元勇者、救世を諦める〜魔王の正体が最愛の幼馴染だと知ったので、世界を相手に無双することにした〜

りんどー

第一部

第一章 勇者失格編

第1話 一年前、魔王城にて

「やっとここまで来たな」

 

 草木の一つも見当たらない岩山を丸ごとくり抜いて造られた、巨大な要塞のような城。

 マコト・ハルトフォードは魔王城の門前に立っていた。

 この大陸では標準的な白い肌。背丈はやや低いが鍛え抜かれており、筋肉質な肢体。冒険者風の身軽な服装。鎧などはつけず、防具は最低限。剣は二本帯剣している。

 黒い髪と瞳は珍しいが、それ以外は普通の少年と変わらない十七歳の彼が何故、魔王城などという大陸で最も危険な場所にいるのか。

 それは、マコトが勇者だからだ。

 この大陸には人間の他にも、様々な種族が存在している。

 その中でも、魔族と称される大陸北部に暮らす種族の頂点に立つのが、魔王だ。

 魔王は千年に渡って大陸に君臨し続ける唯一無二の存在で、人類圏への侵攻を繰り返し、大陸を恐怖に陥れてきた。最終的には人類によって討ち果たされてきたが、その度に復活を遂げている。

 そんな魔王を討ち果たし、魔軍を退けてきた存在こそが、勇者だ。

 勇者は神によって選ばれるとされており、ある日突然力が発現する。選ばれる条件は定かではないが、その時代で最も深く人を愛する者が勇者となる、というのが定説とされる。

 一騎当千の人類最終兵器。人を愛し神に愛されし者。勇者とは、そういう存在だ。

 帝暦721年。魔王は4度目の復活を遂げ、過去の歴史と同様、魔軍による大規模な侵攻を開始した。

 当代の勇者であるマコトは、勇者であることを除いても、世界最強の戦力と称されており、実際ここに至るまでに、魔軍に壊滅的な打撃を与えてきた。

 残るは本拠である魔王城と、魔王のみだ。

 ……さっさと魔王を倒して、ハイランドに帰りたい。


「さっさと魔王を倒して、ハイランドに帰りたいって顔してるわね」


 横から、騎士の甲冑を身に纏った金髪の女性が話しかけてきた。

 魔王討伐の仲間の一人、プリシラだ。


「ハイランドに帰りたいというよりは、リリィちゃんに会いたいといった方が正しいかしら?」

「からかうなよ」

「でも、否定はしないのね」

「……まあな」


 マコトがここまで戦ってきたのは、幼馴染の女の子、リリィのためだ。

 彼女の隣にいられる場所を守るために、死力を尽くしてきた。


「あーあ、私、マコトのこと狙ってたのになー。旅の間はリリィちゃんがいないからチャンスって思ってたけど、やっぱり二人の愛は固かったかあ」

 

 プリシラはマコトの親戚に当たる女性で、年齢としては一つ上だ。

 昔からマコトやリリィとは昔から付き合いがあり、面倒見のいいお姉さん的な認識をしていた。


「それはなんというか、すまない」

「いや、謝られると余計変な気分になるじゃない。マコトが昔からリリィちゃん一筋なのは知ってたし、叶わぬ恋だとは思ってたから。むしろ決戦前にスッキリできて良かったわ」


