第29話
ポップな飾り付けがなされたスイーツ屋さんで、彩さんとの楽しい時間を楽しんだ。連とかいうやつがいたらしいけど、僕の視界には入っていなかったので、実質二人でパフェを食べたものだと思っている。
あれ?常に連君を視界に入れなければ、僕の認識上では二人きりでデートしていることになるのか?これは新しい世界を見つけてしまったかもしれない。
まだまだ奥の深い神髄へと至る陰の道の、第一歩を踏み出したかもしれない。
午後からは、連君のダンジョン衣装を買いに行く予定だった。
お洒落なアイテムをゲットしに行くものと思いきや、僕たちが向かったのは古びたビルだった。
会社の事務所として使われているビルで、ショッピングを楽しむ場所には見えなかった。
「地下、行くよ」
エレベーターに乗った僕たちは、地下とだけ書かれたボタンを押した。
エレベーターが地下へと降り始めるが、なかなかつかない。
「……深くないですか?」
地下一階かと思ってたけど、随分と降りるみたいだ。
「あれ?本当に深くないですか?」
「店主さんが魔法を使って穴を掘る達人でね。ビルの所有者でもあるから、いろいろ魔改造したらしいよ」
それにしても深い。意味があるのだろうか?
「秘密基地感があっていいでしょ?ってことらしいよ」
あっ、それならなんとくなくわかる。確かに、僕は今少しだけ未知の世界に踏み入れるようなワクワク感がある。流石にダンジョンに入ったときのような高揚感はないものの、それでも日常でドキドキを味わえるならいい演出だ。
これも魔法の賜物ってやつかな。
リアルにこんな工事をしようものなら、ビルから解体しなきゃいけないレベルだろうし。
店主さんのロマンが詰まったお店に、僕たちはようやくたどり着いた。
エレベーターから降りると、薄暗い廊下の行き詰まりに扉があり、扉の隙間から光が漏れていた。
彩さんは来たことあるみたいで、躊躇わずに進んでいき、扉を開いた。
中には、ミリタリー帽子にマウンテンパーカーを合わせた強面の男性と、忙しそうに動き回るエプロンを身に着けたぽっちゃり系のおばちゃんがいた。
「あらぁ、いらっしゃい。ほらあんた、あいさつ」
「……けっ、彩か。金はあんのか?」
夫婦だろうか。
人の良さそうな奥さんと、客商売する気の無さそうな旦那さんだ。
旦那さんに至っては、人を殺してそうな目をしている。かっこいい顔つきなので、奥さんはそこに惚れたのかもしれない。
僕のような陰キャとは友達になれないタイプだ。
「おっす、岩崎さん。今日の客は連だよ。私じゃここの物は高くて買えないもん」
「連かよ。うちを選んでくれるとは、良い目をしてるじゃねーか」
「私が勧めておいたよ。だから、私が買うときは安くしてよね?」
「けっ、商売上手め」
彩さんと店主の岩崎さんは顔なじみのようで、気心しれた感じで会話をしていく。
毎度思うが、彩さんのコミュ力の高さに驚かされる。
誰とでも気さくに話せるし、僕のような陰キャの民とも分け隔てなく接してくれる。女神、やはり彼女は女神だったか。
「てめーは誰だ?」
店主の岩崎さんに目をつけられた。
雰囲気が怖いので、僕は返事をせず少し視線を逸らした。
「無視か?殺すぞ」
こっ殺すって言ったけど!人を殺してそうな目つきで、僕のことを殺すって言ったけど!
「こらあんた!お客様になんてことを!」
奥さんにバシッと背中を強く叩かれていた。ざまぁです!
人の良さそうな奥さんが代わりに謝罪してくれた。この人に謝られてたら許すほかあるまい。
「こっちはシロウよ。いずれお客さんになるんだから、失礼しちゃだめだよ。動画投稿でもお金を稼ぐだろうし、太客を逃すつもり?」
「マジかよ。そいつが?一生金に縁の無さそうな顔してるぜ」
また奥さんに背中をバシッと叩かれていた。ざまぁです!
お金が入っても僕がこのお店を利用するとは限らないけどね!ね!
「シロウ、許してあげて。岩崎さん腕はいいから、お金入ったらまた一緒に買いに来ようね」
「はい」
常連になる、決定です!
