第7話

ライガー君を意図せず中庭まで殴り落としてしまった。

殴られた彼もビックリだろうけど、殴った僕はもっとびっくりしている。

殴るほうの拳だって痛いんだ的な感じ。


フェンスから顔を覗かせて様子を見ると、痛がってはいたけど、なんとか立ち上った。

そして下から鋭く僕のことを睨みつけてくる。

けれど、やはりダメージはあったみたいで、ふらふらとその場に倒れ込んだ。


顔面にダメージが重く残っているみたいで、蜂に刺されたみたいに頬が腫れていた。

うわっ、あれを僕がやっちゃったのか。


『いい手加減具合だったね』

確かに全力で殴ってなんかいない。

それほど軽くやったつもりもないので、まだ自分の力がどれほどのものかが掴めない。


「やっぱり魔力が増えているんだね」

『うん、私に影響を与えるくらいだからすごく成長していると思うよ』

たまに劇的に成長する人がいるらしいんだけど、僕もそうだったっていうことなのかな。


良くわからないけど、控えめで目立たない陰キャの僕が、近ごろはなんだか行けてる感じだ。

人生で初めて自分のことを好きになれそうだ。


僕としてはもうこの場に用はない。

もともと無理矢理連れてこられたので、ライガー君がああなってしまった以上は帰して貰おう。


学校で魔法を使ったことがバレるとあとあと凄く怒られてしまうので、キャロを征服の中に潜らせる。

お腹が膨らんで、明らかに違和感があるのだが仕方ない。


この場を去ろうとして一歩踏み出すと、陽キャグループが揃って一歩退いた。


「……ん」


もう一歩前進。

ゾロっと陽キャグループが後退。


更に全身。

ゾロッと陽キャグループが後退。


なにこれ。

おもしろい!


ゆっくりと陽キャグループたちを角に追い詰めた。

もう下がれなくなると、彼らは一番後ろに隠れようと互いを押し合う。


最後に一歩強く踏み込んで、意地悪をやめておくことにした。

一番後ろの人なんて、押し込まれ過ぎて鉄のフェンスがギシギシいっているくらいだ。

僕への暴力はこのくらいで許してあげよう。結果論だが、あまり怪我もしていないし、痛くもなかった。憎く思う気持ちもない。

それにいつまでも彼らにばかり構ってはいられないのだ。


屋上から3階へと降りる階段へと向かい、扉を開いた。

入るふりをして、今一度陽キャグループの方に歩いてみた。


一瞬の安心から、もう一度僕が迫ったことで彼らはバランスを崩して倒れてしまった。

くくっ、とても面白い。

意地悪も済んだことだし、こんどこそ本当に家に帰ることにした。


「あっ、こら。キャロおとなしくして」

『くすぐったいんだもん』

「ごめんね。すぐに開放するからさ」


学校さえ出てしまえば自由にしてやれる。

学校での魔法の使用は禁止されているが、街中の使用は禁止されていない。

場所によっては既にいろいろ規制されているが、その規制に反対する勢力もあってまだ魔法は結構自由に使える情勢だ。


お腹を抱えながら走り、陽キャグループの今日の反応を見てもう一度笑いだす。

なんとも痛快だった。


やはり魔力というのはとんでもなく偉大だ。

あれだけの人数がいても、僕一人に勝てないと分かってしまうほどに大きな差が生まれる。

彼らが束になってもライガー君一人を倒せないことだろう。

それなのに、ライガー君をワンパンしてしまった僕に勝てるはずもない。


陰キャでも魔力さえあれば、人権を勝ち取れることが判明した瞬間だった。

愉快、痛快、爽快。とにかく、とても気分が良い。


ハイテンションで走っていく途中、前を歩く女性に気づかずに勢いよくぶつかってしまった。

後ろからタックルするようにぶつかるなんて、我ながらなんて不注意な。

注意がお腹のキャロに向いていたっていうのもあるけど、相手からしたそんなことはどうでもいいよね。


急いで彼女を起こそうと近寄ったけど、その人は何事もなかったように立ち上った。

怪我とかもないみたいだ。


「……あれ?昨日の人じゃん」

昨日の人と言われて、ようやくそこで僕も気が付いた。

ああ、この綺麗な女性は昨日ライガー君に教室の隅まで追い詰められて口説かれていた人だ。


「なんだ、喧嘩売られたのかと思っちゃった。確認せずにぶっ殺さなくてよかったぁ」

眩しい笑顔でなんてことを言うんだ。

僕、ぶっ殺されるところだったのか?


