第3話 出会い(2年生の4月)

 オレ達の出会いは、もう3年前になる。


 政経学部と文学部が毎年、合同開催する新歓コンパだった。どこの大学でもあると思うけど、仕切りは2年生の実行委員がやるのが先輩から受け継いだ伝統というヤツだ。


 クラブを借り切って百人以上が参加する新歓だ。相手は地方から来た子たちもいるから、トラブル防止のために交代で巡回警備をしなくちゃならない。


 首に学部と名前を書いたIDカードを下げてぶらぶらしてたら、トイレ脇の目立たない通路で「男」を発見。


 大人しいナンパなら見逃すんだけどね。だって、コンパだし。


 でもコイツはダメ。札付きだ。要注意人物として写真が出回ってる。あっちこちで新入生を「食い」ものにする人間科学部の3年生で塩崎って名前だ。なんで、こっちまで潜りこんできたんだよ。学部もキャンパスも違うじゃん。


 慌てて駆け寄ると、男は顔を近づけて迫っているところだった。


「な? いーじゃん。外に飲みに行こうよ。オゴっちゃうからさ」


怯えた様子のこわがってる新入生。その子達は、 まるでドラマか漫才コンビのように見事な「美女と平凡」の組み合わせだった。


 この怯え方からすると、もはや脅しだよね。オレは間に身体を滑り込ませる。


「今日は新入生の歓迎会なんで、止めていただけますか?」

「うるせぇ。オレは、この子達の面倒を見てるだけだ」


 二人揃ってプルプルプルと首を振っている。


「でも、こんなに怯えてますよ? それに先輩、確か人間科学部ですよね? 今日は政経と文の新歓なんですけど」


 考えてみれば、不思議な組み合わせだ。一説には、男女比の問題でこうなったという話もある。確かに、野郎ばっかりの新歓では女の子だって来たくないよね。


 ともかく、ここは「文」と「政経」ってに大看板の学部でやってる新歓だ。他の学部のセンパイ達の出る幕ではないってこと。


 オレは言葉にはしないけど、堂々と「あなたの学部は違いますよね?」と顔で言いきって見せた。


 途端に先輩の顔が真っ赤だ。


 そりゃウチと比べるまでもなく文とじゃ偏差値が10違うモンね。普段のキャンパスも違うし。


 ウチの大学の中だと、事実上の違う学校扱いをされることが多いんだ。きっと、馬鹿にされたと思ったんだろうな。いや、学部差別をするつもりは一切ないけど、こういう輩は差別して良いと思ってるけどね。


「てめぇ、ざけんなよ! 邪魔すんじゃねー」


 ケンカ腰だ。


 ウチの大学って、なんだかんだでぼっちゃんが多いから、こんな「小物チンピラ風」でもビビるヤツが多いんだよね。


『ふぅ~、どうやって対処して上げようかなぁ』

 

 ちょっただけ、ため息をついたら、オレがビビったと思い込んだらしい。途端に顔がニヤけてる。


『頭の悪い奴って、何でも自分に都合の良いように解釈するんだよなぁ』


 下卑た口調で言ってきたんだ。


「おぅ、オレが話したいのは美人ちゃんの方だけだ。そっちのオマケの子に用はねーから、おめぇにやるよ。それなら文句ねーだろ」

「なんだと?」


 ムカッとした。顔に格差はあるけど、美人は裏切るんだぞ! 


 あ、いや、それは私怨だけどさ。


 でも、女の子をあからさまに顔で差別する態度にムッとしたんだよね。美人には不信感は持ってるけど、ノリは嫌いだよ。


「せんぱ~い」


 思わず声にさげすみ感がMAXだよ。


「ん? なんだよ、文句あんのかよ」

 

 いや、文句って言うか、見下しただけなんだけどさ。まあ、そうも言えないから、冷たい笑いを浮かべて優しく言ったんだ。


「今日は、とっととお帰りください」

「うるせぇってんだろ、なあ? オレと一緒に」


 美人ちゃんの肩に伸ばした手をグッと掴んだ。


 グッと握りしめる。あれ? コイツの筋肉たいしたことないじゃん。


「いてっ!」


 振りほどこうとするから、さらに握力アップ!


