第29話 球技大会:決勝戦④ 前半終了
それは日曜日に体育館でのこと。女バスの練習後に居残った古賀さんと、それから五組、三組の球技大会女子バスケットボールに出場する面子が合流し、あとおまけが少々。
「いま、失礼なこと、考えたっ、しょー」
発言を区切るたび脇腹突かないで欲しい。バスケには出ない大野さん含めおまけ扱いしたけど、そこまで失礼でもないだろ。失礼は失礼だろうけど。
考えてない、と言い訳する前に「お兄ちゃんがよからぬこと考えてる時と同じ顔ー」と名(迷)推理の種明かしがされた。
なるほどね。
球技大会までにバスケの練習する? どうする? てかどっか場所あるの?
みたいな会話があったかないかたぶんないんだけど、古賀さんと大野さんにそれぞれ人集められたりしないか打診したら、すんなりこうして総勢十二人も集まった。
古賀さん曰くに「練習とまでは言わないまでも、みんなで遊びに出かける予定だったので」とのことで、大野さんも「どうどう? これがわたしの人望だよねー」じゃなくて謙虚な心を持てればいいね。
とはいえ実際、人望って大事。女子の輪に男一人で普通に入っていくのって人望ステータスでいい? 他に上げといた方がいいパラメータある?
「諦めれば? 木村はそういうタイプじゃないと思う」
「……俺なんか声出てた?」
「「ぐぬぬー、俺を差し置いてJKハーレム羨ましいんじゃ―」って」
「……」
「うっそーん。なになにマジな顔してー。もしかして実は思ってたのぉ? JKハーレムぅ? きっ、しょい、ね」
リズミカルに腕を叩くな。
「ところで大野さん。ほんとに大丈夫なんだよな? 神辺さんが不参加の理由というか言い訳」
「気にしいだなぁ。だいじょぶだいじょぶ。神辺さんが最近、普通じゃない感じなのはみんなわかってるもん。神辺さんにバスケやる楽しさを思い出させよう企画、とか言っといたら、みんな詳しいこと訊かないで参加してくれたよー」
それで……いいのか、そんなもんか。そうかもしれない。軽薄なくらいが軽妙なのかもしれない、クラスメイト間の関係なんてものは。
「楽しいことゆうせーんってねー。でも大体、合ってるでしょ?」
「ああ、核心ついてるよ」
破顔して「でしょでしょ」と楽しそうな大野さんが、やたらと眩しく思えた。
「みんな思ってるんだよねー、勿体ないって。才能があるのにやらないなんて勿体ない、って」
眩しい、と思ってるのは、大野さんも一緒なのかもしれない。
○
そういう経緯で練習会みたいなことをやったわけだが、その時に古賀さんから言われたのだ。
「審判は、木村君がやればいいと思います」
練度、性別、クラス。そのあたりを考えると、女バスに頼めるのならばそちらの方がいい、とは妥当な見解と思っていたのだが、古賀さんは首を縦に振らなかった。
「最後まで責任を持つべきです」
返す言葉はなかった。
「もちろん、普通の審判がやることだけではない何がしかが起こる可能性というのもあります。そういった時に事情を理解している木村君の方が試合をスムーズに都合よく動かせるわけですし」
「可愛い顔して中々言うよね古賀さん」
「あの、私まで口説こうとするのはやめてもらっていいですか?」
「口説いては、ないですが」
「そうですか? でしたら、口説く気もないのに可愛い顔などと誰彼構わず言ってしまうのはただ軽はずみなだけですか。それはすみませんでした」
「こちらこそ、すみませんでした……」
古賀さんは、相当にはっきりと口に出すタイプらしい。率直に思ったことを、丁寧かつストレートに。
「まぁ、うん、そうだな。うまくコントロールできるかはわからないけど、いざという時に俺が審判してた方がいいか」
それがどんな事態か想像もできないけれど、ただ純粋な試合をやろうっていうんじゃないのだし、そんなものの審判を他人に押し付けるのはよくないか。
