第2話 金曜放課後、テスト上がり
そんな放課後。
テスト終わりの放課後に、目減りした気力を回復するのも学生にとって大事なことであろう。明日から休みはそれはそうだが、放課後と休日は違うのだ。主に集まりやすさとか。
開放感の中、友人と遊びたい人間はやはり多いし、一人寛ぐことこそ至福とする人もいる。部活に精出してこそって意見もあるのだろうけど、その点、俺が入部したテーブルトーク部も、平田と杉谷が所属するe-Sports部も、そういうタイプの集まりじゃなかったらしい。
あるいは顧問サイドの体力とかやる気とかの問題かもしれない。
「先生たちも今日、飲み会とかいうのするんだって」
平田から又聞きする情報から考えると、卓球部なんかはそのパターンな気もしてくる。本当のところは杳として知れないが。
学校最寄りの
「教師というものも大概、ストレスが溜まるものらしいからな。先生方にもそういうストレス発散や交流の場が必要なのだろう」
「ふーん。なんでそんな知った感じなんだ?」
「親戚に高校教師がいる。正月に集まった時に随分と愚痴を聞かされたものだ」
それは現役高校生に聞かせる話じゃないだろう、と思う。いやむしろ、高校生相手だからか? 杉谷の親戚付き合いははじめて聞いたから、その高校教師だという人の人となりも杉谷との関係性もわからない。
それに杉谷は家のことは話したがらない印象だったから、親戚だの集まりだのと口にするのも意外といえば意外だ。資産家だかなんだか、家が金持ちだなんて俺だったら単純に嬉しいもんだが、実際にそうであるからこそわかる色々、感じる諸々もあるようなのだ。
「そういうものなんだね」
言いながら、平田がポテトを口に放り込む。
俺の注文だけまだ受け取れていないから「一ついいか?」「いいよ」で俺も手を伸ばさせてもらった。
「それで、二人はテストどうだったの?」
「かなりよく出来た自信はある。うまいなポテト」
「おれもそうだ。下手な点を取るわけにもいかないしな」
「あー、大変そうだな、杉谷んとこは。も一本貰い」
数度目のつまみ食いに、食べ過ぎだよ、と平田の注意が入るまで雑談に興じ、ようやく呼び出されて子機を片手に腰を上げる。
「やっとか。行ってくる」
駅前の大型店舗だから、受付カウンターは一階で、二階と三階が座席になっている。階段を下りて小さな端末とトレイを交換すると、そう長くもない注文列に見知った顔を見つけた。顔というか色というか。やっぱ光るような金色は目立つな。
「お、
「木村くん」
「一人か?」
並んでいるのは相田さん一人だし、軽く辺りを見回しても知り合いはいなさそうだ。
「ううん。御堂さんと一緒。私一人で追加で買いに来ただけだから」
店内のどこだかにいる、というわけか。そう言われればたしかに相田さんはスマホと財布を手に持っているばかりだ。
「そうか。じゃあ、また月曜に」
「うん」
バーガー一個とドリンクだけだというのにどうしてこんなに時間がかかったのか。なんてどうでもいいことを考えながら二階に戻る。意識して視線を走らせてみても、濡羽色の長髪も人形みたいな整った顔も見当たらなかった。三階かな?
「おかえり。明日って空いてる? 午後からなんだけど」
「午後一は無理だ。夕方くらいからなら……いやどうだろ、配信が何時に終わるか次第だな」
「レイラちゃん?」
「レイラちゃん」
「13時から15時で練習しようという連絡が来てな。そういうことなら、また言われることは覚悟しておいた方がいいかもしれない」
平田の質問を杉谷が補足してくれた。俺たち三人でいて『練習』というなら、ゲームの練習のことだ。遊ぶんじゃなくて練習(という名目のただのお遊びなことも多いが)。
とあるゲームにチームを組んでいる。そうだねesportsだね。
部活は部活として、それ以外にも活動や繋がりが広いのがゲームのいいところで悪いところだろう。
「あとで謝っとくよ」
例えば顔も知らないままチームを結成するなんてことが出来てしまう。連絡用のグループにいま既読をつけるとあれこれ時間を取られそうだから後回しだけども。
先述の配信云々などで都合の合わないことの多い俺なので、そういう面でも迷惑をかけている。
チームのメンバーは高校生ばかりだから、時間はいつだって惜しい。言い分はわかるけどね。
「そういや部活の方の、PC新調するって話はどうなったんだ?」
「あれね、結局、安い方を揃えることになったよ」
一年生ながらに実力も知識も(ほとんど全てのゲームで)頭抜けている平田と杉谷だから、あまり界隈に明るくない顧問に代わって案出しなんか任されていた。競技シーンに堪えうるスペックか、最低限の動作保証か。
急に言い渡された役目も選ばれた機種も、おそらくは二人が部外にチームを組んでいる理由なのだろう。
ゲームの話題から漫画やアニメと変遷しては炭酸に喉を潤すこと一時間は経たないあたりで、誰ともなく空いたトレイを持ち上げた。
店を出てすぐ、人通りの端に顔を突き合わせる。
「それじゃあ、またね。気を付けて」
「ああ。そっちは金使いすぎんなよ」
平田と杉谷はこのあとゲーセンに立ち寄るという。俺はと言えば所用で離脱だ。
「連絡も忘れないようにな」
「ん。どやされる前にはしないとな」
杉谷に返事をして、早々に別れる。向かう先は正反対で、俺は一人、駅のロータリーにあるバス停を目指した。
○
「あっれー? 木村君じゃん! どこ行くの何してたの?」
どうも今日はよくクラスメイトに遭遇する日らしい。
「帰るとこ。バーガー食ってた。二人はカラオケじゃないのか? なんでここにいるんだ?」
「いちゃわるいかー。カラオケは今からだよ。うちらはちょっと買い物してた!
