第29話 決意と指輪

 ジェラルドの執務室を出た後、マコトはその足でリリィに会いに行こうとした。

 が、部屋へと続く通路の前に警備の兵が立っており、行く手を阻まれた。

 誰かに伝言を頼もうにも、家中で孤立しているマコトにそんな相手はいない。

 何か方法はないかと考えた結果、マコトはリリィの部屋に届けられる荷物に手紙を紛れ込ませ、待ち合わせ場所を記した。


「やっと会えたー!」


 夜。かつてマコトが暮らしていた、離宮の庭園にある東屋にて。

 約一週間ぶりに再会した瞬間、リリィが抱きついてきた。

 この場所は、二人が初めて会った場所であり、幼き日のリリィがマコトの部屋で寝泊りしすぎて、礼儀作法の教師から接触禁止令を出された時、密かに会うために使っていた場所でもある。

 現在、離宮は誰も住んでおらず、手入れの機会も少ないため、人気がない。


「マコトくんが大丈夫そうで何よりだよ……」

「まあ、色々あったけど、何とか無事だ」

「ミュールパント侵攻の後、マコトくんもハイランドに戻ってきたって聞いたのに、なかなか会いにいく機会をもらえなくて……」


 より一層強く抱きつきながら、リリィはため息をつく。


「あいつ、リリィの部屋の周りに見張りをつけて、ほとんど軟禁しているような状態みたいだけど……君の方こそ大丈夫か?」

「あいつって……ああ。きみのお兄さんのこと? なんか、すっかり乗り気みたいだね」  


 リリィはようやく離れると、軽い調子で返してきた。

 アーサーとの婚姻話は把握している様子だが、全く気に留めていないらしい。


「……余裕そうだな?」

「んー、余裕かと言われると微妙だけどね、自由に外出できなくて息苦しいし。あとわたしって、最強だけど人質でしょ? ハルトフォードに逆らわないための制約魔法をかけられてるせいで、見張りの兵を無視して好き勝手することもできないから、正直煩わしかった」


 リリィは、シトロエン家からハルトフォード家に送られてきた人質だ。

 マグナ・ハイランドに来たその日に、制約魔法を付与されている。

 制約魔法には細かい条件が存在するが、端的に言えばハルトフォードがリリィに対して、「逃亡」と「反抗」を禁止するという内容だ。

 だからハルトフォードは逃亡のリスクを考慮せずにリリィを戦場に送ることができるし、世界最強の戦力であるリリィが裏切って攻撃してくる事態を想定する必要もない。

 日頃から自由奔放にしているように見えるリリィではあるが、実際は異なる。 

 だからこそ。


「……僕としては、心配してたんだけどな」

「そうなんだ? わたしは心配してなかったけどね」


 何食わぬ顔で、リリィは言う。

 

「それはまた、どうして」

「マコトくんならこの状況を解決するための策を色々考えてるんだろうなー……って思ってたから」


 リリィから、信頼に満ちた眼差しが向けられる。

 今度はマコトの方から、リリィを抱きしめた。


「わっ」 

「ありがとう、リリィ。僕のことをそんな風に言ってくれるのは、君だけだ」

「わたしが好きなのも、マコトくんだけだから。他の人のお嫁さんになるつもりなんてないよ」

「僕だって、ハルトフォードの命令に従うつもりはない」


 マコトはリリィを抱く腕を解いて、真っ直ぐと見据える。

 そう、リリィとアーサーの婚姻話など、認めるつもりはない。


「当主とその後継者に逆らうとなると……マコトくんは、ハルトフォードと真っ向から対立することになるね?」

「ああ……僕は彼らに、叛逆することにしたよ。ハルトフォードと戦って、僕とリリィが一緒にいられる場所を作る」

「うん。マコトくんなら、そうするだろうなと思ってた」


 マコトとしては割と大それたことを言ったつもりだったのだが、リリィの反応はあっさりしていた。


「……多少は驚いたりしないのか?」

「いやいや、むしろ遅いと思ったくらいだよ? ハルトフォードは散々マコトくんのことをこき使ってのに何の報いもなかったからね。挙げ句の果てにわたしと引き離そうとするなんて……裏切られて当然だと思うな」