「いえ、そういうことではなく。それもありますが」
古賀さんは思ったことをはっきりと言う人だと、俺は思っている。
「見届けるべきだと、そう思います。他でもない木村君が。私と神辺さんの関係ではなく、神辺さんと木村君の関係として。最後まで」
○
その結果がこれだ。
「しんぱーん! 今のおかしいんじゃねーのかー!」
「贔屓やめろー! こっちゃ八百長見に来てんじゃねーんだよ!」
もちろんこんなのは極々一部だ。盛り上がりすぎて面白さの境界が崩れたほんの少数。
ちょっとテンション上がって、自分たちが楽しいことを誰もが楽しいと勘違いしてしまっただけの、一時の気の迷いからくる口汚さ。
そう思うことで、なんとか自分を立たせている。
試合がぶち壊しになることへの恐怖だけじゃない、そもそもが間違いで誤りだったのだと突き付けられれば、俺の方が先に、先に鈍ってしまいそうになる。
気を緩め、諦め放り出し、テキトーなジャッジをするだけの存在になってしまう。
それじゃダメなんだ。球技大会じゃ足りないんだ。
それはただの体育の延長線上だ。お遊びの領域だ。
神辺さんに必要なのはそんなものではないはずなんだ。
神辺さんがしていたのは、求めているのは、その火をまた燃え立たせられるとすれば。
『バスケットボール』
ただ、それだけのはずだ。
○
心と体が乖離している。そのことを自分でわかる。
あたしは今、二人いる。
心は痛んでいる。その大部分は心配で、試合開始直後とは打って変わってしまった会場の空気、その矛先になってしまった木村への心配。
体は高揚している。完全に余すところなく全力の本気の勝負、とは流石に無理でも、『こんなもんか』がないルールの中で戦っていることで、そしてそれに相応しい強敵と相対していることで、どんどんとギアが上がっていっているのを感じる。
心を置き去りに、体は立ち戻ろうとしている。戻りたがっている。体育としてではない、スポーツ、競技としての『バスケットボール』へ。
あの頃へ。
○
あ。
という間だ。
まずい。
古賀さんの腕が僅かに神辺さんの進路を妨害したこと。
それを、一瞬、見逃してしまえと囁いた俺の臆病も。
まずい。
一拍遅れてしまってから笛を鳴らす。
古賀さんのファウルを宣告する。
まずい。
手が震える。震えていると俺が傍観している。
大丈夫だ落ち着けと、言ってくれる誰かはいない。
塞ぎたい耳が勝手に澄まされていく。聞きたくないことを聞こうとする。
まずい。
あぁ、いっそ、何もかも投げ出してしまいたい。
「ナイスジャッジ!」
ただ呆然と声のした方を見る。審判にあるまじき放心で、ただ俺にはそんなこと気にする余裕はなかった。
「よく見てた! ナイスジャッジだぞ審判!」
それから、パチパチ、と。
一人の、小さな、ちっぽけな拍手が。
「いい試合してるよー!」
「勝てよ一年! ってどっちも一年か! ははっ!」
「あと3点! 追いつけるよ白チーム! がんばって!」
「逃げきれ! 青ー!」
万雷になる頃。
俺はただ見ていた。
「さぁ! 応援も気合入れていこうか!」
そう周りに発破をかけるその人は、誰より早く拍手してくれたその人は、俺が午前の最後、タッチネットを告げた、あの人で。
「ありがとう、ございます」
震える声で零した言葉は、あとでちゃんと届けに行こうと思う。
○
よかった。よかった。
心が軽くなると体も軽くなる。
前半は、もうあと20秒。まずはここを、全力で守ろう。
そんな程度の、安い決意では、古賀さんを止めることは出来なかった。
自陣のゴールネットが揺れる音、笛の音。
あたしはまだ全然届かない内に、7分はあっという間に終わった。
静か。
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