2-6
イーリスに連れてきてもらった新街区の中枢、領主館のほど近くにその屋敷はあった。
ちょっとしたレースくらいなら出来そうな広々とした庭が格子門の奥に見え、屋敷はそのさらに奥の方にちょこんと置いてある。
「ひええ……」
門衛さんに通してもらい、飛翔して屋敷まで向かう。
新街区とはいえ、これだけの敷地を得るのは大変なことだと来るまでの街並みを思い出して震える。
「もしかして、とんでもない相手に相談してしまったんじゃ……」
一般人からすれば普通に雲の上の存在である。知己を得たからと言って気軽に相談を持ちかけるリパゼルカは少数派であった。
見たこともない大きさの屋敷に圧倒され、見事な作法のメイドさんに圧倒され、通された部屋の内装に圧倒され、供されたお茶の美味さにと圧倒されまくる。
「お待たせしてごめんなさいねえ」
そして現れたララキアにも圧倒される。
なんかもう美しいのだ。
レースの時は外装のおかげで抑えられていたが、ドレスを纏い化粧を施したララキア姫は見惚れるほどに輝いている。
こんな糸クズみたいな人間がまとわりついて申し訳ありませんという感じだ。
そんなリパゼルカの内心を知ってか知らずか、ララキアはゆったりと対面に座り、即座に用意された茶の香りを楽しんでいる。
「【青い鳥】ではよくよくお話しするけども、久しぶりねえ。変わりないようで良かったわあ」
「えっと、はい。ララキア様もお元気のようで」
「元気じゃないわよお、公務ばかりで疲れてるのよお」
「……今回は私事でご迷惑をおかけして申し訳ございません……」
つい伏してお詫びする。ようやく目が慣れて、改めてララキアと目を合わせると、確かに隠しきれない疲労感が滲んでいた。
ふっ、とララキアは小さく笑みを漏らす。
「いいのよ、わたくし働いてばかりなのだから少しくらいはレースの話で息抜きをしてもいいでしょう?」
ララキアはカップを置き、外装から解き放たれし豊満な胸元から一枚の紙を取り出した。リパゼルカはその紙片が送った【青い鳥】だと気付き、同時にアレを自分が再現可能か思案した。……無理すればできなくもない、はず、おそらく!
「生身でがんばるあなたを見たかったのはあるけども、なかなか面白い発想だと思うわあ」
リパゼルカがララキアに送った青い鳥は、リパゼルカが考案した外装の資料から出来ている。最も特徴を掴んでいた一ページを送付したわけだ。
「出来たらいいなあ、と思っているだけで、出来るかどうかは分からないんですけど……。あっ、これが残りの資料です」
「拝見させていただくわねえ」
こうして無事に会見出来たことで、残りの資料も見てもらえる。
レースの前とは少し違った緊張感にそわそわさせながら、リパゼルカは平静を装いお茶を飲む。
本当に読んでもらえているのかな、と不安になるほどぺらぺら資料を捲っていたララキアの手が一枚目に戻る。あっという間に終わってしまった。
「ううん、発想自体は真新しいものではないのよねえ」
「あ、はい……それはそうですよね……」
「でも、確かにあなたに合っているのはこういうものかもしれないわねえ。――補給外装、実現するのなら、だけれど」
そう、リパゼルカが考えたのは単純に魔法力を補給するだけの外装だ。
外装の購入資金が天井知らずなのは周知として、意外と知られていないのが運用にも莫大なコストがかかることだ。
メンテナンスや整備、修理や改良は当然として、最も金を食うのが燃料である。
つまり、魔法力だ。
お前持ってんじゃん、ハイ解決〜〜〜! とは、ならないのが難しいところで、調べたところ外装に使用する魔法力は特別なのである。
魔法力とは個々人で差異があるもの、という前提を認識した上での話になるが、外装を稼働させるのに必要なものは一人ぐらいではとても賄いきれない大量の魔法力だ。
その魔法力はレースの無い時に地道に溜めることになる。誰がと言えば所有者になるが……別に友人にお願いしようが、人を雇おうが魔法力は魔法力ではないのか。
こういった考えで辛く苦しく面倒な充填を楽した者が、軒並み爆発四散した。
新規実装してしばらくは問題なかったが、外装が摩耗して耐久力が落ちたところで合いの子魔法力はその猛威を振るった。充填者の違う魔法力同士がとてつもない反発を起こしており、常に爆発の危険を孕んでいたことが後に分かっている。
魔法力は魔法力……単一の単位で数えられるものではなかったわけだ。
かつては外装を動かすことにも才能がいるとか言われていたが、外装が稼働するかどうかの適性についてもこの個人個人による魔法力特性の違いだということが分かってきて、外装工房は完全に匙を投げた。
一人一人の魔法力の特性を綿密に調査して、それを外装に反映させるの、めちゃくちゃに面倒くさい。
ジャストフィットの外装を用意するのは手間がかかり、かといって対応しなければ無限に爆発する外装は増えていく。
対策は力技で行われた。
外装専用魔法力の開発であり、それによる使用魔法力の制限だ。
特殊な工程で複数の提供者から得た魔法力を精製・安定させ、魔法力カートリッジとして販売。それ以外での使用を不可にする。
反発が無いでもなかったが、魔法力の充填作業はやはり辛く苦しいことではあったので、金で解決するなら良しとする者が増えていった。
そして、だんだんと味をしめた販売側が値上げを進めているのが現状である。
様々な理由をつけて値上げし、それに便乗して本体を値上げし、たとえ値上げの理由が解決しようとも値下げは絶対にしない。
どんなに高価であろうと、それを購入するしかないからだ。
リパゼルカの作成した資料には、そこに一石を投じる内容があった。
「……いいでしょう。かつてとは技術水準が違いますし、もしかしたら新たな技術に繋がるかもしれない。あなたをわたくしの知人の研究者に繋いでさしあげますわあ」
改めてぺらぺらと資料をめくっていたララキアが、そう結論を出す。
リパゼルカはぺこぺこと頭を下げた。
「あ、ありがとうございますっ」
「わたくしは紹介するだけだから。取り組んでくれるかはうさぎさん次第よお」
「話を聞いてもらえるだけでも大進歩なんで、本当に助かります」
そう言って顔をあげると、ララキアと視線が合い、ふと間が空いた。
だからだろう。つい尋ねてしまったのは。
「あの、どうしてこんな親身になってくださるんですか? こんなポッと出の人間に」
リパゼルカが尋ねると、ララキアは朗らかに笑った。
「別にあなただけじゃないわあ。わたくしは空駆者であると共に、この領を導く一族でもある。魅力的な人材に手を付けておくのは当然の話ではなくて?」
「魅力的……」
「わたくしを前にして啖呵を切るポッと出の子供が、どれほどの成長を見せてくれるのか……楽しみにしていますわねえ」
ほほほほほ、と声を上げながら、ララキアは席を立ち去っていった。
その後ろ姿を流されるように眺めていると、メイドさんがお茶のおかわりを注ぎ、それから封筒を置いた。
「こちら、お嬢様からお預かりしていた紹介状でございます。あの変人を訪ねる際にお持ちください」
◆ ◆ ◆
「あの女が紹介状……? そんなの偽物に決まってんだろ帰れボケ!」
ドタバターン!!!
内側でノブが取れてスッ転んでるんじゃないかという音を出して閉まった扉の前で、リパゼルカは途方に暮れていた。
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