1-4

 スタート地点となるダイナクルスの南門はお祭り騒ぎだ。


 門の中では屋台がひしめき、そこで調達した食べ物を手に、観客が街道沿いにコースの壁を作っている。スタートからすでに選択を問われる展開だ。

 町人は鐘楼よりも高く飛んではいけないので、スタートと同時に高空へ飛び出して巨大な外装を展開するパターン、もしくは低空を行き順当に加速を得て観客が切れたところでダッシュを入れるパターン。


 共にメリットとデメリットがあるけれども、リパゼルカとしては後者一択だ。


 百人単位の参加者がいるこのレース、全員が一列に並んでよーいでスタートするのは不可能だ。そんな場所が無い。

 縦に並んでスタートとなるわけだが、もちろん全員が前の方でスタートしたいに決まっている。

 この場合、暗黙の了解として実績が重要視される。どこぞのレースで優勝しているなど、明らかに速いと思われる面子が歩みを進めると、自然に列が割れて先頭への道が出来る。


 星彩協定とも呼ばれる一種の掟だ。


 互いに誇りを尊重することが主眼に置かれた協定は、言い換えれば速く強い者をより尊重するものであり、星が輝くように曇りなき正道を行くことを是とする。

 スタート地点で遅い者が速い者を邪魔する配置は、各々が制してきたレースに唾を吐く行為だ。何の実績も無い者が、あろうことかあのレースで優勝した者よりも強いなどとは。


 こうした暗黙の了解は言葉だけでなく、実地でも体験して覚えていくことだが、リパゼルカはその様子を実際に見て心音が跳ねるのを感じた。


 昨日マークすると決めた二チームが、当然のように後ろから列を裂いて上がってくる。

 それらを見て、周囲の人たちもざわざわと噂するのだ。


「来たぞ……! 『海の旋律』の四人だ!」

「俺ァ、前の<暁天>【グリモア・ポイントアップ】でもあいつらを見たけどよォ、あいつらのコンビネーションはヤバいね。<暁天>じゃァ、飛びぬけてるぜ……!」

「スピードエースのスカイが格好良いのよ! はあー、私の胸にゴールしてくれないかしら……」


 男女四人組はチーム『海の旋律』。

 ラスオリア王国で唯一の港町ヴェルセイル出身で、上り調子のチームとして評判が良い。基本的にはチーム最速の男、スカイを他の三人が援護する形だが、レースの形式やチームの状況によって誰もがエースを名乗れる実力派だろう。


「何言ってやがる! 優勝は『DPS』に決まってんだろうがッ!」

「黄金の中に咲く白い百合! 今日もララキア様が一番美しく飛ぶでしょうな」

「ダイナー領の誇りよ!」


 『ダイナー・プリンセス・スターレーサーズ』はその名の通り、ダイナー領主の長女ララキアが率いるチームだ。ほとんどダイナクルス代表と言っても過言ではなく、選りすぐりの空駆者が集められている。


 記憶が確かならば『DPS』は本来<暁天>よりも一つ上のクラス<黎明>への挑戦をメインにしているはずのチームだ。

 それが出張ってきているのだから、力の入れ様が目に見える。


 チーム編成としてはいわゆる真っ当な正統派五人組になる。勝負所まで味方を消耗させずに牽引するキャリアーが二人。敵の攻撃から味方を護るシールダーが一人。逆に敵を攻撃するアタッカーも一人。

 そして最終的にゴールを奪うエース、ララキアを含めて五人だ。

 正統派ということは、正面から真っ向勝負をした場合が一番強く、今回のタイムトライアルでもその力を存分に発揮するだろう。アタッカーとシールダーは今回手持無沙汰になるのでキャリアーの役目を果たすはずだ。


 『DPS』と『海の旋律』にばかり注目が集まっているが、リパゼルカとしては彼女らの後ろに陣取った『DTA』も気になっている。

 『ダイナクルス・タイム・アタッカーズ』は領都出身の三人が組んだタイムトライアル専門のチームだ。人数が少ないので数日かけて行う長期レースでは中堅らしいが、今回のように一日で終わるタイムトライアルにはめっぽう強いとのこと。


 リパゼルカは昨夜、ブリーフィングが終わった後に食事処で情報収集をしたのだ。


 都市の一大レースが開かれるとあって、どこの食事処でもレースの話一色であり、それぞれの店で予想屋が立ち、賭けが始まっていた。どの予想屋でも人気が高かったのが、その三チームというわけだ。

 リパゼルカも選手として参加することを表明した上で、自分の完走にお小遣いを少し賭けさせてもらった。完走できたところで大した払い戻しはないが、願掛けというやつである。同じテーブルでエールをあおっていた気の良いおっちゃんも大笑いしながら完走に賭けてくれたのが嬉しかった。


