第38話 立ちはだかるは、最古の覚醒者

 マコトは第八権能の時間遡行を使用し、覚醒者としての力を取り戻した上で、マグナ・ハイランドに強襲を仕掛けた。

 覚醒者としての超人的な膂力を最大限発揮し、ハルトフォード側の索敵網の外側から一瞬で大聖堂まで到達すると、斬撃で天井を穿ち破壊する。

 結果として、ハルトフォードの次期当主の婚姻を祝う場は、血と粉塵に塗れた瓦礫の山へと変貌を遂げた。


(さて、状況は……)


 マコトは現在、その惨劇の中心に立っている。

 足元にある瓦礫の下には、ハルトフォードに仕える諸侯や関係国の要人が潰れた肉の塊となってひしめいていることだろう。複数人の鮮血が合わさった匂いが、マコトの鼻まで伝わってくる。

 誰を仕留めたか、一人一人確かめている余裕はない。

 だが、肝心な人物は健在であることが確認できた。

 煙が晴れた中、マコトは周囲に目を向ける。

 当主であるジェラルドは、既に複数の護衛に囲まれていた。その中には、覚醒者の姿も見える。

 そして、祭壇の前には、リリィとアーサーがこちらを見て立っている。

 二人の表情は対照的だ。

 笑顔を浮かべるリリィに対し、アーサーは呆然としていた。


「索敵は……マグナ・ハイランドの防衛網はどうなっている!」


 アーサーは周囲の将兵に問い詰めるように叫んでいるが、その答えを知る者はマコト以外にいない。

 何故家から疎まれていた三男坊が、家の本拠を防衛する上で重要な情報を把握しているかと言うと、マグナ・ハイランドの防衛網はマコト自身が構築したからだ。

 しかし、ジェラルドやアーサーはマコトが構築したとは知らないんだろう。ノノをはじめとした魔法学研究所の連中とやりとりをする際に使用していた、魔法技師としての偽の身分を用いて携わっていたおかげで。

 ハルトフォードの本拠であるこの城は、一種の巨大な魔道具だ。

 本来なら、ハルトフォードに対する敵意や害意を持ったあらゆる攻撃に対して防衛魔法が作動し、自動で防御と迎撃を行う。

 超遠隔から大魔法でマグナ・ハイランドを狙撃しようとしても城の上空で魔法が霧散し、敵国の軍や覚醒者が強襲を試みても、追尾機能付きの射撃魔法が雨のように降り注ぎ、攻めるどころか逃げる間もなく処理される。

 内側からの奇襲に対しても、同様の魔法が動作する仕組みになっているため、ほぼ万全の体制だ。

 とにかく一切の攻撃を許さず、逆に瞬殺で返り討ちにする。

 防衛網の唯一の欠点をあげるとしたら、マコトに対しては働かないように設定されている点だ。

 これは密かに、マコトが保険として残しておいた穴だ。

 当時からこの日を計画していたわけではない。

 それでもいつか、ハルトフォードと敵対する日が来ると理解していたから、準備はしておいた。


(まずは、リリィを奪還しよう)


 まだアーサーに付く護衛はまばらだ。

 要人が一堂に会する場で、警備の兵力をいつもより厳重にしているとはいえ、覚醒者はほとんど各地の戦場に出向いているはず。絶対的だと過信していた防衛網があったから、それを無力化した今、ハイランドの防衛力は思いの外手薄となっている。

 正面の大扉には、挙式に参列した客の生き残りが殺到し、我先に外へ逃れようとし始めていた。


(あの様子なら、聖堂の外から兵が入ってくるまで少し時間が稼げるか)


 リリィとアーサーがいる方に向けて、一歩踏み込む。

 瞬間、正面に立ちはだかる者が現れた。

 最古の覚醒者、オリビアだ。

 白髪の老婆は、背中に担いだ身の丈ほどある大剣に、手をかけている。


「やはり、お前さんならリリィを他の誰かに渡すことはないだろうと思っていたよ」

「だったら、退いてくれ」


 まるでマコトの奇襲を予想していたと言わんばかりのオリビアは、笑う。


「馬鹿を言うんじゃない。こっちだって仕事があるんだ」

「だとしても、僕にはそれに付き合う義理なんてないよ」


 会話の最中、マコトはアーサーを狙って魔法を放とうとした。

 掠めるだけ死に至る、必殺の光線だ。


「おっと」


 しかしオリビアによって、受け止められた。

 不意打ち気味に仕掛けたマコトの魔法に即座に反応して大剣を抜くと、即座に撃ち落としたのだ。


「まあ、そう言わず。老い先短い婆さんの戯れに、付き合っておくれよ」

「悪いが、僕には時間がないんだ……!」


 マコトは押し通ることを決意した。

 オリビアの首を狙って右手の剣を振るうが、大剣で難なく受け止められる。

 剣を打ち合わせた状態で、オリビアは笑う。


「やはりお前さん……どうにかして力を取り戻したようだが、無制限に使えるわけじゃないようだね」

「……そんなことはないさ」

「存分に戦えるなら、ミュールパントで無抵抗にやられはしないだろうに」


 マコトは答えることなく、剣を振るった。

 数度、剣戟を交わす。

 急所を狙いながら、脇を抜けてリリィとアーサーの方へ向かおうとするが、全て阻まれた上で、オリビアはマコトの前に立ちはだかり続ける。


「今のうちにここを離れるぞ! あいつの狙いはリリィ・シトロエンだ!」


 戦闘の隙に、アーサーがリリィの手を掴んで聖堂を離れようとしていた。

 再びアーサーを狙って魔法を放とうと試みるが、今度は発動前にオリビアが肩口を目掛けて大剣を振るってきたため、発動を中止して防衛せざるをえない。

 そうしている間に、リリィとアーサーは護衛に囲まれながら、聖堂の裏手の方へと逃れていった。


(オリビアがいることは予想していたが……このままリリィを捕捉できない場所まで連れて行かれると厄介だな……!)


 突破したいが、流石はオリビアだ。

 マコトの狙いが見え透いている以上、全て対応してくる。

 甘くはない、ということか。

 ならば、腹を括るしかない。

 最古の覚醒者であり全ての覚醒者にとっての師を倒した上で、リリィを奪還する。

 結局のところ、マコトに取れる道はそれしかない。

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