第27話 帰ってきたボロ部屋
目を覚ます。
瞼を開ける。
見慣れた古臭い天井が、視界に入った。
「ここは……」
マコト・ハルトフォードは自分が少し前まで寝泊まりしていた場所……マグナ・ハイランドの片隅にある、小部屋に戻っていた。
「どうしてこの部屋に……いや、そうか。僕は、負けたんだったな」
マコトはハルトフォードが急襲したミュールパントから逃亡を図ったが、師匠であり最古の覚醒者である老婆、オリビアに捕捉され、戦いを挑んだものの、なす術もなく敗北した。
あの時から、記憶が飛んでいる。
昏倒させられてマグナ・ハイランドまで連れ戻されたことまでは推測できる。
だが、拘束はされていない。
牢獄ではなく、一応自室にいる。
冷遇された妾の子として扱われていても、捕虜ではないらしい。
(情報が、少なすぎるな……)
とにかく今は、状況を知りたい。
マコトはベッドから起き上がり、部屋を出ようと扉へ向かう。
ドアノブに手をかけると、抵抗なく回った。
施錠はされていないようだ。
扉を開けると、ちょうど部屋を訪ねようとしていたらしき人物と鉢合わせた。
「お目覚めでしたか、マコト様……!」
マコトと共にハイランドを逃亡し、ミュールパントにて戦火に巻き込まれたはずのメイド、ニコラだった。
「君、無事だったのか」
「はい。いきなり戦争になって驚きましたが……ミュールパントの城内で隠れてやり過ごした後、ハルトフォードの軍に運良く保護されたんです」
「そうだったのか……確かに、運が良かったな」
本当にただの幸運なのか。ノノの忠告を聞いた後だと、怪しく感じる。
ニコラは敵なのか、味方なのか。今はそこを明確にするよりも、知りたいことがある。
「ミュールパントの襲撃は、今から何日前だ?」
「一週間ほど前です。マコト様は、睡眠魔法で強制的に眠らされていたと聞いています」
「どうりで、腹が減っているわけだ」
頭や体が鈍く重いし、胃の中は空っぽだ。
「何か召し上がりますか?」
「いや、それよりも聞きたいことがある」
「なんでしょう」
「リリィは今、どうしている?」
「リリィ様は、ミュールパントでハルトフォードの軍と合流した後、一時的にこのマグナ・ハイランドに戻っています。それ以上のことは、直接お会いしてはいないのでなんとも……」
「……そうか」
リリィがマグナ・ハイランドに戻っているというのは、意外だった。
しかも、ミュールパント侵攻から一週間経過している。
それほど長い間勇者を遊ばせておくなど、マコトが勇者の時は考えられなかった。
……まあ、マコトとリリィとで扱いが違うのは、当然と言えば当然か。
「ミュールパントやブラシュタットの状況については、何か知っているか?」
「はい。アーサー様の軍がミュールパントを陥落させ、大勝利を収めたという知らせは、すぐにハルトフォードの領地全体に届けられたようです。今、ハイランドはアーサー様の話題で持ちきりのようですね」
「ブラシュタットの領地を支配下に置く上で、大きな勝利だったからな」
「その、ブラシュタット家の方々のことなのですが……」
ニコラの表情が、暗くなる。
それだけで、何があったか概ね想像することができた。
「当主のローランや、マティアス将軍は死んだか」
「はい……主だった方々は、アザレア様を除いてほとんど討ち取られたようです」
「なるほどな。アザレアはどうなった?」
アザレアは、マコトが意識を失う直前まで同行していた。
オリビアに捕らえられたのは間違いないだろう。
「あの方も現在は、マグナ・ハイランドにいるそうです。どこかの部屋で、軟禁されていると他のメイドたちが噂していましたが、確かなことは……」
「おそらくは、噂通りだろうな」
ブラシュタット家の主だった面々を粛清した上で、アザレアの身柄を確保する。
ハルトフォードは、彼女を傀儡としてブラシュタットの広大な領地を支配するつもりなのだ。
一部の諸侯を寝返らせ、ミュールパントを急襲して陥落させたが、まだブラシュタットの領内には忠誠心の厚い諸侯と彼らの守る城塞都市が点在している。
その全てを軍事力で制圧することもハルトフォードであれば不可能ではないが、より効率的な形を取ろうとしているのだろう。
「おかげで、大体の事情はわかった。それで、君が僕の部屋に来た用件は?」
「え、なぜ私に用があると分かったのですか?」
「目的もなく、魔法で寝ている人間の部屋には来ないだろう。どうせ、そろそろ起きる頃だと誰かから聞いてきたんじゃないかと思ってな」
マコトの言葉に、ニコラは目を瞬かせていた。
「おっしゃる通りです……」
「それで、用件は?」
「当主様から、目覚め次第執務室に来るようにとのご命令です」
心なしか、緊張した様子でニコラが告げてくる。
「なるほど……あの男が、会いに来いって?」
ハルトフォード家当主、ジェラルド・ハルトフォード。
マコトにとって、父親にあたる人物でもある。
「……直接会うのは、何年ぶりだったかな」
いずれにせよ、いい予感はしなかった。
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