28.結婚生活シミュレーション ♡ モエネ編① → 宝具破壊

「魔王様との『ドキドキ♡疑似新婚生活シミュレーション』――ついにモエネの番ですわ~!」


 聖女が目をきらめかせて言った。

 

「今回もあたしたちはから見守ってるから、そのことをちゃんと忘れないでよね」と勇者が補足する。

は、まもって」と淫魔も付け足す。

「あらあら! それはこちらの台詞ですわっ」


 聖女は頬を膨らませる。

 どうやら前回のクウルスによる『中継魔法破壊ジャミング事件』のことを指しているらしい。


「あれ以来、なんだかクウルスさんに〝余裕〟が出ているような気がしてならないのです」

「そう? きの、せい」

「あらあらあら! そういうところですわよ!」


 きー、と聖女は拳を空で振った。

 

にもかくにも! 今回はモエネが〝理想の夫婦〟というものをお見せしてさしあげますわ! そして!」


 ばばーん、と聖女はふところから1枚の紙を取り出した。


「この婚姻届にそのままサインをしていただきますわっ」

「ん……それは、きいてない」と淫魔が眉をひそめた。

「模擬からへ――それこそが今回の作戦の狙いでございましょう? それに、サインをするかしないかを決めるのは、あくまで旦那様でしてよ」


 ふふん、と聖女は胸をらせた。


「あ、そういえば」と勇者が気づいたように言った。「モエネと魔王が模擬の結婚生活を営むのはいいんだけど……あんたって、たしか魔王に近寄るとオーラがするかなんかして、気力ごりごり削られてなかったっけ……?」

「あら。そのような愛の障壁は、とっくのとうに乗り越え済ですわっ」


 聖女は袖をまくって手を掲げた。

 腕輪がついている。真ん中には宝珠が埋まっていた。


「こちらは【聖加護のブレスレット】ですわ! その偉大なる効果で、旦那様のオーラによるは避けられますわ~」

「やっぱり自分でデバフって言っちゃってるじゃない!」

「あら、口がすべりましたわ」と聖女は掌を口元にあてた。「こちらの聖宝具がある限り、モエネは旦那様と触れ合い放題ですわ~」


 鼻高々に見せつけるように腕を掲げていると。

 そのブレスレットの中心にはまっていた宝珠が。


 ばりん。と。


 タイミングよく割れた。


「うわー! 割れちゃったーーーー⁉」と勇者が叫んだ。

「そ、そんなっ! どうしてっ……⁉」


 聖女はおろおろしながら破片を集めている。


「大変なことになりましたわ……! こちらは神聖なる宝具で――同等の強さのものは、この世にふたつとありませんのっ」

「酷使しすぎたんじゃない?」と勇者が言った。「はじめて会った時以来、ずっと魔王と接してきたんでしょう? そういえば、さっきちらっと見ただけでも宝珠が黒くよどんでたし……だったのよ」


 本来であれば、魔の力から一時的に身をまもるための聖宝具であった。

 それを魔の力の根源たりうる魔王と常に接していたら、ガタがくるのも仕方がなかったらしい。


「で!」と勇者が仕切り直すように言う。「肝心の聖宝具ブレスレットとやらが壊れちゃったみたいだけど……模擬結婚生活シミュレーションはどうするのよ? ひとまずは何か別の対処法が見つかるまでは延期して――」


 しかし聖女はきっと空をそらんで。

 覚悟を決めたように言った。

 

 

「――このまま、続行しますわっ」



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