 実際、プリシラはせいせいとした表情を浮かべている。

 ……こういう時、どういう言葉をかけたらいいんだろう。


「おい、二人とも。魔王城の前まで来てるんだ。駄弁ってる場合じゃねえだろう」

「そうですよ、ちゃんと気を引き締めていかないと」


 そうやって釘を指してきたのは旅の仲間であるグンドルフとエルフリーデだ。

 グンドルフは世界を股にかける歴戦の傭兵で、齢にして三十半ばの男性だ。スキンヘッドに筋骨隆々とした威圧感のある風貌をした彼は、年長者として、旅を支えてきた。

 エルフリーデは教会から派遣された治癒魔法のスペシャリストで、マコトと同い年の少女だ。華奢な体にシスター服を纏っており、聖女などと呼ばれている。


「そうね。この幼馴染大好き男のことは置いといて、こっちの年の差カップルの恋路を見守ろうかしら」

「なあっ……!?」


 プリシラの矛先が、二人に向かった。

 グンドルフとエルフリーデは、傭兵と聖女で歳も離れており、旅の初めは対立することも多かったのだが、戦いの中で絆が生まれたようで、今では恋仲にあった。


「やっぱり、この戦いが終わったら、二人は結婚するつもりなの?」


 その問いに対して、グンドルフから上擦った咳払いが聞こえてきた。

 どうやら図星だったらしいが、まだお互いの意思をはっきり確かめたという段階でもないようだ。


「……お前、いい加減にしておけよ。俺たちは今から魔王と戦うんだぞ」


 静かな一喝。

 怒気を感じさせるグンドルフの声で、話は打ち切られた。

 プリシラは「ハイハイ」と言ってへらへら笑っていたので、特に反省している様子はなさそうだが。

 ともあれマコトたち勇者一行は、最終決戦前とは思えない和やかな空気の中、魔王城へ乗り込んでいった。



 魔王城に乗り込んで、そこを守護する魔軍の連中を制圧したまでは良かったが、肝心の魔王が見当たらなかった。

 自分たちと魔軍の亡骸だけとなった城内を探索した末に、マコトたちは隠し通路を発見し、一つの場所に辿り着いた。

 地下にある、聖堂のような大きな空間だ。

 石のような白亜の素材でできた堂内は、壁や床などに一切のつなぎ目が無く、この世の物とは思えない造りをしている。

 その奥、窓の一つもない地下でありながら光が降り注ぐ一角に、棺のような形状をした石碑があった。


「何か、書いてあるな……」


 石板には、人が刻んだとは思えない無機質な文字が書き連ねられていたが、内容はマコトにも理解できる言語だった。

 冒頭に記されていたのは。


「魔王の、転生の仕組み……?」


 何か、核心に迫ることが書いてあると、予感した。


 石碑いわく、魔王は不老長寿ではあるが、不死ではない。

 しかし、前世の記憶や能力を受け継いだまま、何度でも転生を遂げることができる。

 一度死ぬと数十年後に、宿主である赤子の中に、魂だけが憑依する形で生まれ変わる。

 初めの内は魔王の魂が人格として表に出てくることは稀だが、年齢を重ねるにつれて憑依した肉体に及ぼす影響力が強くなっていく。

 次第に魔王の人格が表に出てくる機会が増えていき、最終的には宿主の人格は消滅し、魔王が肉体を掌握することで、完全な転生を果たす。

 一度完全な転生を果たせば魔王は最強の魔族として存分に力を振るうことができるが、それまでは未熟な状態。

 そのため魔王にとって、人格がまだ表に出ることの少ない完全復活前の状態は弱点で、その間に肉体が死に至れば、また魔王は転生まで数十年の時を要することになる。

 

 その後も、転生の詳細について細かな情報が記されていたが、主旨としては、「魔王様はこういう仕組みで転生をしており、完全復活前は隙があるので、この石碑を見た忠実な配下は主人を守り抜け」といった、魔軍の中でもごく一部の重臣に向けた機密情報のようだ。


 さて、守り抜くとなれば、当然どこの誰を守るべきなのか、という情報も必要になる。

 故に石碑の最後には、歴代の魔王の憑依先である人物の名簿が記されていた。

 亜人や魔族、異国の人間などの名前や身体的特徴が羅列された最後に、マコトのよく知る人物の名前があった。

 魔王の現在の憑依先の名前だ。

 リリィ・シトロエン。


 マコトが何よりも大切に想う幼馴染の名前が、そこにあった。


「この名前って……まさかとは思うが、やっぱそうだよな」

「……名前以外も、リリィちゃんの特徴と一致するわね」

「そんな、よりによって何故……!」

 

 仲間たちもその事実に気付き、困惑している。

 

(リリィの中に、魔王がいる……?)


