漂流物置き場(未完の大地)

シャル青井

タイムラインの向こう側

 今となっては、俺が彼女をフォローした理由はほとんど思い出せない。

 いや、正確にはフォローした理由は簡単で、とあるSNSでお気に入りに入れたついでにつぶやきの方もフォローもしたのだ。ただ、そのSNSでお気に入りに入れた理由となると、これがもうわからない。

 おそらく趣味の方向性が似ていたという程度だったと思うし、下心的なものもあったのかもしれない。

 とはいえ、三重と高知という遠距離だったこともあって、ネットの外で会おうなんてまったく考えてもいなかった。

 下心といってもせいぜい、自分のネット生活、つまりつぶやきの傍観にあたり少し華が欲しかった程度の欲求にしかすぎない。

 実際、フォローした後も、彼女の何気ないつぶやきを見ているだけで、特になにかしらのやりとりがあったわけでもないし、あの出来事までは、彼女のことを特別意識したこともなかった。

 そんな状態だから、彼女の方も俺のことなどほとんど知りもしなかっただろう。

 お互い、ネット上で存在感があるというわけでもない、どこにでもいる平凡ないち個人にしかすぎなかったはずだ。

 彼女がそのことをどう思っていたのかはわからないが、俺の方はそれに対して特に不満や物足りなさを感じたこともなかった。

 単に他の人と同じように流れてくる彼女のつぶやきを眺める、それだけのことでしかない。

 だがある日、彼女のつぶやきに異常が現れた。

『街から、人が消えている』

 突如、そんな言葉をつぶやいたのだ。

 もちろん、それを見たところで最初は意味が分からなかった。

 俺の周辺の現実世界にはなんの変化もなかったし、タイムライン上にも彼女以外はそんなことをつぶやいている人間はいない。

 誰もが、なにも変わらない日常を過ごしている。

 その中で、彼女のそのつぶやきだけが奇妙な空気を漂わせているのだ。

 他の利用者の中には、いつもおかしなことを言っている人間もいるが、そういう利用者はすぐに区別が付くし、だからこそ特に問題というわけでもない。

 だが、彼女がそれまでつぶやいてきたことといえば、適当な食事についてと適当な仕事の愚痴、そして適当より少し熱のこもった、自分の好きな物についてである。

 有り体に言えば、面白いことをしようとも考えていない、取り立てて特徴もない平凡で平均的な利用者だ。

 そんな彼女がなぜ突然『街から、人が消えている』などとつぶやいたのか。

 ときおり詩的表現としてそんな言葉を流す人もいるが、彼女はそんなタイプでもない。どちらかといえば、思ったことを思ったまま書き込むことがほとんどだった。

 人が出かけたりしているのなら出かけていると書くであろうし、誰かがいなくなったなら、ぼかしながらもその人物をあげるだろう。

 では、彼女のいう『街から、人が消えている』状況とはいったいなんなのだろうか。

 まったく想像も付かないまま、俺はぼんやりと流れていくつぶやきを見つめている。

 彼女のそのつぶやきはどんどんと流されていくが、それを流していく他の人々のつぶやきはなんの異常も示さない。いつも通り誰かの何気ないつぶやきであふれているだけで、誰も人が消えたなどとは言わない。

 なにかの間違いだったのだろう。もしくは、彼女が気まぐれにそういうことをつぶやきたくなったのか。

 納得できるわけではないが、深く考えるほどのことでもない。そう思っていた時、再び、彼女のつぶやきが流れてきた。

『街がおかしい、どうなっているのかよくわからない。やっぱり人がいなくなっている』

 もう一度、今度はより強く、彼女はそう訴えてきた。

 俺は思わずパソコンの前を離れ、窓から顔を出して表の様子を確認してみた。

 急に窓が開いたことに驚いたのか、下を歩く犬の散歩をしていた女性が不審げにこちらを見上げている。

 反射的に小さく会釈をし、部屋の中に身体を引っ込める。やはり、人はいなくなどなってはいない。

 彼女のつぶやきの意味を考えながらパソコンの前に戻ると、ちょうど、彼女の新しいつぶやきが流れてきた。

『もしかしてタイムラインも止まってる?誰かいませんか?』

 彼女の画面上につぶやきがどう流れているのかはこちらからはわからないが、どうやら彼女の方は、街の人だけではなく、つぶやく人も消えているらしい。

 だが、なんらかのエラーでも起こらない限り、この時間につぶやきの流れが止まることなどあり得ないだろう。

 少し悩んで、俺は、彼女のそのつぶやきに対して返信を打ってみた。

『はじめまして。こちらは街、タイムラインともに正常です。なにがあったのですか?』

 無難な内容ではあるが、状況がわからない以上、それ以外に言いようがない。

 そして、彼女の訴えるようなつぶやきも、俺のそれに対する返信も、すぐに無数のつぶやきの波の中へと消えていく。

 はたして、自分以外にも彼女に反応している人間はいたのだろうか。

 これまで見ていた限り、彼女は積極的に他人とコミュニケーションを取るタイプではなさそうに思えた。俺と同じように、人のつぶやきを眺め、そのついでに自分も誰に向けたわけでもない独り言をつぶやく。そんな利用者像が浮かぶ。

 だが俺も含め、大半の利用者はそうやってこのつぶやきを使っている。アクティブに誰かとコミュニケーションを取る人気者など、ごく一握りにしかすぎない。

 いま目の前を流れているつぶやきだって、その大半は意味のない独り言であり、それを意味を見いだすこともなく眺めることが、俺のつぶやきの利用方法だったのだ。

 だがいまは違う。俺はただ一人のつぶやきを待っている。彼女は、俺のつぶやきを見ることができたのだろうか。

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