ムテキノ!イマジナリーフレンズ
koro
隷属
世は正にバブル経済成長期真っ只中、日々異様な程に
しかしながら、光あれば影ありと云う通りに、世の中の浮かれた雰囲気とは正反対に、何処までも重く鉛の様に鈍い側面も存在していた。かつて世間を賑わせた正日本プロレスより、別の意味で世間を賑せる事件を起こし分裂した団体、シン日本プロレスのある控室の一部屋は、異様な程まで暗い雰囲気に呑まれて
代表取締役でありながら現役のレスラーでもある、フセイン
そんな暴行現場に一人、ソファーに身を委ねまるで他人事の様に冷たい目で成り行きを眺めるスーツ姿の男が居た。ブランドのブラックスーツに身を包み、高級な腕時計を巻く腕で、その雰囲気には不釣り合いな市販の銘柄の煙草を味わいながら、鳴りやまぬ肉を蹴る鈍い音や、ぐっ、と漏れるくぐもった悲鳴を楽しんでいた。相良に暴行する男達はそんな男の様子を
「相良さん、ホント
相良を蹴る男達の息が上がりだした頃合いで、
「借りた金は返さんとな、アカンやろ。」
相良は幾つもの貸金業者から借金をしていた、少し前にボクシングのレジェンド選手を多額のファイトマネーを積上げ、
プロレスこそが最強と
しかし、どんなに高い志があり、どんなに崇高な理想があろうとも、金の前には何の意味も持たなかった。
また、個人的な事業がどうにも良くない。ホンのちょっとシン日本プロレスとして借入れたお金をそっちに流用してしまったが、それでも良くない。安く買い叩いたブラジルの農場で行っている事業が、ウンともスンとも云わない。本当はもう返済している予定だったのだ。個人的な事業の売り上げを、シン日本プロレスに返す
「た、頼む、この興行が終わるまで待ってくれ、ここの売り上げだけじゃあなく、別でオレが
相良は弱々しくそう
だから、格闘技の道場や興行を優先に融資していた。キチンと返済できればよし、出来なければ額に応じて代償を受け取る。例えば貴重な試合でのVIP席の譲渡、例えばプライベートでの組の若い者達への指導、例えば秘密裏に行われる賭け試合への出場、例えば個人的なリングでの個人的な試合への出場、等々だ。
「そうは言ってもなア、何故払えないのか不思議っちゅうか、不自然っちゅうか、アンタの周り、結構金回りが良えじゃあないか。テレビの仕事も、さぞ金払いは良えやろうに。しかし、マア、マア、そうやな、返せないならしゃーないわな。」
近藤は立ち上がり、蹲る相良の髪を掴み上げ顔を上げさせた。近藤は鋭い目付きで相良の瞳を覗き込んだ。相良はまるでその視線が自分の脳みその奥を覗いているんじゃ無いかと想像した。
それ程までに冷たく、それでいて知性的な観察をする視線だった。
「ウン、分かった。挑戦し続けるアンタに感化されたンかも知れへんな。オレも、ちょっとだけ挑戦してみる事にするわ。オレがアンタに協力したる。その代わりに、アンタはオレに協力するんや。それで、マア、借金の減額は出来へんけども、期限を延ばしたるのと、その間の金利は外したるわ。その結果が
分かるやろ、近藤はそう付け加えると掴んでいた相良の髪を離した。ダン、と相良の頭が重力に引かれ、床のタイルに打ち付けられる。
ぼんやりとした相良は近藤が何を言っているのか一瞬理解できなかった、助かったと思ったと同時に、若しかしてとってもマズい事になったかしらん、と嫌な予感が沸々と腹の中で渦巻くのだった。
