つで十分だろ!」

「美味しいものは別腹だよ」

「良いことを言う」

「それほどでも」


 リパゼルカとカティはがっしりと手を握り合い、大きく頷いた。

 ケイルは疲れたように、息を吐いた。


「……いやまあ、仲良くなって結果は上々。なんか予定とは違ったが、それでいいか……」


 卵ばかりが並んでいるテーブルを挟み、改めて自己紹介をする。

 男はケイル、女性はカテラリアと正式に名乗った。


「しまった……。あなたはもうカティで覚えてしまいつつある」

「別に構わない。親しい人はそう呼ぶから。私はリパゼルカをどう呼べばいい?」

「好きなように呼んで。愛称で呼ぶほど親しい人はいないから」


 そう答えると、カティ――カテラリアは少しだけ考えて言った。


「では、あなたはゼリー」

「美味しそう」

「おそらく、とても甘い」

「少し苦いかも」

「それはそれで」


 頷き合う二人に、ケイルは慄いていた。


「こいつのネーミングセンスと対等……!? いいのかよ、そんな名前で!」

「どんな名前ならいいと思うの?」


 リパゼルカが尋ねると、ケイルは虚を突かれた様子で呆けた後、腕を組んで唸った。

 しばしの思考時間を置いて彼が出した答えは。


「リッパーだ!」

「ゼリーで良い」

「やった」

「なんでだ!?」

「思ったよりも大差なかったから、先着順」

「うぬああああああ……!」


 カティのセンスと同等以下であることに打ちのめされているケイル。

 いえーい、と女の子同士で手を叩いていると、ケイルはおもむろに元気を取り戻し、


「そこまで言うならばだ! リッパー!」

「リパゼルカ様」

「愛称どころか敬称!? ええい、そこまで言うのなら俺にも名を付けてみろ、あんたのセンスを計ってやるぜリパゼルカ様!」

「良いチャラ男」

「あんた、もしかしてめちゃくちゃ酔っ払ってねえか?!」


 なんだかんだでリパゼルカはケイルのことも嫌いではない。チャラ男だが良い人だと感じている。


「じゃあ、イチャ男」

「なんでも略せばいいってモンじゃねえぞ!? カティよりひでぇのがいるとは思わなかった……なあ、カティ、さすがにこのネーミングはどうかと思うだろ?」


 カテラリアは真面目な顔をして真摯に答えた。


「口角尖らせていても、イチャ男は初めて愛称つけてもらえて嬉しいはず」

「同レベル! えっ、それで決まりなん!?」

「よろしくイチャ男」

「良かったね、イチャ男」

「良くねえよ! よろしくな?!」


 すごい良い人感をほわほわと受けるその晩は、リパゼルカにとって久しぶりに楽しい夕食となった。

 予算オーバーということで、翌日以降は別の宿に移ってしまったのが残念だと思うくらいには。

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