第4話
視聴回数がとんでもない数をカウントしているのも驚きだったが、それに比例して登録者数も一気に564人へと増えていた。
またも信じられない数値だ。
たしか100人の壁があるとか聞いていたのに、あっさりと超えてしまった。
本当に凄いことかもしれない。
2本目の視聴回数が更に伸びていくのにつられて、1本目の動画も視聴回数が伸び続けていた。
これは……3本目のネタも用意知っておかないと。
もうすでに魔界に帰ってしまったが、この人気は間違いなくキャロのおかげだろう。1本目の動画はハウツーだったので、コメントも詳細を求める内容ばかりだった。
2本目の動画のコメントの8割が『かわいい』で埋め尽くされていた。
皆便利よりも、強くなりたいよりも、かわいいを求めているのかもしれない。
いいね数も桁違いだ。
キャロは大正義みたい。
実際僕も中途半端に強い魔物よりも、キャロという癒しを求めているわけだし、そんなものか。
かわいいは正義である。
魔界に帰ったキャロにそっと御礼を述べて、僕は学校へと行く。
いつまでも動画投稿のことばかり考えていられない。
学校という日常が忙しく追いかけてくるのだから。
僕はこの日、興奮していたのかもしれない。
いや、間違いなく興奮していた。
そして、昨日も感じていたのだが、妙に体が軽くて、力強い感じがする。
これらの要因が、普段絶対にやらないであろう行動を僕にとらせてしまった。
僕はこの日、ひそひそとなりを潜めて陰キャらしく暮らしていた日々に別れを告げることとなる。
……僕は勢い余って、地雷を踏んでしまったのだ。
学校に行っても、いまいち授業内容が頭に入って来ず、仲良くしているクラスメイトとの会話もどこかふわふわしている。
そんなことよりも早く動画の続きを出したいのと、2本の動画がどれだけ伸びているかの方が気になって仕方ないのだ。
体育の授業もやたらと調子が良くて、バスケットボールのスリーポイントシュートを人生で初めて決めることが出来た。
なんだか周りの選手の動きがよく見えて、自分がフリーだったから、あれ?これ丁寧にシュートをうてば入るんじゃね?という感覚に任せてバスケットボールを綺麗な軌道を描いて投げてみた。
ネットに吸い込まれるようにシュポっと決まった瞬間、その綺麗なシュートをきっかけに時間が止まったみたいに、みんなの視線が集まった。
けど、偶然だろうとすぐに視線は散り散りとなる。
陰キャの僕に一瞬でもスポットライトが当たったのは、人生で初めてだったかもしれない。
動画投稿をしてから、なんか僕、変だ。
世界が徐々に変わっていく感じがする。それも良い方向へと。
やっほー!
バスケットボールの授業で活気付き、一日を楽しく終えた僕は急いで自宅へと戻ることにした。
下校の許可が出ると同時に教室から走り去り、勢いよく廊下も駆けていった。
外でも走って帰る途中、バッグを持っていないことに気づいた。
バッグにはスマホも入っている。
撮影には必須だ。
「やらかした」
まさかバッグを持っていないことすら気づいていないとは、僕はどれほどハイになっていたんだろうか。
陰キャがバスケットボールの授業を頑張り、帰り道も全力ダッシュしてしまったので、地味につかれた。
学校へバッグを取りに戻る道はゆっくりと歩いていったのだった。
2階にある2年の教室前廊下には、まばらに生徒がいる程度だった。
皆帰宅し、部活動へ行ったりしている。
残っているのは、仲の良いグループどうして固まって、すこし話し込んでいる連中だろうか。
教室にも誰もいないだろうと思っていたのだけど、そこには生徒が二人いた。
「なあ、いいだろ?ちょっとカラオケ行くだけじゃん」
「行かないから。ねえ、離れてよ」
そこには女生徒を窓際まで追い詰めて、無理矢理デートに誘う生徒の姿があった。
女子生徒はかなり嫌がっているみたいで、強く拒否した声と態度だった。
男子生徒は陽キャAこと鴨田ライガー君。キラキラネームっぽいけど、陽キャグループなので誰もその名前を馬鹿にしているのを見たことがない。
もちろん僕も恐れ多くて、そんなことを心の中でしか思っていない。
何を馬鹿なことを考えたのか。もしくはハイになって思考が止まっていたのか。