「あ、あの、ごめんなさい。前方不注意で。ちょっと急いで帰ってたら、おもいっきりぶつかっちゃいました!」

「いいよー。昨日のでチャラにしてあげる」

昨日のでチャラか。

あれでライガー君にぶっ殺されかけたんだけど、おかげで彼女にはぶっ殺されずに済んだ?

なら結果オーライかな?良くわからないけど。


「ライダー君だっけ?君のクラスのチャラ男」

「ライガー君です」

名前も中途半端にしか知らなかったのか。


「ああ、そっちか。あれ以上迫られてたら、彼半殺しにしてたから。停学処分は免れなかったね。間違いなく」

……助かったって、そういうこと?

え、僕はてっきり「助けに来てくれてありがとう!勇者様!」的なありがとうだと思っていたんだけど。


「ははっ」

乾いた笑い声が出た。


「でも結局は連君に助けられました」

あの学校一の魔力量を誇るヒーローに。僕は何もしていない。

「ううん、君のおかげだよ。君が声をかけなきゃ、確実にやってたし。連のやつが来た頃にはすでに半殺しだったよねー。私ああいう軽い男嫌いなの」

ニコッと惚れ惚れする笑顔で締めくくられた。


ドキッとしたのは、可愛いからくるドキッなのか、怖いからくるドキッなのか、僕には判断がつかなかった。

おそらくだが、怖い方だと思う。


「そうそう、ライダーのやつになんか嫌がらせされた?何なら、今度は私が助けてあげるよ」

細身で美少女の彼女が豪語する。しかし、これは大口を叩いているわけではない。

魔力量が強さの絶対基準になって今、性別や見た目は強さの判断基準から外れる。

彼女が本当に強い可能性も、今の魔法を使える世界ではそう不思議なことではないのだ。


「それなら自分でなんとかなりました。気遣いありがとうございます」

「へぇー、言ってなんとかなる相手とは思えないけどね。私なんて、断っても1週間も付きまとわれてたし」

「ちょっとだけ殴り返しました。魔力って凄いんですね。僕みたいな運動音痴でも、ライガー君になんとかやり返すくらいのことはできました」

言い終わると、すこしビックリされた。

なんだか、とんでもないことを聞いたみたいな顔をしている。


「ライダー君って結構魔力高いんじゃなかった?平均よりは上なはず」

「ライガー君です。12000くらいらしいです」

「へえー、控えめに言ってるけど、それに勝ったんだね。やるじゃん。なんで今まで隠してたのよ」

「魔力量が急成長したみたいです」

彼女は少し考えこんだ。


「なるほどね。私の名前は高月彩。彩って読んでくれていいよ。君の魔力さ、次の測定で15000超えてたら私に声をかけて。良いところに連れて行ってあげる」

いいところ?

エッチなところを最初に想像した僕は健全な高校生と言っていいだろう。


「はい!絶対に言います」

「楽しみにしてるわ」


綺麗な女性彩さんの名前を知れただけでもラッキーだというのに、魔力量が伸びたら彼女と縁ができるかもしれない。

なんていう幸運だ。

最近の僕はやはり持っている!


その時だった、服の中からキャロが耐えきれずにヒョコッと顔を出した。

『もう無理。服の中は暗いし、くすぐったいんだもん』

白いモフモフが僕と彩さんの前に浮かんだ。


その瞬間、彩さんの口もとが綻んだ。




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