「痛いってほどじゃないでしょ」

「いてっ、てめぇ、やるつもりか、痛えって! 離せ、コラッ!」


 痛いよね? さらに力を込める。


「いてっ、いてええ、いてぇっってば!」

「お帰りいただけますか?」


 そのまま力を緩めず背中へとグッと手首を回してしまえば動けない。ジタバタする度に、握力を強める。


「痛ぇ! 痛いって言ってんだろ!」


 逃げられないよ? 子どもの頃からやってきた剣道四段の握力はリンゴを割れるからね。


 反対の手で肩を押すようにして「はい。1名様お帰り~」とドアから追い出す。


 海がましい目で振り返ったけど、さすがに人目があるから戻ってこようとしなかったのはラッキーなこと。これ以上のドタバタは、腕力尽くになりかねない。それを避けるなら警察を呼ぶことになるけど、どっちみち、座がシラけるのは避けられないもん。


 ヨタヨタと、まるでドラマに出てくる「やられたチンピラ」そのものの姿でビルから出て行く「センパイ」の背中を見届けて、振り返ったら、さっきの凸凹コンピがいた。


「政経学部の先輩ですよね? ありがとうございました」

「ありがとうございました!」


 美女と平凡ちゃんが二人してお礼を言ってくれる。


「ごめん。嫌な思いをさせちゃったね。あーいうヤツもいるけどさ、だいたいは良いヤツなんで。まだ時間あるし楽しんでいってね」

「え? あ! せんぱい、お名前を!」


 カードの名前を見られる前に撤収だよ!


「ははは。名乗るほどじゃありません。そのうち、キャンパスで会いましょう」


 カッコつけようとしたんじゃないんだよ。平凡ちゃんだけだったら、そこで会話の一つもしていたかもしれない。ただ、片方があまりに美人過ぎたんで一刻も早く逃げたかったのが本音だった。


 警備担当の控え室へ逃げるように戻ってからスマホを何気なく覗いた。ネットニュースのスキャンダル記事がでていた。


『KON二股愛発覚!』


 な~にが二股だよ、と一人呟く。


 KONという名で知られているグラビアアイドル。その美貌とスタイル。そしてウチの大学の総合型選抜を使って文学部に入ったことでも知られる「才女」として知られた女だ。


 信じられないけど、これはオレの元カノだった。


 もっと信じられないのは、ちょうど、この新歓の時に、あっちから声をかけてきたこと。その頃、既に美形JKモデルとして有名だったのは付き合ってから知った。


 ごめん、マジで芸能関係って興味が無かったからさ。


 でも、確かに美人だと思ったよ? グラビアもできるほどスタイル良いわけだし。オレ達はファンに見つからないように、地味にデートを繰り返した。


 性格はともかくとして、これだけの外見だし、大学生になって初めて出来た彼女だ。オレは夢中になって尽くしまくった。でもさ、バイトで稼ぐ鐘でできるデートなんて、しょせん「大学生レベル」ってことだろ?


 彼女の周りには、カネも顔も高レベルなヤツがウヨウヨいるわけで、そんな連中が彫っておく分けないじゃん。


 結果として、半年も経たないうちにイケメン俳優とで二股された。


 二股って言うか、この女にとって、オレの存在なんて初めから「キャンパス内での飾り」扱いだった気がした。


 別れ際に「芸能人とパンピーじゃ釣り合わない」とか言ってたもんね。でも、今回は歌舞伎役者とプロテニス選手? あれ? あのイケメン君はどうしたんだ?


 ってことで、去年の秋から彼女いない歴半年。二度と彼女なんて作るもんかと思っていたんだよ。


 ところが、世の中というのは分からない。


「先輩! コンパの時は本当にありがとうございました」


 翌日、早速キャンパスで出会ってしまった、昨日の凸凹コンビ。


「改めて、自己紹介させてください。文学部の小仏おさらぎ紗絵です。先輩! あの! お昼一緒にいかがでしょうか?」


 平凡ちゃんがグイグイ来る後ろで、美人ちゃんが恥ずかしそうに会釈してきた。


「紗絵ちゃんと一緒の文の町田美羽みうです」

  

「ど、どうも。あ、えっと、昨日の人はキャンパスが違うんでたぶん普段は会わないから心配しないでね?」

「はい! 先輩がいれば大丈夫です! それで、お弁当を作ってきたんですけど。お昼一緒に食べませんか?」

「え? いや、それはちょっと」


 君だけならまだしも、横に、こんな美人ちゃんがいたんじゃ喉を通らないかも、とは言えないよね。


「あの、大したものは作れませんけど、料理は好きなんです。ぜひ、一口だけでも!」

「いや、だけど、その」

「先輩、私を助けると思って、お願いします」


 押し切られて紗絵のお弁当をご馳走になったら、ムチャクチャ美味しくでびっくりだった。


 それが紗絵と、そして美羽との出会いだった。



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