このトラックに轢かれてもかすり傷で済む、クラスで3番目に魔力の多い化け物に、僕は注意してしまった。ほとんど無意識に。
「あの、彼女困っているのでもうやめてあげて下さい」
言ってしまった後に、妙に冷静になった。ようやく頭が働き出した感覚だ。
あれ?僕は今、地雷を踏んだのではないだろうか。
陰キャらしくひそひそと安全に過ごしていた学生生活を、自分から捨てて、地雷原へと踏み入ったのではないか。
「ああん!?」
ドスの利いた声が響いた。
やはり地雷を踏んだみたいだ。
「なんだよ、くそ陰キャ。お前名前なんて言ったっけ?素人みたいな感じだったよな」
幸四郎です。陽キャグループにそんな呼ばれ方をされていたなんて知らなんかった。
ライガー君が踵を返して、僕に歩みよる。
あっという間に距離を詰められて、胸倉を掴まれて壁に押し付けられた。
教室の薄い壁が勢いよく揺れた。
もともと気性の荒い人だったけど、魔法がこの世界に生まれてこの人は余計に荒々しい性格になった気がする。
それもこれも、魔力によってより強い力を得たからだろう。
グッと押し付けられる力がとんでもなく強い。
薄い壁が心配になるほどに。
「おまえさ、調子乗んなよ。なんでお前みたいな芋虫野郎が、俺に意見してんの?俺が取り込み中だって気づかない?入った瞬間、回れ右して出て行けよ。ミジンコ野郎」
芋虫なのか、ミジンコなのか。せめて統一して欲しい。
やけに冷静な自分が不思議だが、間違いなく危機が迫っていた。
今日一発ぶん殴られる程度ならいい。それで済み、ライガー君がこのまま家に帰ってくれればみんなが幸せになる。
しかし、今日だけじゃすまないんだろうなという予感がする。
そして僕が口出しした件も終わらないだろう。後ろの女性は、この後もしつこく声を掛けられるんだろうな。
じゃあ、僕のやったことの意味って!?
平穏な学校生活は、今日で終わりな気がしてきた。
明日から僕は地獄みたいな日々を過ごすのだろうか。
ライガー君に胸倉を掴まれる視線の端で、誰かが教室に入ってきた。
素早い動きで、ライガー君の腕を掴み、ひねり上げる。
「いっづ!?」
腕をひねり上げたその人物は、僕でも知っている超有名人だった。
学年一の魔力量を誇る、夕凪連(ゆうなぎ れん)君。勉強もできて、身長は180センチもあり、顔もイケメンなので小学生の頃から知っている。小学生の頃から同じ学校だというのに、住む世界が違いすぎて未だに話したことのない人だ。
「つまらないことをするな」
「なんだよ、連には関係ないだろ」
腕を痛めながら反論するライガー君だったけど、連君の一睨みによってライガー君も覇気を失った。
冷静になって格の違いを思い出したのだろう。
「いけ」
「ちっ。くそが、覚えてろよ、カブトムシ野郎」
最後にカブトムシに出世してしまった。
……覚えてろよというのは間違いなく明日以降からの報復があるということだ。
助かったのに、助かった気分じゃない。
なんだこれ。
僕は死んだ。間違いなく死んだ。
「お前たちももう帰れ。今後困ったら俺に頼れ」
か、かっこええええ!!なんだこの人。
窓際にいた美人の女子生徒が先に出ていき「ありがとう」とぶそっと言ってくれた。
あれは僕に言ったのか、連君に言ったのか。
99.9%連君だろうな。
僕もできればこんなかっこいい人になりたかった。
なんだよこれ、かっこよすぎるだろう。
先に帰る連君の背中を見て、僕は大きな憧れを抱いたのだった。
男に抱かれたいと思ったのは、初めてかもしれないほどの衝撃だった。
困ったら俺を頼れって格好良すぎるでしょ。
でも、あなたはいつも多くの人に囲まれて、陰キャの僕が近づけないのを知っていますか?頼りになるのに、頼れない人。
ああっ、やはり僕の学校生活は終わる気がする。
いろんな感情に包まれて自宅へと戻った。
明日からのきつい学校生活と、3本目の動画をどうするか。
多くの悩みを抱えた僕の足取りは、行きの軽かった足取りとは別の惑星の重力が働いているんじゃないかというくらい、ズシリと重たかった。
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