「そうか……ともかく、君の同意が得られて何よりだ」


 リリィの答えに安心したのは事実だが、意外には思わなかった。

 リリィなら、自分と同じ選択をするという確信がマコトにはあったからだ。


「戦うと決めたら、わたしがドカンと暴れて全部解決しちゃうから! 制約魔法さえ、解除できればだけど……」


 威勢の良かったリリィが、難しい顔をした。 

 結局のところ、いくら計画を立てたところで、制約魔法があったら実行に移せない。


「制約魔法ついては解除する方法を模索しているけど……今すぐは難しいな」

「そっかー……じゃあ、今すぐここから二人でこっそり逃げ出すわけにもいかないね?」

「ああ、それなりに準備がいる。色々と根回しが必要だけど……まあ、細かいことは任せてくれ」

「ふーん、何か策があるんだ? じゃあ、任せるね」


 リリィは納得した様子で、うなずいた。


「計画の概要を伝えると……まずは、ハルトフォードを裏切って君をハイランドから連れ出す。制約魔法を解除する。その上で、僕たちがハルトフォードの敵となった後、渡り合っていけるだけの体制を用意しておく」

「体制……って?」

「具体的には、土地と戦力だな」

「マコトくんって、そういうのとは一番縁遠い人じゃなかったっけ」


 リリィから指摘されてしまうとは、耳が痛い。

 しかし、逃げた後の生活のことまで考えると、ここは甲斐性の見せ所だ。

 

「ハルトフォードは、僕にミュールパントを領地として与え、ブラシュタットを治める総督に任命するつもりらしい。だから、丸ごと貰い受けることにした」


 マコトはそう宣言する。

 リリィは驚いた様子で目を丸くしてから、悪戯っぽく笑った。


「マコトくん、強欲だねえ……ん? でも確か、ブラシュタットのお姫様……アザレアさんと結婚するって話もあったよね。そっちはどうするの?」

「あー……形式上は一時的に結婚させられることになるが、協力関係を築いた上で、ハルトフォードを裏切った後に婚姻を解消する」


 計画に唯一の欠点があるとしたら、ここだ。


「ははーん、ちゃっかり美人さんと結婚する気だねマコトくん」


 リリィが面白がるように、目を細めた。


「……からかうなよ。あくまで形式的かつ一時的なものだ」

「まあ、疑ってはいないけどね。マコトくんは、ハルトフォードの手中に収まりかけたブラシュタットを奪い取るために、アザレアさんに手伝ってもらうってことでしょ?」


 手伝ってもらう、などという生優しい表現が適切かは分からないが、リリィの読みは概ね正しい。


「ああ。ハルトフォードに対抗するためには、同程度の大国の力が必要だ。ブラシュタットにはハルトフォードの傀儡ではなく、独立した国家になってもらう必要がある。僕はその手助けをするつもりだ」

「手助けとか言いながら、自分の傀儡にするつもりでしょ?」

「今のところその予定はないけど……僕とリリィにとって、その方が都合が良ければ、あるいは」


 考え込むマコトの頬に、リリィが手を伸ばしてきた。

 日常的に剣を握っているはずなのに不思議と柔らかい手で、撫でられる。


「とにかく、マコトくんはしばらくミュールパントに出張ってことだね」

「出張というよりは、君を迎える準備を整えるって感じだけど……一旦離れることになる」

「うーん、そう思うと何だか寂しいね?」


 ため息まじりに、リリィは首を傾げた。


「詫びと言ってはなんだけど……渡したい物があるんだ」


 マコトは懐から、小箱を取り出した。

 蓋を開けて、リリィに差し出す。

 箱の中には、空色の宝石をあしらった二つの指輪が入っている。

 

「これ……指輪? ペアリングってやつだよね」

「ただの指輪じゃない。通信機能付きの魔道具としても使えるんだ」

「つうしん?」

「この指輪を持っている人同士なら、どこにいても、どれだけ離れていても会話が可能なんだ」

「へー、すごいねぇ。もしかして、これもマコトくんのお手製?」

「ああ。数年前に、いつか君に渡そうと思って用意してた」

「数年前……ってマコトくん、14歳とかだよね。そんな頃から指輪を用意しているなんて、マコトくんはませてるねえ」

「……あまりからかわないでくれ」


 マコトは顔が熱くなるのを感じながらも、指輪の片方を、リリィの薬指に嵌めた。

 先ほどまで面白がっていたリリィが、途端にしおらしくなる。

 指輪の嵌められた手を広げて、はにかんでいた。


「……へへ、思ってた以上に嬉しいかも」

「君が喜んでくれて何よりだ」


 マコトは思わず笑みを浮かべながら、もう一つの指輪を自分の指に嵌めた。


「やっぱり、マコトくん以外の人と結婚するとか、考えられないなあ」

「……僕も同じだ」


 結局、マコトとリリィは朝になるまで、思い出の場所で二人きりの時間を過ごした。 

 それから三日後。

 マコトはリリィをハイランドに残し、再びミュールパントへ旅立つことになる。



◇◇◇◇◇


どうもりんどーです。

更新時間が遅くなりすみません。

今後は夜の更新になりそうです……!

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