その日のO市営体育館は、雨の中でもプロレス観戦に訪れた人々の熱気にアテられ、モワモワと蒸気を発していた。先日の山賊男が試合に乱入するというアングルの失敗の影響か、客席は疎らに空席が見えるのだが。一方で、興行側とすればその失敗を取り返そうと無茶に熱気を煽り、普通であればテレビを入れないような興行なのだが中継を入れ、実況と解説も用意するという熱の入れようだ。
マア、思いの
新人同士の第1試合が
今、青コーナー側の花道を往く、
今年21になる、甘いマスクを持つ美男子であった。
鈴木は高校時代をラグビー部で過ごし、卒業後O市の土木会社へ就職した。勉強は苦手だったが、真面目な性格をした男だった。そして、少し、ホンの少しだけ、人よりも短気だった。
就職して暫く、少しアタマの足りない現場監督と、問題を起こした。ある日監督から、「A社から届いたこの資料、難しくてよく分らん。どういう事か目を通してくれないか。」と頼まれた。鈴木は資料を読み、その内容を説明した。その場で監督は「何だ、そんな事か。」と言い、資料を持ち立ち去った。その資料は返答が必要な資料だったのだが、アタマの足りない監督はその部分をすっかり忘れて
後日監督から「何故、お前がA社に返答しなかったのか。」と詰問を受けた鈴木は、納得がまるでいかなかった。ぐちぐちと垂れ流される説教をじっと聞き流していたのだが、段々と頭に血が昇り、気が付けば
幸いな事に大事にはされなかったが、鈴木は1年近く勤続した職場に、その不幸な事故の翌日から出勤しなかった。18歳も半ばの頃だった。
そして、19歳の春頃、偶然拾って読んでいたプロレス雑誌に広告が掲載されていた、それはシン日本プロレスの練習生募集の広告だった。再就職に難儀していた鈴木は、体を動かす仕事なら、オレにも
あっさりと書類審査を通過し、体力テストを受け、練習生として入門し、日々トレーニングに励んだ。稽古をするだけで僅かばかりだが給金が出る事に、感動したのだった。
そんな日々が1年経ち、とうとうヤングタイガー(デビュー間も無い新人レスラーの事)としてリングに立てるように
今から、あの水銀灯の照明が照らすリングへ上るのだ。2度目ではあるが、心臓を締め上げる様な緊張が、肉体を縛り付けている。気合を入れていないと、足が止まって
これから戦う
デビュー当日の試合は、別の同窓生であるリック
最後は、オレの身体能力を見せたかったから、台本を考えるレフェリーの
だが今日は、オレが負けて
鈴木は遂にリングのロープを潜った。中継が入るからか、余計に増やされた照明に肌を痛い程にも照らされた。先日とは
写真?
誰を?
オレをか?
戸惑いと同時に、より一層の緊張が走った。体中の筋肉が縮み上がり、カチコチに固まって
小綺麗な顔をしたリングアナが、いよいよ対戦相手である佐々木の名を告げた。気持ちを切り替えねばならぬ、と鈴木は両頬を張った。鋭く走る痛みが、浮ついた意識をシャキと
ふと気が付くと、場内がざわめいていた。派手な入場曲も始まらない。リングアナが佐々木の名を何度も呼びかけている。トラブル発生だ。ふとレフェリーを務める山本に目を向けるが、薄暗い視界に置いても、何となく雰囲気が、
観客のざわめきがどよめきに変わる頃、
社長が出るのか?
何で?
佐々木はどうした?
オレは此処に居て良いのか?
