第52話 平田優には友人が二人いる

 知っていた約束を、改めて知る覚悟と共に聞き終えて、気になるのはやっぱり、木村君と杉谷君の反応だ。


 おれたちの都合に付き合わせることになってしまっていて、その上でまだおれたちの我儘に巻き込もうとしている。


 木村君は目を瞑って考える様子を見せた後、いつもと変わらない口調で言った。


「そうか。じゃあまぁ、今日のところは帰るよ、これで」


「え?」


 愛生ちゃんもそうだし、おれも呆気に取られる。


「え? じゃないんだよなぁ。わるいけど、考える時間くれってことだ」


 立ち上がって腰に手を当てた木村君が、凝りを解すように首を回して大きく息を吐いた。


「プロがどうのに、『eXsite』に、約束だとか。俺はそんないっぺんに考えきれない。……そうだな、なぁ杉谷、一週間後でいいか? また来週の金曜にさ。そんくらいに答えだす感じで」


「そのあたりが限界だろうな。七月に昇格リーグがあることも考えれば、練習時間の確保もしなければいけないから……わかった、来週の金曜日までには、おれも自分の考えを整理しておく」


「おし」


 木村君に続いて杉谷君も腰を上げ、むしろおれたちの方こそが取り残される。


「そういうことで頼む。時間を取れるとは思ってないから、またチャットの方で」


「……ほんとにもう帰る気なんだね」


 なんとかそれだけは声を掛けた。


「平田は残るだろ? またあとで連絡するわ」


 おれにはそう言葉を残し。


「じゃ、すみません失礼します。お邪魔しました。……会えて光栄でした」


 愛生ちゃんたちに掛けた挨拶の、最後の一言は少し、とりあえず言っとけ感あるなと思った。


「逃げんの?」


 とは、祥子ちゃんの低い声で、引き留めるというよりは行かせないといった気概が含まれていた。


「……俺も考えるから、そっちも考えてくれって言ってんの、一週間」


 木村君はけっこう、売られたものは買うタチだ。


「っていや、喧嘩別れしたいわけじゃないんですよ」


 けれど今はすぐに苦笑を浮かべるから、おれは安堵する。


「わかった。うん、わかった」


 愛生ちゃんが場を和ませようと明るく振舞う。


「お互い、考えなくちゃいけないことあるもんね。一週間といっても、私たちは活動あるし、木村君たちも学校あるし……そのくらいの時間は必要だと、私も思う。ね、祥子ちゃん、だから……いいよね? 今日は一旦、解散にしよ?」


「……ごめん、言いすぎた」


「俺の方こそ、強引に話進めてわるかったです」


「敬語はやめてよ。なんか、木村に敬語使われるの……薄気味悪い」


「薄気味……」


 木村君がショックを受けて、杉谷君が「どんまいだ」と慰めるが。


「あ、杉谷もね。杉谷も敬語使っちゃダメ。慇懃無礼? みたいな?」


「慇懃……」


 木村君と二人して肩を落とす羽目になっていた。


「あはは。あはぁ。しょ、祥子ちゃん、それはさすがに言い過ぎじゃないかなぁって」


「愛生……。でもはっきり言っておかないと、わたしだけ敬語使われたりは……ほんと嫌だし」


 それは祥子ちゃんが時折覗かせる、年上ということ疎外感への寂しさだったらしい。要するに、それくらいに木村君にも杉谷君にも親近感を覚えているということの裏返しでもあるはずだ。


 桐生さんが外まで送るというから、三人を見送って、そうなると『第二会議室』には幼馴染四人が残ることになる。


「なんとなぁく、わかってたけど……すごい人たちだったね……木村君も杉谷君も」


 愛生ちゃんがしみじみと言うので、おれは首肯して言葉を重ねる。


「そうでしょ? おれの言ってた通りだったでしょ。二人とも、すごくしっかりしてるんだ、おれなんかよりずっと。木村君はなんでも出来ちゃうし、杉谷君も自分の考えをちゃんと持って、すごくなんていうんだろ、柔軟なんだ」


 いわゆる友達自慢、である。おれの友人たちは、本当にすごい人たちなのだと。


「優くん、嬉しそうだね」


「あんまり話進まなかったのに! 一週間も先って、やっぱり遠くない?」


 海羽ちゃん、祥子ちゃんがそれぞれに、微笑んだり唇を尖らせたり。


「でも、すごい人たちっていうのは同意。……ありゃ盗めねーわ」


「盗む? どゆこと?」


「ごめんアオ、突っ込まないで。特に純粋な目では、特に」


 やめて、という海羽ちゃんに愛生ちゃんはぐいぐいとにじり寄っていく。「どういうことか教えてよー」「ひぃ、ごめんん、ちょっと言ってみたかっただけなんですぅ」相変わらず、仲がいい。


「やっぱプロゲーマーとか、普通じゃないのかな」


 祥子ちゃんの呟きには「普通ではないでしょ」と返しておく。


「祥子ちゃんたちは芸能界なんて入って、大人と仕事してお金貰って……おれたちより全然先に大人になってるんだよ。それはちゃんと自覚して欲しいかな」


「逆に子供ってなに? 学校行ってたら子供なの?」


「それは、まぁ、そうなんじゃないかな?」


「そうかなぁ」


 祥子ちゃんには思うところがあるようで、今はもう閉じているドアを見詰める。睨んでいる。


「大人なんて……」


 その先が聞こえてくることはなかった。

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