31.大教会 ♡ 狂戦士 → ショウタイム!?

「フフ、ハハッ! 魔王よ! どうやらしかるべく〝ひとり〟で来たようだなッ!」

 

 聖教国せいきょうこくが中枢に位置する大教会にて。

 小太りの枢機卿すうききょう・ゴンドレーが魔王に向かって告げた。

 

「その胆力たんりょくだけは認めてやろう」

 

 枢機卿は奇妙な形のヒゲを撫でながら満足そうに頷いた。


「ああ。ひとりでというだったからな」と魔王は淡々と言った。「勇者はどこにいる?」

「フハッ。安心しろ、勇者は無事だ――今のところはな」

 

 枢機卿がまわりに目くばせをすると、聖兵たちが何やら絡繰からくりのようなレバーを動かし始めた。

 ガラガラという発条ぜんまいの音と一緒に、教会の奥の間にかかっていたカーテンが開いていく。


 そこには――

 

「ぬ……シルルカ」

 

 両手を広げ、台にはりつけ拘束こうそくされている勇者の姿があった。


「え? 魔王……?」

 

 魔王の姿に気づいた勇者が顔をあげて声を発した。

 かすれた声で、表情には疲弊ひへいがみえる。


「なっ、なんで来たのよ……⁉ こんなの〝罠〟に決まってるじゃない! あんたを引き離してるあいだに、こいつらは聖女を狙うつもりなの!」

 

 魔王は短く息を吐いて言う。

 

「それならば問題ない。あちらはクウルスに任せてきた。余はただ――貴様を助けにきただけだ」

「……っ!」

  

 そんなことをまっすぐな瞳で言われて、勇者は一瞬どきりとした。


「あやつらふたりも心配していた。とっとと帰るぞ」

 

 魔王が壇上の勇者に向かって近寄ろうとしたところを――

 周囲に聖兵たちが制した。


「フハッ! 魔王よ。やはりお前は状況が分かっていないようだな」

「ぬ?」

「これ以上、と言っているッ!」

 

 枢機卿は声を張り上げた。


「おいっ、お前らッ!」

 

 続く合図で、兵士たちがなにやら【巨大な檻】を運んできた。

 下部には車輪がついていて、ごろごろと転がすようにしている。

 中には――


『シュオオオオオオ……!』


 などと。不気味な呼吸音をあげる―― 

 あまりにも大きすぎる【巨人】が、閉じ込められていた。


「外に出せッ!」

『『はっ!』』

 

 がちゃり。がちゃり。

 何重もの厳重な鍵を解いて、檻の入口が『ぎいいい』と重い音をたててあいた。

 

「な、なによ、あのバケモノは……⁉」

 

 勇者が目を見開いた。

 檻から出てきたのは、通常の人間の10倍以上もあろうかという巨大な体躯たいくの男。

 口元にはマスクをつけており、不気味な呼吸音はその隙間から聞こえていた。

 吊り上がった瞳は白目をき、禿げ上がった頭には血管の筋が浮き出ている。

 体の至る所に拘束具がはめられているが……彼が本気さえ出せば、そんなものはいともたやすく破壊できそうに思えるほど、隆々りゅうりゅうとした肉付きをしていた。

 

「ま、まるで筋肉の塊じゃない……!」と勇者は息を呑む。

「クク……こいつはもともと、地下で行われていた【違法闘技の王イリーガルバトル・キング】。聖教会が摘発てきはつした際に、狂戦士バーサーカーとして飼われていたところを、戦闘奴隷として我々の傘下に置いたのだ……!」

 

 枢機卿はヒゲの先をつまみながら得意げに語る。


「ぬ――其奴そやつをどうするつもりだ」

「フン……こうするのさ。やれッ!」

 

『オオオオオオオオッ‼』

 

 けたたましい雄叫びとともに。

 手足の拘束を解かれたその巨人の狂戦士が、思い切り。

 

 魔王に向かって拳を叩きつけてきた。

 

「――ぬ」

 

 しかし。

 その拳はくうを切った。


「「……っ⁉」」

 

 気づけば木の幹のように太い巨漢きょかんの右腕の上に。

 魔王がそしらぬ顔で


「ふむ。確かに拳自体は相当な威力に思えるが――そのような速度では、止まってみえるぞ」


 枢機卿は一瞬顔を歪めたが、すぐに片方の頬をいやらしく上げた。

 

「フ、ハハ……! さすがは魔王といったところか。しかし想像以上ではあったものの――想定通りに過ぎない。狂戦士よ! もう一度攻撃だッ!」


 魔王は軽く首を振る。


「何度やっても無駄だ。貴様ののろまな拳が余に当たることはない」

「そいつはどうかな? ――魔王。次は

「ぬ?」

「ああ、いや。言葉足らずだったか。動きたいのなら動いても構わない――勇者がどうなっても良ければなッ!」

 

