第33話 球技大会:幕間 交代

 体に心が引っ張られることがあれば、心に体が突き動かされることもある。


 それでいうとさきほどまでの俺は後者もいいところで、喝采の中に古賀さんたちがギャラリーに礼をするのを見届けることも出来ずに舞台袖に引っ込まさせてもらった。


 舞台袖というか、ただ体育館を出て、脇の人目につきにくい段差に腰を下ろしただけだけど。


 気が抜けた途端、死ぬほど疲れてしまった。疲れているということに体が気付いてしまった。


 ほんの五分程、そうしていただろうか。


『このあと17時から、体育館第二コートにて、女子バスケットボール部によるエキシビションマッチを執り行います。昨年度、全国大会出場のチームを、みなさん応援してあげてください』


 そういうわけだから、こんなところで休んでる場合じゃないってのに。


 一年女子の決勝戦から連戦になるが、古賀さんはもちろん神辺さんも体力的な不足はないだろう。体育館を出掛け、見遣った背中の気配からだけの判断だけれども。


 ダサいな俺。


 あんなに動き回った女子二人が全然元気なのに、行かなきゃいけないのに、立ち上がることさえ億劫だ。


「こんなところにいたか」


 誰かの声がした。他に人はいなかったと思うけど、知らない内に俺以外の人が増えていたのだろうか。


「おまえだよおまえ。てこれじゃ喧嘩腰だな。わりぃわりぃ」


「え、俺ですか?」


 俺ですか? いやほんと他に感想湧かないけど。知らない人に声掛けられた。


「そうだっての。お疲れさん。なんつーか……よくやってたよ」


「はぁ……どうも。……すみません、疲れてるので座ってていいですか?」


 立つ気力もないんだよね。まず誰だよって……あ。


「バスケ……男バスの部長さん……?」


 じゃないか。そういえば。そうだよ、知ってる顔だった。顔だけ。


 あと、先週金曜の朝に神辺さんと軽く言い合っていたっけ。


「お、そうそう。なんだ、知ってたのか。男バスの部長こと三年の高垣だ。よろしくな」


「一年の木村です。テーブルトーク部です」


「マジか!? おまえテーブルトーク部なのか!?」


 高垣先輩は仰け反るように半歩後退った。なぜに。


「そ、そうか……そうかぁ。ん、いや、なんでもねぇ気にすんな」


 ……まぁいいや。今は、そんなこと考える気分にもならない。


「それでそう、ちっと話に聞いたんだけどよ、ほらこれからあるエキシビション、あれもおまえが審判やんだって?」


 言いながら、先輩は俺の隣に腰を下ろす。


 やだ、球技大会の合間に二人きりなんておいしいシチュエーション、相田さんとしたかったんですけど。


「はい。他に手の空いてる人もいないんで」


「んなこた……まいいさ、それは。んじゃ、俺が手伝うってのも、別にいいよな?」


「どういう、ことですか?」


「そのまんまだけどよぉ。試合の審判は俺の方でやるからよ……おまえ、休んでおけよ」


 男の顏なんてまじまじ見る趣味はないんだけど、流石にしちゃったよね。


「疲れてんだろ? 自分で言ってたしな。だから俺が代わってやるって」


「それは……助かりますけど……」


 意図が読めない。いや、意図も何もなく純粋に疲れた後輩への労わり? それでわざわざこんなところまで足を運んで?


 俺が言葉の続きを探していると、高垣先輩が先に口を開いた。


「さっきの試合……俺も見てたんだよ。神辺の奴、楽しそうだったな」


 あぁ、なるほど。


「元々、うちでマネージャーなんてやってていい奴じゃなかったんだよな。……口うるせぇし。一年のくせに……は、まぁ、わりぃ」


 俺も一年ですからね。そんな言い方にはカチンときたりもするかもしれない。そんな元気もないっすけど。


「神辺はきっと……女バスに行くだろ? 一応、その……餞別っつうか、今までマネージャーしてくれてた……俺らみたいな部活は楽しけりゃいいだろって、そういう連中相手にあれこれしようとしてくれたお礼みたいなよ。そういうやつだよ」


「それなら、真面目に部活してあげるのが一番、神辺さんのためと思いますけどね」


 高垣先輩は笑った。


「それはまたちげぇよ。俺たちは別に、不真面目にやってるわけじゃねぇ」


 笑って、手が伸びてくる。


「うわっ、やめてくださいよ先輩!?」


 わしゃわしゃと頭撫でられるには、あんたと俺の距離は近くないだろ! てかほぼほぼ初対面だろ!


「いやぁ、なんかおまえも神辺に近いんかねぇ。はは。よっと。つーわけだから、審判は任せておけ。ゆっくり休んどけな」


 そう言って高垣先輩は足取り軽く体育館内に消えていく。


「なんだってんだ……」


 見えなくなって尚、睨み続け、それから肩の力を抜いて空を見上げる。


「あぁー……快晴だ」

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