第10話 理由がなければ動かない人間

 表街道で騎士と戦った翌日。

 騎士が乗っていた馬を拝借したマコトは、北東国境付近の森を通る旧街道を移動していた。背中側には、ニコラを乗せている。

 夜通し馬で駆け続けたおかげで、ハイランドからはかなり離れることができた。

 日が暮れてきたのと、馬の体力が限界に近くなってきたこともあり、マコトは夜営することに決めた。

 道から少し外れた場所にある小川を見つけたため、マコトはそこを今夜の拠点に選んだ。

 馬を止めて手綱を近くの木にくくりつける。


「良いのですか? 休憩などしていて……」

「追っ手が気になるのは分かるけど、ここまでずっと走ってきたし、馬を休ませる必要があるからな。もちろん、人も同様だ」

「ですがマコト様。休むと言っても私たちは準備なしで逃げてきましたから、何の備えもありませんよね?」


 実際、ニコラはほぼ手ぶらで荷物を持っていない。

 マコトの所持品も、普段から持ち歩いている剣と肩がけの小さな鞄くらいだ。

 これで、どうやって夜の野宿に備えるのかというニコラの疑問はもっとだ。


「実は、この鞄にはカラクリがあってね。これはいわゆるマジックアイテムの一種で、見た目の通りの小さなポーチじゃない。中身は異空間に繋がっていて、色々保管して置けるんだ」


 マコトはそう言って、鞄から折り畳まれて筒状になったテントを取り出した。

 折り畳まれていると言っても明らかに、鞄よりは大きい。


「わあ……こうしたマジックアイテムは、旅をする方ならみなさん持っているものなのですか?」

「いや、これは特別製なんだ。この世界に二つしかない」

「へえ、そんな貴重な物を! さすがマコト様ですね」


 なぜこの世に二つしかない内の一つをマコトが持っているかといえば、それはマコトが自身で作ったからだ。

 子供の頃から戦場を渡り歩いてきたマコトは、過酷な環境で生き抜くため必要な、あらゆる能力や技術を取り入れてきた。また、それらを素早く吸収し、高次元で実行する才能があった。

 魔道具の作成技術も、その一つだ。

 マコトは戦いの際、武器を選ばず、戦法も選ばない。状況や相手に応じて戦い方を変えるスタイルを取る。

 マコトは戦い方の引き出しが多く、魔道具作成はその引き出しを増やすために便利なのだ。

 起爆札や閃光玉なども、マコトが自作した。魔道具は作成時に多大な魔力を込める必要があるが、一度作ってしまえば、魔力を行使せずとも誰にでも扱うことができる点が魔法と異なる点だ。

 一通りの武器を扱え、超人的な身体能力を持つ覚醒者で、魔法の扱いにも長けていたかつてのマコトにとって、魔道具は使用機会の少ない無用の長物だったが、自分にとって最大の武器が魔力であると理解していたからこそ、マコトはそれを封じられた状況のことを考えて対策していた。

 結果的にその対策が、魔力を失った今の状況に生きているというわけだ。



 一通り夜営の準備を整えた後、マコトとニコラは焚き火を囲んで座っていた。

 焚き火の上には鍋が吊るされており、マコトの鞄と現地で調達した食材を使い、ニコラがシチューを調理中だ。

 ここ一日はずっと馬に乗っていて、食事は保存用の乾いたパンだけだったので、久々のまともな食事だ。

 あまりのんびり休息していると追っ手に捕捉される可能性はゼロではないが、今のところその気配はなかった。マコトが逃亡したことなど重きを置かれていないか、フォルランたちの件は正当な命のやり取りだと判断されたのか。


(まあ、追っ手のことを考えすぎてもしょうがないな)


 マコトは現在地を把握するため地図を広げながら、ニコラの方をちらりと見る。

 ニコラは野外での調理にもかかわらず、難なくこなしていた。

 元々、厨房のメイドだったのである程度料理はできるのだろうが、マコトにとっては意外だった。


「慣れているんだな。ハイランドの城と夜営では、調理設備の勝手が違うはずだけど」

「そ、そうでしょうか? まあ、私は城でメイドをする前は、外のような場所で料理をしたりもしていましたから、その経験かと思います」


 マコトの何気ない疑問を、褒められていると受け取ったニコラは、照れた様子で答える。


「そ、それより……とりあえず国境を出てハルトフォードから離れるという話でしたが、その後はどうするんでしょう?」

「とにかく、まずはリリィと合流する」

「なるほど。リリィ様がどこにいるかはご存知なんですか?」

「場所が分からないのが問題だな」


 第一目標である国境までは到達しつつあるが、問題はこの先だ。


「それは、困りましたね」


 ニコラはシチューの鍋をかき混ぜながら、悩ましげに呟く。


「けど、手がかりがないわけじゃない」

「そうなのですか?」

「リリィは勇者だけど、ハルトフォードに属する軍人でもあるからな。リリィの受け持つ任務には二つの軸がある。一つは、勇者として魔軍と戦うこと。だけど、魔軍なら手当たり次第狩っていくわけじゃない。ハルトフォードにとって利益のある戦場に優先して派遣される」

「それがもう一つの軸……ということですか。でも、何故そうした軸でリリィ様に任務が割り振られると分かるんですか?」

「僕が勇者だったときに同じような行動をしていたから、経験則だ」

 

