3-2
トトガンナ星駆管理組合には立派なミーティングルームがある。
ちょっとしたクローズドな部屋が必要な場合、空駆者が一番手軽に借りられるのがこの部屋だ。
そこに本日、四人の関係者が集っている。
リパゼルカと担当のテティス。
そしてレースに誘いをかけた当人のベベル、彼の担当である女性、ライフアッドだ。
テティスがトトガンナに着任するまで、もっとも見る目のある担当者はライフアッドだと言われており、ベベルを見出したあたりからもトトガンナで有力なペアであることは間違いなかった。
「ベベルゥ~、こんな小娘とレースに出るって本気で言ってるの~? 時間の無駄じゃない~?」
「何度も話しただろ、アッド。<朝露>程度で終わりたくねぇんだ」
リパゼルカとテティスは横並びで椅子に座っている。
机を挟んで、ベベルとライフアッドは一つしか椅子を使っていない。ベベルの上に横向きになってライフアッドが座っているのである。部屋に入ってきた時点ですでに密着していて、テティスの機嫌は底を割っている。
肝が凍結しそうなほど冷たい声をテティスが発する。
「ライフアッド。一人の選手と必要以上に仲を深めるのはよろしくないと思われますが?」
「テティスってばお堅いんだから~。それは他の人に不利益を与える場合だけど、あたしはベベルのためにもそんなことはしないし、みんなに幸せを分けてあげた方が良いと思うの~。テティスも早く良い相手を見つけてね~?」
当然の話だが、ライフアッドが完全なる好意から発している言葉だとは誰も思っていない。
エルドワ、などと略されてしまうほど、あの仲の悪さを例えたくなる間柄はそこかしこに転がっている。
トトガンナ支部のツートップと称される二人だが、二人の仲もトップクラスに悪い。ライバル的立ち位置に設定されているのが幸いだと認識されている。
仕事の能力ではテティスに軍配が上がる。玲瓏な容姿で人気も高い。
かと言ってライフアッドが無能とかではなく、十分以上に仕事は出来る。テティスよりも女性的チャームポイントが豊かで、その武器を使うことに妥協がないことから男性人気があった。意外と面倒見が良く美貌を維持する努力も隠さないので、女性からは不満を募らせるのと逆に良き相談役として慕われている。
性格が合わないのか、環境がそうさせるのか。
彼女らを知る人から言わせれば、ただのしょうもない嫉妬だそうだ。
どうして嫉妬なんかするのか、リパゼルカはよく分からなくて難しいと思った。二人とも良い人なのに。片方は口がちょっと悪いが。
「アッド、今回はオレがお願いをしている立場なんだ、大人しくしててくれよ」
「はあい」
口に両手を当てておどけるライフアッド。
それで大人しくなったのかは定かでないが、ともかくベベルが話し始めた。
「こんな格好で悪いが、まず、話を聞いてもらえることに礼を言おう」
「本当ですよ……。職員が率先して場を乱すなんて前代未聞です、ライフアッド?」
「はいはーい、当人同士の話し合いに口を挟まないでくださいね~? 優秀な職員さん?」
「……ええと、レース参加のお誘いと聞いているけど」
平静を装いつつ、リパゼルカは担当の二人を無視することにした。
一言会話を進める度にテティスのこめかみには血管が一筋浮かび上がり、ライフアッドはライフアッドで、彼女を視界に入れる度、集中線が集まる錯覚を得るほど座り位置を誇示している。
二人に付き合っていては話が進まない事請け合いであった。
ベベルも少し困った顔をしながら、リパゼルカに目を向ける。
リパゼルカは外装姿のベベルしか見覚えなかったが、改めて素顔を伺うと、色々なパーツが角張っていてゴツさがあった。筋骨隆々という言葉からイメージできる男性像に、犬っぽさを足した感じだろうか。何気なく垂れた困り眉が今の状況にぴったりで、なんだか笑えてくる。
「一月後に参加を考えているレースがあってな、それにオレとチームを組んで参加しないか、という話だ。賞金はどちらがどれほど貢献しようと折半する、という条件でどうだろうか」
「ベベル、あなたからそういう話もらえるのはとても光栄。……あなたから優勝を奪った相手だけど、それはいいの?」
リパゼルカは今年大きく躍進した若手の一人。
