他のヴァードの民が寝起きしている居留地から離れた場所にある家だったので、サイモスもアメリアも気を楽にして夜を過ごすことが出来た。


 キングの采配で外に焚火をおこし、それを囲みながら思い思いに過ごす。パチパチと炎がはぜる音を聞きながら、アメリアは父に問われるまま、城を抜け出してからのことを話した。モーブの街で知り合ったルチアーノの件を話すときには、自分が誘拐されたことも話してしまい唖然とさせてしまった。


「全くお前は……。まあ無事戻ってきたのだし、きっとステラから怒られているだろうから私からは何も言わん」

「ごめんなさい……」

「お前は自分の立場を、どれだけ重要な存在かを分かっていないだろう。それが心配なんだ」


 以前アレッサンドやステラからも似たようなことを言われたことを思い出し、アメリアは赤くなって下を向く。だが父に怒られることが今は幸せだった。

 その時ゆっくり近づいてくる人影があった。


「あなたがそんなことを言う日が来るとは、感慨深いですな」


 ほっほ、と翁笑いをするキングにサイモスは慌てる。


「いや、これは娘が……」

「お嬢さん、あなたの無私の志はお父さん譲りです。誇りに思っていいですよ」

「師匠!」


 サイモスが止めようとするがキングは反応しない。


「そもそも私たちが知り合ったのも、お父さんが狩りの途中で私たちの仲間を救ってくれたことがきっかけです。その時も今回ほどではないけれど大きな怪我を負って大変でした」


 驚いたアメリアがサイモスを見る。少年のように恥ずかしがる姿が珍しく、偉大だと思っていた父が急に身近に感じられた。


「そんなことが?」

「……お前が生まれる前のことだ、もう時効だ」

「私はよーく覚えてますからね、時効でもないんじゃないですか?」


 今度は反対側から酔いが回った顔のクラウスが話に入ってくる。


「あの時は皆で陛下を探し回って大変だったんですよ。見つけた時は今日みたいに呑気に酒盛りしていて……。安心するより呆れました」


 笑うクラウスにサイモスは苦い顔をする。


「嘘をつけ、城に戻ってから父上に嫌というほど叱られた。どうせお前たちが告げ口したんだろう」

「報告です。当たり前でしょう、先代陛下が我々に捜索隊をお命じになったのですから」


 昔話に花を咲かせる二人から離れ、キングがアメリアの隣に腰を下ろした。


「良かったですね、お父上にお会いできて」

「はい……」


 キングの濃やかな気遣いにも感謝を示すつもりで頭を下げる。キングは手で押しとどめ、礼には及ばないと仕草で示す。


「しかしこれからは」

「はい、それは私も分かっています」


 アメリアは顔を引き締めながら、しかし柔らかに話す。


「父はもう王座に戻るつもりはない。しかし弟に……叔父にこれ以上国を任せるわけにはいきません。ならばやはり私が戻るのが筋でしょう」


 今までずっと考え続け、ステラを前に覚悟を決めたことだったから、気負うことなく言葉に出来る。しかしそこが限界だった。


「だけど……どうやって戻ればいいのかがわかりません。私は、死んだことになっていますし。生きていると知られれば必ず叔父が追ってきます。そうすれば仲間たちに被害が出る。それだけは絶対に」

「アメリアさん」


 キングはアメリア同様静かな声で彼女の言葉を遮った。


「彼は、お父君は確かに王座に戻るつもりはないでしょう。しかし志を失ったわけではない。あなた同様に強い国を思う気持ちを、あなたにこそ託したいと思っていらっしゃるはずです」


 私が言うまでもないですね、と照れ笑いしながら、キングはアメリアに向き直った。


「もし良ければ、しばらく我々と一緒に過ごしてみませんか?」

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