宛書とは。
友稀-Yuki-
第一節【文彦】
僕は言葉が分からない。
正しくは、分からなかったと言うべきか。
今の僕は、母親の”舞台”を借りることで、こうして文章なるものを記すことが出来ている。
今まではどうしていたのかというと、別に言葉を理解する必要は無かった。
基本的に自由に過ごせていたし、行き過ぎた行動に対しては、僕には抗う事のできない大きな力が働いていた為、言葉そのものへの解釈は不要だった。
強いて言うなら、音は分かった。この音がすると、僕にはご飯が待っているだとか、この音は僕には危険だとか。あとは匂い。僕にはこの二つの要素さえあれば、基本的な生活は保障されていたと思う。
「ふみちゃん、ご飯だよ」
いつもの声。母親の、低くて優しい声。僕はこれ以上の高い音を、この母親から聞いたことは無い。偶に遠くで何やら高い声で叫んでいるのは聞いているけど、別に僕には関係無いらしい。最初は驚いていたけど、もう慣れたものだ。
声が言葉となって、意味を持って耳に入ってくるのは初めてだ。ご飯。ごはん。
この世界ではこれをご飯と呼ぶのか。覚えておきたいけど、僕は三日以上間が空くと忘れてしまうので、無理かもしれない。母親のことだって、毎日触れてくるから自然と認知しているけど、二日以上放置されたら、僕も覚えていられないのだろうと思う。ご飯溜め込んでるし数日くらいなら生きていけるけどね、多分。
あぁ、でも。なんで、三日以上の放置で記憶から消えるということをこうして覚えているのかまではわからないや。難しいことを考えるのは本来好きじゃないんだ。脳も身体も小さいからね。
「かわいいねぇ」
母親はいつもこの言葉と共に、僕の事を大きな手で包み込む。僕は寒い時や眠い時に身を委ねてしまう。この手がとても暖かいこと、安易に逃れられるものではないことは知っているから。でも、身をよじると必ず家に帰してくれるし、寝ている時に気が付いたら中に居たりするし、あれは何なんだろう。ご飯をくれる手だし、怖い思いをしたことは無いから、悪い事じゃないことだけは確かだと思う。
僕には、暖かい寝床も、自由に飲めるお水も、ご飯もあって、遊び場もあって、それで満足している。そもそも満足なんて言葉自体、僕にとっては初めて考える事なんだけど。初めから全て、そこにあったように思う。
『ありがとう』
――「いや、違う」
私は溜め息を吐いた。
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