 今回はダイナー領で行われるだけあって、付近から集まってきた空駆者が多い。それでも遠方から参戦している名の知れたチームなどもあって、順当に前の方へと詰めていく。

 実績もチームも無いリパゼルカは必然、後ろの方へと追いやられていった。可能な限り前方でスタートしたいが、致し方ない。


 リパゼルカはほとんど最後尾の左端に陣取った。

 右側は大型の外装を装備している者が多く、比較的左側の方が視界が通るからだ。


 スタートで前方に位置したいと思うのは、少しでもゴールに近いところから始めたい、という以外にも理由がある。


「観客の皆さんはァー! 路を空けてくださァーい!!!」


 ひしめきあっていた観客が、魔法で大きく拡がった声を聞いて、気持ち分だけ外へと動く。

 間もなくレースが始まる。


「それではァ! ダイナー特別<暁天>【トライアングル・タイムトライアル】を開始しますゥ! ……3、2、1」


 号砲がいたる所から鳴り響き、スタートの掛け声をかき消す。


 同時に参加者の全員がふわりと宙に浮いた。全速力を瞬時に発揮するでもなく、緩やかに加速していく。


 低空で速度を上げていく先頭に引っ張られて列が細くなっていく中、上空へと抜けだしていく面子がちらほらと現れる。目を付けていた選手はいない。

 上空へと抜けた選手らはメイン集団から遅れつつも観客の壁を越え、遮るものがなくなったところで外装を展開する。


 外装には大まかに三つの形態があり、それらを要所で使い分けていく。あまり複雑な変形や魔導術を仕込むと、壊れやすく繊細になり、無駄も多いそうで、一般的には三つが両立の限界とのこと。


 中でも高出力形態ハイパワー特殊形態エクステンションの場合、ほとんどが縦横高さに前後ろと大きく形が変わる。


 最近の流行りは魔纏外装というやつで、外装の物質部分の大半を削り、大量の魔法力を纏うことで補うものだ。外付けの魔法力量を犠牲にし、消費魔法力も半端なく多いが、大出力な上に軽くてコンパクトなので単純に速くて機動性が高い。コンパクトと言っても他のに比べての話で、捻れた虫の繭みたいなのに包まれ、鐘楼の鐘ぐらいには肥大化していた。


 一日限りのタイムトライアルではかなりの成果を期待できる魔纏外装を装備した面子は、早々に勝負をかけた。

 初手全速力の大逃げ戦法である。


 ブースターから得た莫大な加速で、光閃を見る者の目に焼き付けて遠くの空へと消えていく。

 最初に前に出て、その後は抜かれなければ一位でゴールできるぜ、という確かな手段だ。それが不可能に近いということを除けば。


 その逃げを潰すべく、先頭が動く。


 『DPS』『海の旋律』『DTA』の三チームが主導して、十名ほどがメイン集団を抜け出し、逃げる集団を追う。十名の小集団は逃げる面子に取り付き、重しになることが役目だった。

 集団の先頭を飛ぶのは、後ろについて飛ぶよりも格段に疲労がキツい。

 高速で飛んだ時に真っ先に壁となるのは、自然に存在する空気や風である。文字通り壁となって、下手すると地面に叩き落とされるほどの衝撃を生む場合もある。

 先頭を行く者はその風から身を守る必要がありかなりの消耗を強いられるが、後続はその真後ろについていくだけで恩恵を受けられる。チームなどでは交代して消耗を調整するのだが、逃げを追う場合は交代などせずひたすら逃げの後ろを付いていく形を取る。

 こうなると、逃げは頑張ったところで勝負所ではヘロヘロになってしまい、すぐ後ろの相手に勝利をかっさらわれてしまう。必然的に下がってきて、魔力を残しておかねばならない状況になるわけだ。


 リパゼルカは、本で読んだ中級以上のレースでありがちな駆け引きが目の前で起きていることに、胸をトキめかせていた。


 だが先頭で早くも争いが起きているのに感激している場合ではない。

 ペースが上がっているということは、リパゼルカも位置取りを上げて置いていかれないようにしなければならなかった。


 周囲は外装装備の選手ばかりで、生身で参加しているのは本当にリパゼルカぐらいのものだ。

 リパゼルカがこの直線コースで付いていけているのは、スタート直後、メイン集団で外装を吹かしている者がいないからだ。外装と言ってもピンからキリまであって、もしもキリの後ろについてメイン集団から置いていかれたら、リパゼルカでは二度と追いつけない。

 速度が緩い今の内に、メイン集団に残れそうな選手の後ろに付く必要があった。


 生身の有利な点はこういった密集時に柔らかい動きができることだ。


 外装は魔法力タンクの性質を考えると、魔法力を溜め込む部分は頑丈でなくてはならない。硬く厚く大きくなりがちで、融通が利かない。

 一人分のスペースがあっても、外装のことを考えるとそこに滑り込むことは難しい。


 リパゼルカはそんなちょっとした隙間を泳ぐように身体をくねらせ、少しずつ位置を先頭の方へと上げていく。

 何千人も並んでいた観客の壁はもうすぐ切れる。そうなったらメイン集団も外装を始動させるはずだ。そこに遅れず真後ろに貼りつく。

 その瞬間を今か今かと待って、


「転倒だッッッ!!!」


 思考を切り裂いて聞き取った悲鳴が異常を知らせる。


 真っすぐ綺麗な一直線だった列がぐにゃりと歪む。


「……ッあ!?」


 前方から降ってきた金属塊を間一髪、全力で身体を弓なりに反らして避けた。

 右側の方で悲鳴が弾け、今まで並んで飛んでいた選手たちがごっそり消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る