僕のデート先が一つ増えた。なんて良いことなのだろう。
「ちゃんとうちに金落としてくれたら、そんとき認めてやる。連、来い。どうせうちに来ると思ってたから、お前向けのやつは既に作ってある」
見せの奥に入っていく岩崎さんについて行って、僕たち三人も狭いスペースを進んでいった。
奥には棚がたくさんあり、そこに見たことのない素材がずらりと所せましに並んでいる。
奥には工房があり、ダンジョン衣装はここで制作されていたみたいだ。
マネキンが工房の隅に置かれていて、岩崎さんがそれを見えやすい場所まで持ってきた。マネキンに黒いロングコートが着せられている。
「よう、フレイルドラゴンの革を使ったロングコートだ。俺が加工して、うちの嫁が仕上げてくれた。お前の業火にも耐えられる仕様だぜ」
連君は最高評価を受ける炎魔法使いであり、魔力10万を超える天才だ。
普通に考えれば、彼が全力で動くだけで服が無事に済むはずはない。さらに炎魔法を使ったりすると、服が燃えたりするのは当然の懸念だ。
「気に入っていた服を前回のダンジョンデビューで燃やした……」
手遅れだったか。既に一着やっていたらしい。
しんやさんも炎魔法使いだが、格が違うのと、一応耐熱素材の迷彩服を着ていたから何とかなっているのかもしれない。それか、あれももしや特殊な素材だったり。
「すみません、フレイルドラゴンの革って持ち帰れるんですか?僕たちが倒したゴブリンは魔石だけ残して消滅しましたけど」
「生きている間にはぎ取るんだよ。少し難しいが、良い素材は魔石にしちまう前にゲットする。素材は売れるし、自分で使ってもいい。お前さんも素材を持ってきたら、俺と嫁でいい装備つくってやるよ。もちろん、手間賃は高くつくぜ?」
こういう職業の人たちもいるのか。
考えてみれば当たり前か。ダンジョンに入る人が増えれば増えるほど、それをサポートする職業も質と量ともに増えるのとは当然だ。
「岩崎さんと奥さんみたいな人たちをクラフターっていうの。自分と相性のいいクラフターを見つけることは、一線級の冒険者としてやっていくには欠かせない要素よ」
この人を殺してそうな目をしている岩崎さんが、徐々に格好良く見えてきた。客商売が下手そうなところも、逆に職人っぽいくていい。僕もこの店が好きになりつつある。
「話を戻すぞ。嫁の魔力付与技術で、炎魔法を強化する魔石を使って、コートに効果を添加している。苦手な水魔法の反射も軽く入れているけど、こっちあんまり信頼するな?念のためのものだ。あくまでお前の業火で装備が焼かれないのがメインだ。インナーもあるが、大体仕様は同じだな」
「それでいい。買わせて貰う」
デザインやシルエットもしっかりとしたロングコートだ。
身長が高い連君なら簡単に着こなしてしまいそう。都会のど真ん中を歩いていても、様になる格好良さだ。
「素材費、使用した魔石15個、俺と嫁の手間賃で、計650万だ。初回サービスで600万にしてやる。支払いはどうする?」
「現金で」
ん?
金額を聞き間違えたかもしれない。
八百屋さんがふざけて100円のものを100万円と言っているようなものなのか?
だとしても、600円はそれはそれでおかしいけれど。
ショルダーバッグを開けて、連君はそこから札束を取り出して、手渡した。
「600万だ。一応確認してくれ」
「おう。毎度あり!」
見てはいけない世界を見てしまったかもしれない。
目の前で闇取引が行われていた!?なんか危ない物でも取引されたの!?
服で600万円って有り得ないでしょ!
「まっ待ってください!ダンジョン衣装って、魔物の素材や魔石を使うとこんな値段になるんですか?」
「「「うん」」」
3人の声が揃った。
……僕だけが知らなかったらしい。
「むしろここはかなり良心的だよ。コスパがいいから、連に勧めたわけだし。レイザーさんたちの装備もここで揃えてるよ」
「レイザーさんたちも!?」
「なんだ、レイザーの知り合いか?」
「ていうか、私とシロウは、レイザーさんとこの新入りだよ」
「ほう。おもしれーじゃねーか。レイザーの言ってた陰キャって、こいつのことだったか」
なんか、その気づき方は違うくない?
陰キャっぽいから、新入りの『陰キャ』だと気づかれるのは、ちょっと……。
「例の召喚魔法の使い手か……。金を貯めてまた来い。お前にもいいもの作ってやる」
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