第8話

キャロの可愛さにやられたのは、何も視聴者や僕だけではなかった。


彩さんも頬を赤くして、満面の笑顔でキャロに駆け寄る。

思いっきり抱き寄せて頬擦りして、その白いモフモフを堪能していた。


「何この子~!ちょーかわいいー!!」

彩さんがこちらに急接近してくる。

キャロはもちろんかわいいのだが、僕からしたら彩さんもめちゃくちゃ可愛くて、とにかく可愛くて。


連君と知り合いっぽいから、僕なんかが手の届く人ではないと分かりながらも、こんなに近くにいると少し期待もしちゃう。

いい匂いがします!


バレないように深く息を吸ってみた。

最高に酸素が美味しいです。酸素って200種類あんねん。


うますぎる空気を吸えただけでも幸運だったのに、この後衝撃の言葉を聞くこととなった。


「ねえ、名前なんて言ったっけ?」

「晴海幸四郎です。仲の良い人はシロウって呼びます」

仲の良い人……。今日ライガー君に絡まれたときに見捨てられちゃったけど。

あれは寂しかった。とてつもなく寂しかった。裏切り者どもめ!


「シロウね。覚えた。この子の名前は?」

「そっちはキャロ。僕は召喚魔法使いで、キャロは使い魔的な立ち位置です」

「へぇー、いいなー。召喚魔法って弱いって聞いたんだけど、ライダー君を倒せるってやっぱり相当凄いじゃん。良かったらさぁ――」


彩さんが一瞬だけ間を作った。ちなみにライガー君です。

何かを言い淀んで、結局言うことにしたのだ。


「ダンジョン組の講習会に来る?」

「ダンジョン!?」


その言葉は、今この世界でもっとも魅力的な単語だ。

魔法が使えるようになった日と同時に誕生した異世界へと続くゲート。


そのゲートをくぐった先には魔物が多く存在するが、代わりに得るものも凄まじい。

この世界での希少品とされる金や宝石が採れるのは序の口で、ファンタジー世界にしか存在しなかった新しい功績も次々に見つかっている。


一回のダンジョン探索で一生分を稼いでしまった人たちもいるらしい。

危険は伴うが、それだけリターンも多いのがダンジョンである。今は法整備も追いついていないので、持ち帰ったものはそのまま全て自分たちのものにできてしまう。


「ダンジョン攻略組に入れて貰えるかは約束できないけど、将来性ある若い人たちを集めて講習会兼スカウトみたいなことをやっているところがあるの」

噂には聞いていた。


魔力の高い人たちだけが集まって、ダンジョンに入るためのチームを作っていることを。

連君は学校で一番魔力が高いだけあって、引く手数多なのも聞いていた。

人によってはダンジョンに既に入っているとか言っていたが、そこら辺の真相は知らない。


この彩さんも既に声をかけられていたのか。

やはり凄い人みたいだ。ライガー君を半殺しに出来ると豪語するだけはある。


「あのっ、行ってみたいです!」

「へえ、怖気づく人もいるんだけど、気合が入ってていいね。なよなよしているイメージなのに、ギャップがあっていいと思うよ」

「ありがとうございます」

褒められた。

もしかして好かれているかもしれない。

そんなとんでもない発想をするくらいには、僕は恋愛初心者です。


「じゃあ決まりだね。スマホ貸して、連絡先交換するから」

慣れた手つきで僕とフレンド登録してくれた。

いつも使っている通信アプリに彩さんのアカウントが追加される。

連絡できる関係になってしまった。付き合るかもしれない。

そんなとんでもない発想をするくらいには、僕は童貞です。


「じゃあ決まりだね。日曜日にまた会おうね。連と私とシロウの三人で行くから、そのつもりで~」

そう言って手をひらひらと振って彩さんが歩きだしてしまった。


レン君も一緒だから。

簡単に言ってくれるけど、あの人とんでもない人だよ!?

天の上に存在していた人と、一緒にダンジョン講習会へ!?