山本に指示を求める視線を向けるが、山本も困惑の表情で花道の先を見つめていた。
トランペットの勢い
ガタガタと気配がする方角へ目を向ければ、いつの間にか機材を揃えた中継機材や実況解説席に人が集まってきていた。一人の練習生が実況のアナウンサーや解説と何かやりとりをしている。なあ、頼むから誰かオレにも情報を
赤コーナーの花道に視線を戻すと、フセイン相良の後ろに、数人の男達が付いて来ている事に気が付いた。
更に最悪な事に、そのヤクザ者達の内、一人に見覚えがあった。鈴木は
返済が出来ずにいると、家の電話が全自動恐喝音声再生機に変わって
相良の後ろを3人の男が歩いていたが、その内の一人がその部屋の前に立って居た男に相違なかった。何故そいつが、
相良がリングに上がると、後ろを付いて来ていた3人の内、2人が一緒にリングへ上がってきた。一人はリング下で帰りの花道を
「オイ、お前らシン日本、お前らの
ドスの利いた、関西弁だった。ヤクザ映画か新喜劇を見ている気分だった。と、言うよりこのヤクザ、マイクパフォーマンスなんて出来るのか。鈴木は大いに驚いた。まるでタレントが演じるヤクザではないか、これは。
「それに、格闘技界最強だとか、ナンとか
意味が分からないを通り越し、
そうだ、プロレスの面白さは、真に最強だとかを競うものではない、どれだけストーリーを演出できるのか、どれだけ派手に盛り上げられるのかを演じる、
そんな競技なのだと
「そんなに強い奴と対戦したいなら、させたるわ。アホみたいなファイトマネーも掛からへん。ワシからのビッグボーナスや。コイツの名は
鈴木は
鈴木は勉強は
「オイ、鈴木。オマエもウチから借金しとるやろ。
痛い所を突く、というより、こんな公衆の面前で、なんて事を言うのだ。
まるで観客に、オレの
「ビッグボーナス言うたやろ、この挑戦受けるなら、借金の減額はせーへんけれども、半年間待ったるわ。その間の利子も止めたる。どうや、お前等、受けてみーへんかい。」
シン日本プロレスにとっても、相良にとっても、鈴木にとっても、この条件は渡りに船だった。プロレスは最強だ、だとか。プロレスは演奏だ、だとか。崇高な想いを持つ二人だったが、本性は借金という首輪に繋がれた
「よっしゃ、スペシャルマッチ成立や。ほな、社長サン。奥で契約詰めようか。」
近藤がマイクを意味無くリングに叩きつけ、
リングアナがマイクを拾い上げ、マッスル鈴木のプロフィールを読み上げた。テレビで聞くような、綺麗な声だった。山本がボディチェックに近づいてきた。
「盛り上げろ、との事だ。社長からだ。」
山本がボソリ、と鈴木の手元をチェックしながら呟いた。それを聞いて鈴木は、はっとした。
「勝つンですか、負けるンですか?」
ゴールだけは明確にしておかねば
「さあな、ただオレ個人としては、そうだな、オマエに勝って欲しいとは、願っているがな。」
赤コーナーの小宇佐のボディチェックが行われている中、解説席から声が聞こえてきた。この試合は、中継されるのか。さっきのヤクザのマイクパフォーマンスは、
「空手の競技者というものはですね、もし本当ならですけど、
解説席に座っているのは、組織の幹部であり、プロレスのずっと先輩でもある、
アナウンサーがデーモン小宇佐とコールし後、リングを降りて行った。もう始まる、この狂気の演目を熟さなければならない。焦りがあった。恐怖があった。だがそれ以上に、鈴木の持ち前の真面目さが、観客にプロレスを見せて
カーン、とゴングの音が聞こえた。小宇佐が迷いなくコーナーを離れ、真っ直ぐに鈴木へ向かってきた。重心を落とし、凶器と云われた拳を構えている、
小宇佐の
鈴木は内心舌打ちした。コイツはマジで殴り掛かって来やがった。ホンキでオレを殴り倒す
フセイン相良は、箒が相手であってもプロレスを
さあ、これは大変な現場だ。無能であれば良かったのだが、この設計図の無い現場に、人に反抗する思想を持つ、異物が紛れ込んで来たのだ。主要な役割を持つが、現場に反抗的な人物が配置されていたのだ。
鈴木の肌に、冷たい粘液の様な汗が噴き出した。