 そこで兵士のひとりが剣を抜いて。


「え? ……きゃあっ⁉」


 身動きのとれない勇者の首元に、その剣先を突きつけた。


「フハハハハッ! これでもお前は動けるかなッ⁉」

「――ぬ」

「魔王、避けてーっ!」


 勇者の叫びもむなしく。

 魔王の動きはぴたりと静止した。

 

『ウオオオオオオオオオオッ‼』

 

 そして巨漢のひとふりが、今度は魔王の身体を容赦なく捉えた。


「――っ!」

 

 魔王は激しい勢いで吹き飛び、石造りの壁に激突する。

 

「ま、魔王ーーーーっ!」


 勇者は自らの首元の刃先にひるみながらも叫ぶ。


「フハハハハハ! さすがは地下を制した狂戦士――良い威力だッ」

「ぬ、う……」


 衝撃による砂埃すなぼこりがようやく晴れた。

 巨大な隕石でも落ちたかのような壊滅かいめつの中から――


 魔王が立ち上がってくる。


『……っ⁉』


 巨漢はすこし予想外だったように目を見開いた。

 魔王は漆黒のマントを手で払いながら続ける。

 

「ふむ――どうやら余は貴様のことを見くびっていたようだ。貴様の拳は相当な威力どころか――思った以上にな威力だな」

 

 魔王は言いながら口元を拭った。そこには血のようなものが滲んでいる。


「フン、今のを受けて立ち上がるか……これはやりがいがありそうだ」と枢機卿が片頬を上げた。「まだだッ! まだ動くなよ? 勇者の命が惜しければなッ」 

「ひ、卑怯よっ!」


 刃先をつきつけられたままの勇者が悲痛な声で訴える。


「こんな脅迫めいた真似をしておいて、なにが聖教会よ……!」

「ウン……? フハハ! これは傑作だ。勇者よ。今自分が何を言っているのか分かっているのか?」

「え……?」

「そもそも相手は聖教会だけでない――〝人類の敵〟である魔王なんだぞ? 卑劣どころかむしろ――これは正義に基づいた行為だ」


 枢機卿はそこで何かを思いついたように、口元をさらに厭らしく歪めた。

 

「しかしそうだな。せっかく命じた通り、ここまでひとりでご足労いただいたのだ。すこしは恩情おんじょうをやらんこともない……魔王よッ」

「ぬ……?」

「今から一刻いっこくの時間をお前にやろう」


 枢機卿はヒゲごとあごを撫でながらつづける。

 

「その間、この狂戦士の攻撃をことができたなら――その時は勇者もろとも、お前たちを解放してやる」

「な、なに言ってるのよ⁉ そんなの、無理に決まってるじゃないっ」

 

 勇者は先程の衝撃の跡に目をやってから、信じられないように首を振る。


「魔王! そんなの受けちゃだめよっ!」


 しかし魔王は。

 すこし考えるようにしたあと言った。

 

「――約束、か」

「ああ、そうだ。約束だッ」


 枢機卿はそこで、近くにあった砂時計をひっくり返した。


「この砂が落ち切ればちょうど一刻だ。その間、お前が耐えきすことさえできれば良い」


 魔王はこくりとうなずいた。

 

「――わかった。受け入れよう」

「っ! そんな……!」

 

 勇者は顔を青ざめさせている。


 一方で、側近のひとりが枢機卿に向かって耳打ちするように言った。

 

『す、枢機卿殿っ! そのような約束を取り付けて良いのですか……っ⁉』

「フンッ。なあに、どうせすぐにをあげるさ」


 枢機卿は愉悦を隠しきれない声でつぶやく。


「それにこの茶番はあくまで〝時間稼ぎ〟にすぎないッ。魔王をいたぶっている間に――我が優秀な配下が、既に聖女様を手に入れるべく向かっている」


 枢機卿は目を細めながら続ける。

 

「聖女様さえ奪還できれば、あとは狂戦士による無慈悲な攻撃で弱った魔王の息の根を止めたあと、口封じに勇者にも消えてもらい――『魔王が人類に攻撃をしかけてきた』などと適当な理由をでっちあげる。そしてそれを魔族からの〝宣戦布告〟とみなし、魔界に【古代聖兵器ラピトス】を打ち込めば――フフ、ハハ! 我ながら完璧なプランだッ!」

 

『ウオオオオオオオオオオオ――!』

 

 そこで巨漢が自らを奮い立たせるような遠吠えをあげた。

 空気がびりびりと激しく震える。


「……っ⁉ なんて、圧なの……?」

「フハハ! 魔王をいたぶるのが待ちきれない、といった様子だなッ」

 

 どごおん、どごおん、と。

 重い足音を響かせながら、巨漢が魔王のもとへと迫った。


 そして歓喜を抑えきれないように。

 新しい玩具おもちゃを与えられた子どものように。

 邪悪な無邪気さをもって――巨漢は三白眼をひずませる。

 

「……ぬ」

 

 そして容赦なく。

 狂戦士は馬体ばたいのように大きな腕を振り上げた。

 

「魔王ーーーーっ!」


「クク――戦争前の余興ショウタイムの始まりだッ……!」



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