第二章 ミュールパント防衛編
第7話 油断してると死んじゃうけど、大丈夫?
旅立ちから一週間後。
リリィと、三人の仲間で構成された勇者一行は、ハルトフォードの北国境にある山岳地帯に赴いていた。
山中にある、要塞のような魔軍の拠点を掃討する任務を果たすためだ。
山岳地帯の中でも特に高い二つの山にそれぞれ築かれた拠点は、片方が攻撃されてももう片方から援軍を出すことで挟撃することが可能な位置関係にあり、厄介な守りを構築している。
そんな要塞を攻略する上で、勇者であり、一行のリーダーでもあるリリィが提案した作戦は至ってシンプルな内容だった。
挟撃されたら面倒なので、二つの拠点を同時に叩く。
常人であれば、それができたら苦労はしないと否定するところだが、「それできる」からこそ、彼女たちはこの任務に就いているのだ。
勇者一行はただでさえ四人しかいない少数精鋭だというのに、そこから更にツーマンセルに別れて行動を開始する。
突然の強襲に、敵拠点は混乱に包まれた。
「よくもまあ、人様の土地にこれだけの拠点を築くよねえ……その辺のお城より大きいんじゃないかな、ここ」
山中に張り巡らされた、薄暗い迷宮のような拠点の奥深くまで突き進みながら、リリィは呟く。
通路の行手に魔軍の兵が立ち塞がろうとするが、高速で駆けながら右手に持つ聖剣で次々と敵を斬り裂いていくリリィの動きを、兵たちは視界に捉えることすらできていない。
風のように何かが駆け抜けたかと思ったら、死体の山が築かれる。
たった一人の少女による一方的な殲滅戦が、要塞内で展開されていた。
「っと……ここかな?」
ひとしきり進撃し続けた末に、リリィは要塞の最下部と思われる場所にある広間へと辿り着いた。
剥き出しになった土肌に松明が掛けられただけの、簡素な構造をしたその空間は、指揮所のような場所なのだろう。
広間の奥、地図や駒が並べられた大机と向き合うようにして、一人の男が佇んでいた。
一見すると人間のようだが、青白い顔の色や鋭い瞳孔は、吸血鬼の特徴だ。
加えて肌をほとんど見せない黒づくめの装束。
周囲には、護衛と思われる魔軍の兵が大勢控えている。
(……事前に聞いてた敵指揮官の特徴と一致。確か、覚醒者殺しとか言われてるんだっけ)
現在、大陸での戦争において重要な戦力とされている一騎当千の覚醒者。
彼らは魔軍との戦いにおいても活躍を見せていたが、この吸血鬼はそんな覚醒者と相性の良い固有魔法を持っている。
既に何人かハルトフォードや他家に所属する覚醒者が殺されていると、リリィは事前情報で聞いていた。この吸血鬼の固有魔法は、覚醒者からの攻撃を全て無効化する、といった性質を持つとのことだ。
「この要塞を散々荒らし回ってくれたようだが……その力は覚醒者であるが故のもの。ここに踏み込んだ時点で、お前の敗北は決まっている」
吸血鬼はリリィを称えるような姿勢を見せつつも、勝ち誇っている。
リリィが覚醒者であると見て、自分の固有魔法で御することのできる相手だと判断したのだろう。
「油断してると死んじゃうけど、大丈夫?」
「試してみるがいい、覚醒者の女よ。お前がいかに驕っていたか、思い知ることになるだろう」
吸血鬼は高らかに笑い、両手を広げる。
好きなだけ攻撃して見ろ、と言いたいのだろう。
覚醒者に対して、自分は無敵であるという絶対的な自信を持っている。
「そっか。じゃあ、さよなら」
リリィはそんな吸血鬼を冷めた目で見てから、聖剣をその場で軽く一振りした。
直後、吸血鬼は何の反応を示す余地もなく、死んだ。吸血鬼の亡骸が、力なくその場に崩れ落ちる。
この結果は、リリィの固有魔法がもたらしたものだ。
では、そもそも固有魔法とは何か。