そう言って傍らの
「言ってないし」
とも聞こえてくるし。
親友同士を公言(主に大野さんが)している二人で、だいたいテンション高めの大野さんと低めの北見さんでバランスとれてるってことなのかもな。
「そうか。目当てのものは買えたのか?」
「何も買ってなーい。ケーキおいしかったねー」
ねー、と楽し気な大野さんに顔を向けられながら「別にこれといった目的もなかったから」と北見さん。二人とも普段から制服を着崩しがちだが、放課後に校外ということもあってかより一層……明るい印象がある。都会のファッションは俺にはわからないです。
「あー……そうなのか」
買う物を決めていない買い物か。そういうこともあるか。
「帰るとこなら木村君もカラオケ行こーよ! いいでしょ?」
「わるい、用事があるから無理だ」
というのは今日の昼間に教室で話していて、大野さんもその場にいた記憶があった。
それでも、もしかして、で誘ってくれるのはありがたい。
「えー? いいじゃんいいじゃん。そんな大事な用事なの?」
「人と約束しててな。だから俺の都合だけで変更は出来ないんだ」
これも二回目だから、もしかして、忘れているかそもそも聞いちゃいなかったという線もあるかもしれない。悲しい。
大野さんもそれで納得したのか大人しく引き下がったし、互いに予定はあるわけで、今日はもうずいぶん繰り返した気のする「それじゃ」をまた口にする。
大通りの方へ向かう二人と手を振り合い、踵を返せばすぐに目的のバス停だ。
タイミングよくバスも来た。
座席には余裕があるから腰を落ち着けて、揺られる間、なんとなく、スマホを弄る気にもならなかった。
十分ほどして下車するのは
周辺の発展度合は上土駅の八割ってところだが、利用する生徒の比率はもっとずっと低い。駅前を歩く体感と身近な人の話からすると、上土の十分の一未満だろう。
だから誰かを見かけるようなことは滅多になく。
「よう、遅かったじゃないか。ほれ、さっさと乗れよ」
誰かに見られるようなことも。
ロータリーに停まる車に乗り換えて、助手席にシートベルトを締める。
「言ってくれりゃ上土まで迎えに行ったのによ」
「今度は頼むよ」
「ま、そん時にも、もののついでってことだったら、だけどな」
バスの降りがけに、今日は車だから遊んでんなら迎えに行ってやろうか? なんてメッセージを受信したから、ほんとならここから電車で三駅というところをこうして車のシートに代替させてもらっている。
「どうせならどっか寄るか?」
「俺は別にいいかな。
「ならまぁ……このまま家向かうか。俺も今日はちょっと、あんま寄り道って気分じゃねぇしな」
何かあったのだろうか、と運転席を窺う。そろそろおっさんさ、と遊佐さん自身は言うけれど、二十代後半にしてはむしろ若い顔立ちだと思うんだけどな。
「なに、彼女とちょぉっとばかし喧嘩してな」
「大丈夫なの? それ。早めに仲直りした方がいいよ」
「……あとで連絡しとくわ」
「それがいいと思う。ほんと大事にしなよ、彼女さん」
割とよくありそうな話だった。言った通り、早いとこ仲を修復すればいい。時間は何も解決しないのだから。
それから、学校はどうだ、といつもの話題で流行曲を上書きして、我が家の前に降ろしてもらった。遊佐さんが近場のコインパーキングに車を置いてくる間、簡単に茶やら何やら用意しておく。
「遅かったね」
と今度は俺が遊佐さんを招き入れれば「ほれ土産」とコンビニ袋を手渡される。どおりで二十分近くもかかったわけだ。
「いやこれ酒ばっかじゃねぇか!」
袋の中身がどれもこれもアルコール含有率の記載付きじゃ、高笑いに誤魔化すには無理があるって。
「おまえも飲むか?」
「飲まねぇよ。だいたい遊佐さん、今日は車だから自分だって飲めないだろ」
「そうなんだよなぁ。コンビニ見つけちゃったら、なんか手癖でな、気付いたら買ってた」
「依存症かよ……」