山本は今の一撃目で、相良が
多くの
これは、無理だ、とても。
恐ろしく
競技で表現したい
小宇佐の表現しているものは、一撃必殺だ。
拳で硬い物を破砕し、
プロレスとは、まるで異質なものなのだ。
また、鈴木が格闘技経験者では無い事も、今の攻防で
そう
書類審査の写真を見て、プロレス映えしそうな肉体だなと皆で盛り上がっていた気がする。
オレが試合をちゃんと止めて
一方、小宇佐は先程の突きが、防がれてしまった事に驚いていた。肋骨を圧し折って、血反吐を吐かせてやる
小宇佐は腰を落とした姿勢を取っていたが、少し距離を取ると背を伸ばした。拳を胸の前に構え、左右に重心を揺らし、足と拳を左右前後入れ替え続け、何が
観客達の息を呑む音が、聞こえて来るかの様だった。鈴木は、このローキックに合わせて繰出されて来るであろう反撃を、元々受ける
観客は格闘技の試合を見に来たのでは無く、プロレスを期待して来ているのだ。要らぬ攻撃を受けて
派手に転倒する
槍や刀の様な鋭さだった。それが鞭の様な
オレの意識はまだハッキリとしている。今にもゲロを吐きそうな不快感だが、身体の操作はちゃんと出来ている。鈴木は蹴りを貰うと同時に派手に吹っ飛び、そのままリング下まで転げ落ちて見せた。リングの下で寝転がり、先程のダメージを回復させるべく、大きく深呼吸を繰り返した。一つ、二つ、三つ。不快感を
一撃必殺の
そう
小宇佐は、グラグラと腸が煮え返る思いになった。フセイン相良を
自分の様に、あの異様な部位鍛錬なんぞしていない筋肉に、闘争は不可能だと思っていた。生温いトレーニングの産物だと馬鹿にしていた。体力尽きるまで蹴り込む必要なんて無いと思っていたのだが、結局最後まで蹴り続ける事になったのだ。
エプロンに這い上り、ロープに手を掛けた鈴木に対し、ロープとロープの隙間を狙い、今度は後ろ回し蹴りを
激しい怒りが、小宇佐を支配した。一流の空手家が受けても、骨折や内臓への損傷が逃れられ無い、タイミングと威力だった筈だ。
のた打ち回る何て余裕がある筈が無いのだ、この打撃を受けて。
またしても、何か
オレの知らない、打撃を和らげる何かを遣っているに
――蹴り込んだ衝撃が、軽く感じられた。
ワザと受けているとでも
一つでも貰うと、再起出来なくなる打撃を。
オレの打撃なら、耐えられるとでも
幾人もの先生を気取ったクズを、
リング下で四つん這いに体を起こした鈴木は、止まらない汗と涙に顔をぐしゃぐしゃにしていた。胸に鈍痛があった。折れたのだ、今の一撃で。畜生と一言吐き出し、苦痛を
先ほどリング下に降りて来ない小宇佐を見て、悩んだのだ。リングへ大人しく戻しては
また派手に飛んで、リング下に回避するしか無いと踏んでいた。だが、代償が大きかった。
次の展開はどうする。山本のゆっくりとしたカウントが耳に入ってきた。くそう、そろそろ上がらなければならない。
3発貰って
小宇佐は、リングに
その瞬間、自分の体が浮き上がっている事に気が付いた。視界の上に、リングが見えた。
――
小宇佐はプロレスを知らなかったのか。ロープ越しでの揉み合いなど、場外ブレーンバスターを
近藤は、まるで他人事の様にそう思った。
鈴木は又しても、リング下で仰向けに倒れていた。止まらない鼻血が、口の中に溜まって
見ると小宇佐もゆっくりと起き上がろうと
遠くから大勢の人々の歓声が聞えて来た。寝ていたのか、意識が曖昧だ。気が付けば何処かの体育館の天井か、眩い照明が眼球を照らした。
小宇佐は一瞬、
試合だ。オレはプロレスラーに投げられて
脊椎損傷。
小宇佐は脳裏に、そんな言葉が過った。必死の思いで身体を何とか四つん這いに起こし、顔を上げると、
鈴木は身体を起き上がらせようと、ジタジタ
鈴木は
何だコイツ、意外と素直に起きるンだな。
立ち上がると同時に小宇佐の腕を引っ張り、思いっ切りコーナーサイドの鉄柱に頭を打ち付けて
場外のカウントが20に迫りつつあったので、慌ててぐったりとしている小宇佐をリング上に放り投げた。