 マコトの説明に、ニコラは「ああ」と納得した声をあげた。


「では、その二つの条件に当てはまる場所に行けばリリィ様と会えるということですか」

「そういうことになるな」

「やはりマコト様は、リリィ様の行き先に見当がついているのですか?」

「ああ、恐らくーー」


 言いかけたところで、マコトは口を噤んだ。

 素早い手付きで、焚き火を消す。


「マコト様、いきなり何を?」

「静かに、何か近づいてくる」

 

 きょとんとした顔で疑問を口にするニコラを、マコトは小声で制する。

 ニコラは口を手で押さえてうんうんとうなずいた。

 マコトとニコラは街道沿いが見える草陰に隠れ、様子を窺う。追っ手が来たかと身構えていたが、どうも様子が違う。

 街道の国境方面からやってきたのは、質素な外見に見せているが頑強な作りをした一台の馬車。

 馬車を追いかける、魔軍の兵士が三名。兵士はいずれもオークで、槍を持って醜い犬型の魔物であるワーグに乗っている。

 マコトたちの視界ではっきりとその姿が捉えられるようになった頃には、魔軍の兵たちが馬車に追いついて並走しようとしているところだった。


(こんな場所に、馬車と魔軍の兵士……?)


 馬車は一見すると装飾が少ない質素な造りで、大した身分の人間が乗っていないように見えるが、材質は高級な木材を使用している。

 つまり、どこぞのお偉いさんが正体を隠して乗っていると想像できるのだが、そんな人物が馬車に護衛もつけず治安の悪い旧街道を走っているのは、違和感があった。


(あるいは、護衛は既にやられたか)


 誰にやられたかといえばもちろん、馬車を追走している魔軍のオークだろうが、この一帯が魔軍の活動領域であるという報告は聞いたことがない。

 しかも、ハルトフォード領とは逆、国境側から馬車はやってきた。

 色々と、訳ありなのは間違いない。


「きゃあああああ!?」


 マコトが考察を張り巡らせていると、悲鳴が聞こえてきた。

 馬がオークの槍に貫かれ、馬車が止まったところだった。

 手綱を握っていた御者の男が、勢いよく地面に放り出される。


「ご無事ですか!?」


 止まった馬車の窓から、金髪の少女が顔を覗かせた。

 御者は仰向けに倒れていたが、地面に激突した痛みに耐えて体を起こそうとしている。


「出てきてはいけません! 馬車の中に……ぐあっ」


 最後まで馬車の中の人物を心配する様子を見せていた御者だったが、槍の餌食となった。

 ワーグに騎乗したオークたちが、馬車を囲む。

 マコトからしてみれば所詮は他人事、見過ごしてもいい。身の安全を考えたら、ここで隠れていた方が確実だ。

 マコトは、正義感で誰でも助けるという人間ではない。理由がなければ動かない人間だ。

 だからマコトが動くということは、理由があるという意味だ。


「君はここにいろ」

「は、はい……!」


 マコトは隣に隠れていたニコラにそう告げると、鞄から巻物を出してその場に広げた。

 次いで短剣を取り出して、馬車の一番近くにいたオークへ投擲する。

 後頭部へ的確に放たれた短剣は、気づかれることなく命中し、オークは倒れた。


「オオゥ!?」


 仲間のオークたちが驚いたような鳴き声を発する中、マコトは二匹目を仕留めるため、剣を抜いて草陰から飛び出す。

 

「ガアアアアァ!!」


 オークの一人が威嚇のような咆哮を発する。

 そのオークが乗ったワーグと、先程の奇襲で主人を失ったもう一頭のワーグが、マコトに向かって突進した。

 人間よりも遥かに素早く、獰猛で力のある突撃。

 まともに食らえばひとたまりもないが、ワーグたちがマコトに到達することはなかった。

 艶めく銀色の毛を持った狼が、マコトの背後から突如として現れると、ワーグたちを蹴散らしたのだ。

 マコトが使役する使い魔、フェンリルだ。

 魔法陣を使えばお互いがどこにいても呼び出すことができる存在で、契約する時には魔力が必要だが、その後は不要なのでマコトにも召喚可能だ。

 魔法陣は巻物にあらかじめ記しておけば、咄嗟の戦闘時でもすぐに呼び出せる。

 ワーグはフェンリルに抵抗しようとするが、魔物としての格はフェンリルが遥かに上だ。フェンリルの牙と爪で、二頭のワーグは切り刻まれた。

 フェンリルの王が人と契約を交わして以来、フェンリルは人間を襲わず、人間もフェンリルを狩らないという盟約があるため、対人戦でフェンリルの力を借りることはできないが、魔軍の兵が相手なら頼もしい使い魔だ。


「グオオおお!」

「オーク程度なら、今の僕でも余裕だな」


 突進するワーグから転げ落ちたオークが槍を持ってマコトに襲いかかるが、力任せで技術のない攻撃など、見切るのは容易だ。

 マコトはオークの槍を躱しながら間合いを詰めて懐に入り込むと、ガラ空きになった胴体を両断した。


「グゥぅ……」


 小隊長と思しき、残った一匹のオークは不利を悟り、騎乗するワーグとともに逃走を図るが、その背中を狙うのはマコトにとって造作もないことだった。

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