いつものように冷蔵庫に缶を並べて、代わりに食材類を取り出す。
遊佐さんは早々に寛ぎモードでソファベッドに腰を下ろし、ゲームのコントローラーを握っている。
彼女さんはゲームをする彼氏に理解はあっても自分でやる人じゃないそうで、そういうことならと遊佐さんも自分の家じゃあまりゲームをしないらしい。相互に譲歩するのが大事、とはいつだったか言っていた。
「簡単なもんでいいからな。それより早いとこやろうぜ」
単純に、対戦ゲーだってオフラインの方が楽しい、ってタイプなだけでもある。
俺はと言えば「はいはい」と返事を投げて、肉やら野菜やら切っていく。本当に簡単に混ぜて炒めるだけ。
難しい料理を作れる必要はない。ただ、自分で自分の面倒を見れることを示せればいい。
人を招ける程度には整理された部屋、皺は目立たない制服、カップ麺や菓子パンに頼り切りではない自炊能力、そんなものだろうか。そのくらい出来れば、ひとまず安心できるだろうか。遊佐さんが、そして俺の両親が。
「随分、手際よくなったもんだよな。三か月前にゃ炒め物なんて油塗れだったってのに」
配膳後、肉を米に乗せながら遊佐さんはくつくつと肩を震わせた。
「笑わないでよ。つっても実際、越して来たばかりの頃は酷かったけど。今ならわかるけど、あれはほんとに食べられたものじゃなかった」
丸テーブルを挟んで向かいに座った俺も、負けじと箸を進める。
「あの時も一口で処分したろうが」
三か月前、俺が高校入学のために実家を出て上京してきてすぐ、春休みの間に諸々の手続きと準備を進めていた頃、作ったはいいが胃に入れるのは憚れる品を生み出してしまったことが数度ある。その内の二度ほど、遊佐さんが代わりに台所に立ってくれた。
懐かしくも恥じ入る記憶である。申し訳ない、は食材と遊佐さんに。
食った食った、でのんびりする間も惜しみ、今度は二人してコントローラーを手に持った。
「よし。じゃあ腹ごなしの一戦といこうか」
「あ、それさっき練習してたキャラじゃん」
「最早、熟達の域。今の俺に敵はない」
わけもなく、俺が持ってるソフトだし、普通に俺が勝つんだけどね。
「年季が違うんだよぉ! 年季が!」
「かー、俺もなぁ、時間があればなー。ゲームできる時間があればなー。俺は社会人で彼女いて仕事も忙しいからなぁ。どうしてもなぁ、独り身のガキには敵わないんだよなー、時間的に。時間的に」
「おい」
負けず嫌いが拗れてやがる。ないのは大人気だな。
とにかく楽しく、勝ち負けに一喜一憂して手に汗握ること二時間、あっという間だった。ちょっと熱中しすぎた感は否めない。ダウンロードコンテンツ(新ステージ)が神だったからちくしょう。
「くっそ、また負け越しか。やっぱ家でちっと練習すっかなぁ」
「無駄無駄。センスの差なんだよなぁ」
「いつかボコす」
今はたぶん精神年齢おんなじ。一回り上の大人と遊んでる気がしない。
気が楽、というには楽すぎるくらい、遊佐さんは俺に合わせてくれている。
「お、新作あんじゃん。おまえこれ買ったのか」
「興味あったからね」
「相変わらず趣味わりぃとこあんな。対象年齢アウト……だなこれ」
「推奨だからセーフ」
Zには手を出してないからZには。
「おい、風呂入ってこいよ」
「いま対戦真っ最中ですよねぇ!?」
5本先取の4-1。勝ったな風呂入ってくる(勝ってから入った)。
ちなみに、理解のある彼女さん、にも打ち明けられていない側面として。
「うぅ、ノゾミちゃんはほんと……ええ子や」
女児向けアニメでガチ泣きするアラサーというものがある。
「自分だって辛かったろうになぁ……なんて強い子なんだ……」
「『光がないなら――わたしが光になるっ!』って……これが小学生女児の精神か……?」
同士よ。
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