小宇佐はリングの上に戻され、大きな深呼吸を繰り返していた。腕を引っ張られた瞬間、背から首に掛けて再度鋭い痛みが走り、体が硬直してしまった。勢い付いて投げられた身体が制御出来ずに、鉄柱に額から顔面へ打ち付けられて
深呼吸を繰り返す。一つ、二つ、ジンジンと響く痛みに熱を感じる。三つ、四つ。鼓動に合わせて全身が痛む。五つ、六つ。体に力を入れると痺れと痛みが走る。七つ、八つ。
身体を
鈴木がリングの中へ戻ると、小宇佐も身体を起こした所であった。腰を落とし、拳を顔面の前に構えている姿が目に入った。最初見せた、左右前後に揺れる動きは無かった。
殴り合いが望みか。
鈴木は察すると、少し前屈みになり、右手を首にあて真っ直ぐに小宇佐に向けて伸ばした。そして左手は顔の側面を守る様に構えた。奇妙な構えだった。
鈴木が咄嗟に考えた構えだった。伸ばした右腕が、相手との距離を常に計測していた。小宇佐の腕の長さは、鈴木よりホンの2㎝程長いと分析していた。この腕の先2㎝に相手がいたら、射程距離なのだ。
もし蹴りが飛んで来たら、丸めた上半身で腕を畳むと、正中線上の攻撃を素早く防ぐ。そして構えた両腕が頭部の側面を防ぐのだ。
プロレスラーの稽古を始めて、拳で殴り合う事なんて一度も無かった。そもそも反則なのだ、拳で殴る行為は。余りにも危険だから。
二人の距離が少しずつ縮まる。お互い摺り足気味に、ゆっくりと距離を測っていた。観客は初めて見る事になるであろう、素手での殴り合いに期待し、興奮していた。鈴木は、この期待には応えてや
湧き上がる観客の歓びを、五体で感じていた。
その歓びこそ、鈴木の悦びに
プロレスラーのオレが殴り合いをするのか。
オレに殴り合いでなら勝てると言いたいのか。
しっ、という声と共に小宇佐の右フックが飛んできた、頭部をカバーしている左腕が被弾した。ジンワリと、防御の上であっても鈍い痛みが残った。
右を打つと同時に左側面に回り込まれていた。脇腹を打たれては敵わぬと、正面に小宇佐を捉えた。それと同時に次は左のストレートが顔面に向かって飛んできた。
ホントに、早いな。
打たれた痛みはあるが、操作に問題は無い、ギリギリで左の
反撃に、伸ばした右腕で軽く顔面を打って
すると、すっと上体を反らし、射程外に逃げられた。
しかし、攻撃を避けた筈の小宇佐は苦悶の表情を浮かべていた。
反射的に上体を反らした小宇佐は、電撃の様に走る腰の痛みと痺れに顔を
わざわざ正中線を相手に向ける様な、格闘音痴とも云える様な相手に追い詰められている。その事実に、
糞、こんな奴に。
右半身を前に出し、突きを繰り出して遣ったら左腕のガードに突き刺さった。
ドン臭い奴だ。
身体を水平に移動させ、ステップと同時に左半身を相手に向け同じ場所を突いてやった。すっトロい拳が繰り出されて来たが、半身と軸足を入れ替える事で回避した。
バカが、棒立ちで繰り出す拳なんぞに、当たる訳が無いだろう。
ガードの上だろうと、何度も打ちのめして
どうした、効いているのか。
足元がフラフラしているじゃあないか。
視線も遠くなっているぞ。
反撃に勢いが無いな。
ホレ、また顔面がガラ空きだ。
なんだ、見当違いの方角に構えているぞ。
ホントに、オレの姿が見えているのか。
小宇佐の右ストレートが顔面に突き刺さり、鈴木の重心が揺らいだ。
その時、遂に鈴木のガードがダラリと下がって
両腕で死守していた側頭部が露出した。
観客が悲鳴にも似た歓声を上げている。
実況席ではアナウンサーが鈴木のピンチを懸命に訴えている。
斎藤が解説席から人目も
思った以上に、体力の消耗が激しい。
汗を吸い込んだシャツが重しに
酸素が足りない。
せめてネクタイだけでも外して
脊椎を庇って余計な体力を消耗している。
早く
ここ等で、止めを
鈴木の
そこで
バカが。
その瞬間に小宇佐の爪先が、再度鈴木の
まるで水風船を蹴り飛ばしたかの様な、感触だった。
鈴木は吹っ飛ばず、
同時に客席や解説席から、悲鳴の様な歓声が沸き上がった。
ほぼ一方的に打ち続けていた小宇佐は天井の照明を見上げ、吹き出し続ける汗が目に入らぬ様に努めていた。最早、顔を拭う体力さえ無いのだ。呼吸が荒かった、満足に酸素が取り込めていない。