 自分が倒すべき敵は、最も近い場所にいた。

 普通なら混乱して理解が追い付かなくなってもおかしくないこの状況で、マコトの脳内は不思議と冴え渡っていた。

 ……決断の時が迫っている。

 それはここに至るまで、数多の修羅場を潜り抜けてきた仲間たちもまた、同じ考えだった。


「さて、俺たちはどうするべきだろうな」


 グンドルフが、やけに冷静な声で、そう切り出した。

 仲間に問いを投げかけるようで、既に結論が出ているような、そんな声。


「やはり、まずはハイランドに帰還すべきではないでしょうか。ここに魔王がいない、ということが分かったわけですし」

「リリィちゃんがいるのもハイランドだから、それはもっともね。ハルトフォードの当主様や重臣たちに報告して、処遇を仰ぐのが妥当かしら」

「そうですね。もしかしたら突拍子のない話だと思われる可能性はありますが……その際は、ここまで来て頂くしかないでしょう」

「確かに、魔軍を殆ど倒した今なら、ハルトフォードの遠征軍がたどり着くことも可能ね」


 エルフリーデとプリシラが、意見を交わす。

 だが話すのは目先のことばかりで、最終的な結論を口にしようとはしなかった。

 選択の余地はないと、理解していたからだろう。


「細かい過程はこの際、置いておこう」


 グンドルフが二人の会話に口を出して、続けた。


「結局のところ大陸を救うためには、リリィ・シトロエンを殺すしかないってことだ」


 大陸の人類全てと、たった一人の少女。

 救世のために死力を尽くしてきた彼らだからこそ、その意思は堅く、どちらを切り捨てるかは明白だった。

 そしてまた、たった一人の少女のために死力を尽くしてきたマコトの決意もまた、明白だった。

 お互いの天秤が、逆側に傾く。

 その時に訪れるのは、決定的な破局だ。


 リリィを守るためには、魔王の正体を誰にも知られてはいけない。

 ……そのためにはまず、この秘密を知ってしまった人物の口を、封じる必要がある。


 勇者マコト・ハルトフォードはこの日、共に戦った仲間たちの亡骸の前で。

 たった一人の幼馴染、リリィ・シトロエンのため、世界の全てを敵にする覚悟を決めた。



 それから数刻。

 マコトは敵を殺して回る旅をした末に行き着いた場所で仲間を殺し、一人その場で立ち尽くしていた。

 肌に付いた返り血は、既に乾いている。

 そのことに対し何の感慨も、一滴の涙も湧いてこない。


 天から、マコトの頭上に光の柱が降り注いだ。

 この大陸に生きる人間なら、見たことはないが誰でも知っている現象。

 神罰だ。

 基本的に神が人の世に介入することはないため、歴史上でも数回しか起きたことがないとされるそれが今、マコトの身に降りかかっていた。

 神から祝福を受けた勇者でありながら、その使命に背いて魔王に味方するような行動を取ったからだろう。

 降り注ぐ光が消えた後、マコトは自身の体内に満ちていた魔力がなくなっているのを感じた。

 また、勇者としての力が消え失せていたのも。

 使命を果たせないから勇者失格、ということらしい。


(どうでもいいか、そんなこと)


 ……今はただ、リリィのいる場所に帰りたい。

 どこか虚しい安堵感に包まれながら、マコトはそう思った。

 


 この時のマコトはまだ、知る由もない。

 勇者の力は、その時代で最も強い力と愛を持つ者に受け継がれるということを。

 そして、マコトに匹敵する力と愛を持つ存在なんて、今の時代に一人しかいないことを。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇



あとがき


どうもりんどーです。

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