しかし、その躍進の第一歩は【トトガンナ・スパイラルレース】、それに血道をあげていたベベルを蹴落として得たものだ。<朝露>では過度と言えるほどの妨害を行ってまで守ろうとした勝利を奪った相手に、何か思うところがないのかと勘繰るのも不思議ではないだろう。
ベベルは気負いもなく頭を振った。
「それは問題ない。オレは待っていたんだ、オレより速く市街を飛ぶ空駆者を。……まさか生身の相手に負けるとは夢にも思わなかったが」
その言葉にリパゼルカは少なからず驚いてみせた。自身が勝てる<朝露>に何年も固執しているのだと勘違いしていた。
問題ないのであれば、リパゼルカとしては参加に否はない。思うところがないではないが。
ともあれ、チームを組むのであれば事前に言っておくべきことがある。
「だからと言っても……、あの妨害はやりすぎなんじゃないの。レースの参加者ならともかく、観客を使うのは」
大量に落とされた家具のことを脳裏に浮かべながら、ベベルのやり方をちくりと刺す。
<暁天>を経験した今ならばある程度理解を示すことも可能だったが、やはりリパゼルカとしては汚いやり口を用いたくはない。そういうことを持ち出してくるのであれば、チームを組むことは出来ない。
少し渋い顔をしてベベルが口籠る。
「あれは、だな……」
「ええと……リパゼルカさん、家具落としはベベルさんに関係ありませんよ」
静かにしていたテティスが口を挟んだ。第三者の言葉が必要だと察して、だ。
「どこの街でも、と言うより、どんなレースでもマナーの悪い観客がいますよね。選手に触りたがったり、コースに入り込んできたりするような。家具落としはあれの一種です」
「えっ、でもベベルはその観客と視線を交わして合図をして」
「それは否定させてもらう。さすがに勘繰りが酷い。オレは落としてきたら後でブチ殺しに行くと殺気をぶつけただけにすぎない」
「トトガンナだと十年周期くらいで家具落としが流行るんですよ、リパゼルカさん。それくらいで家具を買い替えるのだと思いますが」
「あたしたちにとっても頭の痛い問題って感じね。どれだけ注意して捕まえても、迷惑なやつって床下の虫みたいにいつの間にか増えてるのよ」
ライフアッドまで加わって、勘違いを指摘されてしまったリパゼルカは、そっと耳を赤く染めながら確認した。
「じゃあ、ベベルは真っ当にやってくれてたってコト?」
「生身の相手に外装で近接格闘を仕掛けるのは様々な意見もあるでしょうが、空駆者としては、そうですね」
テティスにそう断言されて、リパゼルカはすでに帰りたくなっていた。勝手な勘違いで相手を責めるのは恥ずかしすぎる。
ベベルが後頭を掻いて、
「誤解が解けたなら、オレはそれでいい。本題とは違うところだしな」
「……器の大きさに感謝。ごめんなさい」
「勘違いは誰にでもある、気にするな」
恥ずかしいからと言って帰るわけにもいかない。ベベルが気遣って話を流してくれたこの流れで、さすがにリパゼルカは帰れる人間ではなかった。
色々とごまかすように次の質問を飛ばしていく。
「ところで<暁天>に二人組で挑むの? 人数が足りないと思うけど」
「オレとお前で十分だ。オレたちが挑む種目は『リレー・ペア』。二人組でポイントからポイントまでを交互に飛ぶ、コースに合った振り分けが重要なレースになる。メインは市街地だが、直線の多い郊外部をオレが、リパゼルカには中心部を頼みたいと思っている」
本当にそんなレースがあって、郊外を飛ばなくていいのならリパゼルカの負担はとても軽くなる。
<暁天>での初勝利を狙える可能性もなくは無いのかもしれない。
リパゼルカに負けたベベルと組んで勝てるのか、などという意見もあるかもしれないが、リパゼルカが得意でベベルの苦手な市街地レースであの接戦になったのだ。
【トライアングル・タイムトライアル】で図らずも市街地レースの様相となり、結果として三位に滑り込んだリパゼルカである。それと鎬を削るベベルが<暁天>では遅いというのはけして違う。
「どこでやるレースなの? あまり遠いと行くのは面倒くさいかも」
参加に前向きなことが分かったのか、ベベルはふっと肩の力を抜いた。
「開催地は山岳都市ジャイダ。<暁天>【ジャイダ・シティスプリント・ペア】。それが参加予定のレースだ」
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