そんな中、無理して蹴りを繰り出したのだ。姿勢も無理があった、腰や背が悲鳴を上げている。人目が無ければ、
山本ののんびりとしたダウンカウントが8を刻んだ。通常プロレスの試合で、ダウンカウントを取る事は無いのだが、山本が鈴木の為に機転を
カウントを取れば、この状態の鈴木への追撃を防ぐ事が
小宇佐は、この僅か2-3分の間で、プロレスラーのタフさを認めていた。
今の自分の拳では、鈴木の頭部を打ち据えても
小宇佐は、この僅か2-3分の間で、プロレスラーの
鈴木は込み上げる
山本サン、そんな
小宇佐、お前の見せ場は、ちゃんと作って
今度はオレの番で良いよな。
思いっ切り蹴り込みやがって。
良いよな、オレも打って。
オマエが
こんな感じで構えていたか。
こう、上半身を傾けて、こうだ。
成程、人体の急所の正中線を隠しているのか。
上半身の傾けて、左右で替えて
はあ、右と左が瞬間的に入れ替わる。
何処に打ち返せば良いか理解からなかったが、こう
そして、軸足の位置を替えて、何時でも前後に上半身の位置が替わる。
成程、成程。
これは射程距離が、
来いよ、ヤクザ。
盛り上がるだろ、こういうのも。
早く構えろ、どうした。
まさか、ホンの5分の殴り合いで、体力が切れたのか。
オレ達レスラーは、30分でも60分でも戦えるぞ。
小宇佐は視界が黒く染まっている中、鈴木の打撃をモロに受け
なかなかどうして、構えが
だけど、まだまだ、拳にスピードが無いな。
ああ、そうか、これフェイントか、で、左右が入れ替わって、ナルホド。
何時もなら防げるンだけどね、今日は無理そうだ。
腕持ち上げようとするとサ、首に電流が走ってね、硬直しちゃうンだよ。
結構利くね、そのパンチ。
脳が揺れたよ、吐き気が凄い。
首も動かしちゃダメなンだって、仰け反っちゃったじゃあないか。
振りかぶって顔面にパンチか、プロレスラーのクセに。
嗚呼、違う、違う、そうじゃあ無い。
そんなに力ンじゃってサ。
筋肉で殴るンじゃあ、無い。
拳は飛ばすンだヨ。
筋肉は拳を投げる工程で、使えば良いンだヨ。
そんなに筋肉を発達させる必要なんて無いンだヨ。
マア、貰っちゃうンだけどね、ガードする気力も体力も無いしサ。
嗚呼、そのハイキックは良いね。
マア、オレ程では無いけれふぉ。
アレ、いまなにシてた??
こいつのなは、まっするしゅずゅき?
へんななまえのやつだ。
しかいがぐにゃぐにゃゆれてじめんがなくなったジョ。
そうそう、ロープにフってね、ぷろれすみたいにれ。
あれおれそういえばきょうわおおさk
鈴木の鮮やかなドロップキックが、小宇佐の顔面に突き刺さった。反動で再びロープへ戻されるが、緩やかな張力に弾かれマットに投げ出された。
サンドバッグと化した小宇佐に、
小宇佐の
小宇佐が不要と断じて捨てていた、大きくそして柔軟な筋肉があったからこそ。鈴木は九死に一生を得たのだった。
山本に拳を上げられ、リングアナにマッスル鈴木の名前が告げられた。観客からはマッスル鈴木の名前が叫ばれ、時折金返せよ、等とヤジも飛び交い、暖かな熱気に祝福された。
一方、相良の控室で、相良は恐る恐る近藤の顔色を
それは、燃える商魂ことフセイン相良の、普段のリング上では考えられない卑屈な態度だった。
金は変えてしまうのだ。人間の本質を。否、暴き出してしまうのだ、人間の本性を。ぶら下げられた金の魅力に、抗う事など出来やしないのだ。特に金銭での窮地に追い込まれた人間にとって。麻薬依存症の廃人に、マリファナをチラつかせる様なモノなのだ。
近藤はそんな相良に目を
尚、乙が甲に望む場合、甲はリングネームマッスル鈴木こと鈴木 龍之介を、止むを得ない場合を除き、何時でも貸し与える事とする。
フセイン相良は、「フーン、マア良っか」と、軽い筆で同意の署名をしたのだった。
オレじゃねーしな。
そういう男だった。
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