第36話 球技大会:閉幕 ちなみに一年三組、総合優勝です

 長い一日だった。俺がそう感じるのも当然で、事実として登校時間は早まっていたし、全校生徒の解散が告げられる時刻だっていつもよりずっと遅い。


 18時なんていうのは、常ならば部活動の終了時刻だ。


 グラウンドに設置された壇上で生徒会長さんが諸々の発表、各学年各競技の優勝、それと全体での総合優勝クラスなんかを伝えるたび、大きな歓声が保健室にまで届いてくる。


 生徒会長さんの声の方は明瞭ではないから、どこが勝ったのかはわからなかったけど。


「あら、解散したみたいね」


 窓からグラウンドを眺めていた保健の先生が伝える先は、どうやら俺らしい。顔を合わせて「そうですか」とだけ返しておいた。


 ベッドの縁に腰を掛けていると、外の様子はわからないものだ。


「また無理するから。気を付けなさい?」


「はい。わかってます。すみません。ありがとうございます」


 球技大会を通して生徒たちに大きな負傷はなかったとのことで、保健室にはいま俺と先生だけが残っている。先生が残っているのは俺のせいなわけで、申し訳ない。


「気分はどう?」


「だいぶ良くなりました。すみません、大したことなかったのに、休ませてもらって」


 御堂さんと別れたあと保健室で休ませてもらったら、案外とすぐに体調は回復した。ただ少し遅かったので、グラウンドに集まった生徒の中に戻ることは出来なかった。


「いいのよ。大事になる前に気軽に来なさい。倒れられたりでもした方が困るわ」


 それはまぁそうだろうから、曖昧に笑い返す。


「大丈夫なようなら、教室に戻った方がいいんじゃないかしら?」


 先生としては「みんな帰っちゃうわよ?」というのも気に掛けてくれているらしい。


「いえ、もう少し。すみませんけどもう少しはここにいさせてください。完全回復って感じじゃないのも、ほんとなんで」


「……そう。いいわ。仕事してるから、出ていく時には声掛けてね」


 それきり机に向かう先生に「ありがとうございます」を伝える。


 スマホには、メッセージがいくつも届いている。それは俺が送った内容への返信だったり、向こうから送られてきた疑問だったりだ。『どこいんだ?』ってのが、やっぱ一番多い。


 正直に、保健室、と伝えて心配させるのもあれなのでテキトーに作業ということにしている。


 クラスメイト達はこのあと放課後、打ち上げに行くらしい。元気なことだ。しかもこの土曜にも、土曜が正式で今日がとりあえずのってことみたいだけど、二回も球技大会お疲れ様会するのは、ま、楽しければそれでいいか。


 今日のところはもちろん欠席で伝えてあるから、それも教室に戻るのが億劫な理由の一つだ。


 このところずっと気を張っていた反動か、少しばかり精神的に谷みたいだ。


 だいたいのところ上手くいって、成功して、おそらくは望み通りの結果、かなり近いところで着地できたはずで、落ち込む要素なんてないはずなんだけどな。


 たぶん……上手くいってしまった事こそが、俺のメンタルを叩き落としている。


 手前勝手にやりたいようにやって、やれて、それで沈んでるんじゃまったく世話ない。


 一つ溜息を落としかけた時だった。


 ガラリ、とドアが開かれ、俺も先生もそちらに目を向ける。


「失礼します」


 そう言って入室してきたのは、生徒会長だった。


「怪我、ではなさそうだけど……どうかしたかしら?」


「こんな時間に申し訳ありません、怪我でも体調不良でもないのですが、少しそこの、木村くんに用がありまして」


「俺? あ、いや、俺にですか?」


 球技大会運営会による後片付け、は今日のところはひとまずので切り上げだが、生徒会長だって、生徒会長だからこそ、暇ではないはずだ。


 俺が一人抜けたくらいのことなら些細でも、実質の運営トップがこんなところ(というと失礼だけど)で油売ってる暇なんて。


「まずは、体調の方は大丈夫そうか? 見た限り、そう具合が悪そうには見えないが……」


「大丈夫です。って言って、サボりじゃないですよ? 本調子でないのはマジですから。すみません片付け手伝わなくて」


「いやいい。体調管理の方が大事だ。比べるまでもなくな。大丈夫なのであればよかった。少しいいか?」


「……はい。どうぞ、って俺が言うのもおかしいですけど、座ってください」


 立ったままでいられると居心地悪いので、手近な椅子を手で指し示す。


 俺はベッドに、その対面に生徒会長がパイプ椅子に、座って向かい合って、これはどういう状況なのだろうか。


「あまり時間を取らせるものでもないから率直に訊くが、生徒会に入る気はないか?」


「いやぁ、ないですね」


「はっきりと言おう。生徒会に入らないか?」


「すみません入りません。お誘い頂いたのは嬉しいですけど」


 生徒会長さんは背筋が伸びていて綺麗な姿勢だ。精悍な顔立ちは生来なのか、紀字高校で生徒会長をやるなんていう足跡が表れているのか。


 生徒会長とは言うが、実のところまだ二年生、そして今が五月末であるから、まだ高校生活の半分も終えちゃいない人である。


 紀字高校の生徒会は、一月に選挙をして、生徒会長と副会長には一年生がなる。そこから一年間、生徒会の顏となるわけだが、選挙時に二年生の元生徒会長たちは、そのまま生徒会に残留で補佐に回るらしい。


 たぶん少し、珍しい組織体制なのだと思う。高校というか学校の生徒会なんて幾つもどころかいいとこ通っていた中学校のものくらいしか知らないから、本当に珍しいのかもわからないけど。


 会長副会長以外だが、これは完全に会長の一存らしい。もちろん慣例的に生徒会内、会長副会長補佐で合意するのが普通とのことだが、明文化されたルールは一つ『生徒会役員は会長が任命する』とあるだけ、だそうだ。


 そして、その任命は例年、入学してそう遅くない内、おおよそ一学期の間に、一年生に対しても行われる。これもただの慣習ではあるが、そうして数名、生徒会に所属し、その内の誰かが次の生徒会長になり、他の者は役員として支える。


 とまぁ、こんな具合に変に詳しくなるくらい色々聞かされていたから、今の事態もなんとなく可能性の一つとして描いてはいた。だから戸惑うこともなく拒否できるわけですな。


「そうか、残念だ。よければ理由を聞かせてもらえるか」


「来年は俺、この学校にいませんから」


 拒否というか、無理なんだよね、そもそもとして。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る