あまりにも凄いことが起きていて、キャロが連れ去られていることに気づけなかった。

ようやく帰ろうとしたところで、キャロがいないことに気づいたのだ。


記憶を辿ると、彩さんが嬉しそうに抱えて帰っていた気がする。

あの人、なんて自由なんだ。


5時間したら魔界に戻るからいいけど、キャロのやつも少しは抵抗してくれよ。僕の使い魔だというのに、可愛がられるとほいほいついて行くんだから。


「僕も彩さんと帰りたかったな」

キャロにも、彩さんにも嫉妬しながら家に帰ったのだった。


帰ったらすぐに動画撮影だ。

いつも通りにスタンドにセットして、録画を始める。


「こんにちは。えーと、今日は凄いことがあったので、とてもやる気に満ちています」

挨拶と意気込みを伝える。


ライガー君をぶっ飛ばして、今日はなんだか全能感がやばい。

ハイになっているのを自覚する。


未だに伸び続けている動画の再生数にも御礼を言って、今日やりたいことを伝えた。


「今日はですね、最近魔力の成長期を迎えたみたいなので、この力を全て使い切って魔物を召喚してみたいと思います。今の魔力量なら、今まで出会ったことのない子とも出会える気がするので、僕と一緒に楽しんでくれると嬉しいです」


一度集中する。

時間はいくら使ってもいい。

動画ってのは、変な間があればばっさり切ればいいからね。


「ふー、召喚――」


いつも通りだが、今回は欲しい魔物は意識せずにとにかく魔力を使いきることだけに集中した。


召喚されたのは、蝙蝠のような翼をはやした猫ちゃんだった。

猫ちゃんの目が真っ赤で少し怖い。


パタパタと部屋を飛び回るので、スマホを持って撮影した。

視聴者に見えるように撮影するが、ずっとパタパタと飛び回るので追いかけるのも大変だ。


そのうち疲れたのか、僕の方にとまった。

止まり木くらいにしか思っていないかもしれないが、可愛い。


始めて召喚する魔物は少しそっけないところがあるからね。

スマホを戻して、僕も座った。肩があまり揺れないように気をつけながら、猫ちゃんを気遣った。


「全力を出したんですけど、可愛らしい子が召喚されちゃいましたね」

視聴者的にはこちらの方がいいかもしれない。

変に便利なのや、強いのよりもこういう癒しの方が視聴者は喜びそうである。


「あ゛っ!?」

説明している途中で、首に鋭い痛みが走った。


猫ちゃんが肩からパタパタと飛んで行く。

首筋を触ると、すこし血がにじんだ。

「いた。噛まれたみたいです」


ちょっと凶暴な奴なの?

見かけによらないな。

そういえば、キャロも最初はかみついてくる仕草をしていた。いきなり肩に乗せたのは少し段階が速かったか。


しかし、次の瞬間、噛まれた真意を知った。

視界が少し歪み、体温が徐々に落ちていく。目が充血してきて、真っ赤に染まる。

なんだか、すこし自体を理解してきて、急いで鏡の前に立った。


僕の姿が映っていなかった。

手鏡を持って、スマホの前に戻る。


「なんだか、僕ヴァンパイアになったみたいです。鏡に映らないんですよ」

スマホにも映るように鏡を見せる。そこにはいるはずの僕が見えていない。

そして、歯も犬歯が伸びて、禍々しさがある。


かつてない力の高まりも感じる。

凄く調子がいい。


気分が赴くままに目を閉じて、僕も飛びたいと思った。

次の瞬間、僕も猫ちゃんに蝙蝠の翼をつけた姿でパタパタと飛んでいた。


召喚した魔物と仲良く二人でパタパタと室内を飛び回る。

この姿になると、召喚した魔物が仲良くじゃれてきた。


何でもない魔物を召喚したかと思ったが、これは凄い魔物を召喚してしまったかもしれない。

まさか召喚者の僕を、ヴァンパイアにしてしまうとは。


……ていうか、これ治るよね!?









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