あなたの願いはなんですか?
「あなたの願いはなんですか?」
そう聞かれた時、一般的に最初に思うことは、願いなどではなく「こいつはなにを言っているんだ」だろう。
誰だって願いくらいは持っている、しかしそれは然るべき手順を踏み、成就させるものだと思っている。
そりゃ、突然降って湧いて叶わないかと思っていることもあるだろうが、少なくとも、目の前に現れたよくわからない人物に頼み込むことはあるまい。
しかし俺には、ささやかだが明確な願いがあった。
「俺を、褒めてくれ」
迷いなくその言葉が出る。
そのことだけを考えて俺は生きているのだ。
「え、褒めるん、ですか……」
途端に言葉が濁る。
顔も歪む。
あからさまな戸惑い。
目に見える困惑。
「えっと、では、あなたには、なにができるんですか?」
そいつはそんな言葉を絞り出す。
いつものやつだ。
「俺の願いは『俺を褒める』ことだ。」
願いは条件をつけられ、歪み、やがて誰にでもできることへと矮小化される。
俺にはそれが許せない。
野球選手になりたいと願い、ボールの投げ方を教わって納得する人間がいるだろうか。
手段を全てすっ飛ばすから願いなのだ。
「たとえば、俺がその質問に『俺は英語が話せる』と答えたとする。するとお前は英語が話せると褒めるだろう。だが俺は英語が話せない。お前の褒めは虚無へと消えるわけだ。褒められる部分を探して褒めるなど、誰にだってできる」
「はあ……」
「俺はここに来るまでに、次元を渡り、迷いの森を抜け、死の沼を渡り、龍の住む山を越えてきたのだ。それもこれも、お前に合えばどんな願いでも叶えてもらえると聞いたからだ。お前は願いを叶えないのか?」
俺の言葉にそいつ……神の泉の妖精にあらためてそれを問いただす。
「……ここまでたどり着くほどの力があるのです。あなたは充分凄いではないですか」
「充分凄い、か……。反吐が出る」
俺の言葉に、その妖精の顔が青ざめる。だが、本当に顔を青くしたいのはこちらだ。
あれだけの苦労を重ねてたどり着いたのに、その結果がなぞるような当たり前を『充分凄い』といわれるだけとは。
「わかった。願いを変える。お前で話にならない。お前以外に願いを叶えてくれる奴を紹介しろ」
「えっ……そうですね、じゃあ、西の果ての光の城に住むという大魔術師とか」
「その爺ならハッタリしか口にしなかったのでもう潰してきた」
奴のあらゆる魔法は、たしかに魔法としてみれば凄かったが、それが俺のなにを肯定してくれるというのか。
結局俺の力の前にひれ伏し、おべっかを使うばかりだ。
太鼓持ちが欲しいわけではない。
「では、雪原のどこかにいるという雪の女王は……」
「その適当な言説を信用してるのか? あのおばさんはただの妖怪のたぐいだ」
実際には本人が広めて暇つぶしをしているんだろうというのは会ってみたらわかった。
あちらさんの暇つぶしにはなっただろうが、それで俺の願いなど叶うはずもない。
「じゃあいっそ、悪魔と契約してみるとか」
「あいつらの褒めが信用できると思うか? 心を読んで適当なことを言うだけだ」
これまで喚んでみた三匹は、どれも紋切り型の受け答えしかしなかった。
俺がちょっと自己精神操作で偽りの願いを流していると、それに喰いついて有る事無い事言い出すばかりなのだ。
そしてあらためて俺の本当の願いを告げると、それまでの先入観に引っ張られて失敗を取り繕うべくまた有る事無い事を垂れ流す。
悪魔に媚を売られても碌な事はないのでそれぞれもう処分済みである。
その他にも色々な連中に俺の願いをぶつけてきた。
銀色の宇宙人は褒めるという概念そのものを理解せず、妙な力を押し付けるばかりだったし、海底の神はハナから願いなど叶えるつもりもない詐欺みたいな奴だった。
7つの玉を集めて現れた竜は棒読みですごいすごいとだけ言って消えていったし、ランプからでてきた精霊は必死に考えた挙句に自我を崩壊してしまった。
そうしてようやくここにたどり着いたのだが、どうにもここも外れらしい。
「それだけのことができるのに、なんであなたは褒めてもらうという願いを持っているんです? いくらでも褒めてくれるでしょう」
「じゃあ逆に聞くが、俺にその力がなかったら、お前は俺のなにを褒める?」
「えっ、なんですかその仮定は。その力もあなたの力ではないですか!」
またこれだ。いつもこれだ。
誰にでも手に入る力など褒められたところで、いったい誰が喜ぶのか。
人間なんだねと言われて喜ぶ人間などいない。
「こんなもの、誰だって手に入れられる力だ。俺を褒める理由にならない。俺は、この力ではない、もっと俺自身に対する賞賛が欲しいのだ」
「あなた自身への、ですか」
そう言って、妖精は少し考え込む。
まだ願いを叶える気があるというのか。
「そうですね、あなたが満足できるかどうかはわかりませんが、王都の北の隅、小さな宿屋にあなたの求める願いがあるかもしれません」
「王都? そんなところにか?」
「行けばわかりますよ」
それだけ言って妖精は消え失せる。
王都は俺も何度か行ったこともある。何の変哲もない、それなりに栄えた街だ。
完全に騙されたと思ったが、どうせ暇なのだ。多少の寄り道も悪くあるまい。
そうしてその宿屋にたどり着いた俺を待っていたのは、願いを叶えてくれる者どころか、俺に対する仕事の依頼であった。
入った瞬間にわかった。この宿は特異点だ。それも、俺と同じタイプの。
俺を褒めてくれるかどうかはわからない。
だが同時に、ここを俺だけの居場所にすることができることはわかる。
まあいい。
ここなら、少なくとも退屈はしなくてすみそうだ。
そのうち、褒めてもらえる日も来るだろう。
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