通常の魔法は、魔力を扱うことのできる者なら、後天的な学習によって習得することができるが、固有魔法は違う。
固有魔法とは、特定の人物に先天的に備わった、その者にのみ扱える魔法だ。
誰にでも固有魔法が発現するわけではなく、特に魔力が多くて魔法の才能に長けた者に、まれに発現することがある。
固有魔法が使えるという時点で希少な才能の持ち主であるため、魔法協会や魔法学校から重宝され、実用的な価値が高い魔法となると、それを活用しているだけで国や名家から一生特別な待遇を受けられる。
固有魔法の内容は人によるが、その人物の性格や特徴を反映した魔法が発現するとされている。
リリィの固有魔法は、『結果の押し付け』。
別の言い方をするなら、因果への干渉とか、事象の書き換えとか。
リリィの固有魔法は他者の固有魔法と比べても一線を画すレベルで強力で、「神の領域に片足を突っ込んでいる」と評されることもある。
全ての法則や相性を無視し、その上から結果を押し付けることができるため、『覚醒者殺し』の固有魔法も、リリィの前では無意味だ。
今回は、相手の吸血鬼が死ぬという結果を押し付け、戦うことなく仕留めた。
これができるからこそ、リリィはこの要塞を攻略する任務を任されたのだ。
「我ながら、とんでもないチート技だよねえ」
『結果の押し付け』という固有魔法は、戦闘以外にも幅広く応用することが可能だ。
これを使えばそれこそ、マコトを自分に惚れさせるとか、欲情させるとか、そんなこともできてしまう。
(まあ、そんなことはしないけどね。そもそもマコトくんは最初からわたしのことが好きで、多分そういう目でも見ている気がするし)
大体、結果を押し付けるといっても、他人の心を完全に支配し続けることができたり、何でも思い通りにできるほど、便利な魔法ではない。
様々な制約や、使用制限が存在する。
なので。
「君たちは、力業で十分かな」
吸血鬼の周りを固めていた兵たちが、逃げたり攻撃を仕掛けたり呆然と立ち尽くしたりする中、リリィは超高速の移動をしながらの斬撃により、全ての敵をまとめて斬り捨てた。
世界最強であるリリィにとって、普通の敵には普通に戦った方が、手っ取り早い。
〇
リリィが要塞の敵を殲滅し終え、広間で一息ついていると、同じ要塞の攻略を担当していた仲間が追いついてきた。
ローブと長帽子を被った、いかにもな格好をした魔法使いの女の子で、真っ白の肌と尖った耳が特徴のエルフ。リリィと同じ17歳の、ノノ・ノイエンタールだ。
「私は覚醒者じゃないから足の早さについていけないというのに……置いていくなんてひどいですよ、リリィさん」
「あはは、ごめんねノノちゃん」
「そもそも私は接近戦じゃなくて、外から拠点ごと魔法でドカン、みたいなのが役割なのに……」
「でもそれじゃあ、標的の覚醒者殺しを仕留められたか分からないし、次に備えて聖剣の試し斬りをしたかったから」
今回の任務は敵拠点の殲滅も目的だが、ハルトフォードにとって邪魔な「覚醒者殺し」の確実な始末という側面もあった。だから仲間のうち、覚醒者ではないノノを連れてきたのだ。
「これで試し斬り……ですか」
魔軍の兵の死体の山を見てから、ノノは呆れたような眼差しをリリィに向ける。
「うん、こんなの準備運動みたいなものだから、余裕余裕。なんだったら、今からもう一方も叩けるよ?」
「はあ、そうですか……けれどあっちはあっちで二人とも覚醒者ですし。もう片付いているんじゃないですか?」
「ま、そうだね。とりあえず、合流しようか」
リリィは聖剣を鞘に収めると、ぐいっとその場で大きく伸びをした。
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