24.黄金龍 ♡ バトル⁉ → 従順化 


「うわーーーーー! ドラゴンだーーーーーー!」


 突如として火口の中から出現した超巨大ドラゴンに向かって。

 勇者は思いきり叫んだ。それはもう叫んだ。


(うそ、でしょ⁉ 世界に数体もいないはずの龍種が、こんな人間界の辺境に――!)


 勇者が慌てふためいていると、黄金色の龍は空気を震わしながら喋った。

 

『んあ? やけに騒がしいと思えば――驚いたな。じゃあねえか』

「ねえ、待って……! なんでドラゴンがこんなところに……」


 龍は赤色の瞳を輝かせながら答える。


『なあに、オレ様がふだん住んでる場所が寒期でな。ちいとだんを取りに来ただけだ」

「それでマグマに飛び込んでたの⁉ 暖を取るってレベルじゃないでしょ!」


 相手が龍なことを忘れて勇者は突っ込んだ。

 目の前の巨体は金色の鱗に覆われ、煌々こうこうと光っている。


『ひー、ふー、みー……よっつ、か』


 そんなドラゴンが巨大な瞳を細めながら、なにやら数を数え始めた。


「ドラゴンさん? ……なにしてるの?」


 勇者は首をかしげる。

 かしげたあと――なにかに気づいたように大きく目を見開いた。

 〝よっつ〟などと。個数を数えるようにしていたから一瞬分からなかったが。


 龍は間違いなく〝自分たち〟のことを数えている。


 ――生命ではない〝モノ〟として。


(い、いやな予感しかしないわ……!)

 

『ク、ハハ。最初は驚いたが、この出遭いエンカウントはオレ様にとっちゃ幸運だぜ――ひと泳ぎしてが空いてたんだ』


 龍は牙が揃った禍々しい大口を歪めて言う。


「あ……やっぱり……えへへ。ドラゴンさん? あたしたち、このあと街に戻って食事でもと思ってたんだけど、一緒にどう?」


 勇者が手を揉みながら下手したてに出て提案する。

 が。


『クハハハハ! 面白いことを言いやがるぜ! 食事もなにも――目の前に旨そうな馳走ちそうがあるのに、わざわざ遠出する必要もねえだろうが』

「いま馳走って言った! やっぱりあたしたちのこと、食べちゃう気よ……!」


 勇者は顔を引きつらせて後ずさる。


『じゃあ早速、いただくとするぜ』


 龍は舌なめずりをしたあと、あんぐりと巨大な口を広げて。

 長くて太い首を勇者たちのいる地面に向かって伸ばしてきた。


「やっぱりこうなるのねっ! うー……! だからって、ただでやられてあげるもんですかっ」


 勇者は体制を整え、背後の剣を抜こうとしたが。


「いや。抜かずともよい」


 そう言って魔王にたしなめられた。

 振り返ると彼は軽く首を振って、龍の前へと進み出る。


『んあ? クハハ、食料自ら飛び込んできてくれるとはな! 手間がはぶけていいぜ』

「魔王、あぶないっ!」


 龍の速度は緩まない。

 迫りくる巨大な頭。大きく広げられた口。

 龍からしてみれば極めて小さい魔王の身体を飲み込むように。


「「……っ!」」

 

 龍はその大口を、閉じた。


 ――がきいいん。

 金属どうしがぶつかったような鈍い音が響きわたる。


『ん、あ……?』


 龍は咀嚼しながら口腔に舌を這わすようにするが……様子がおかしいことに気がついた。


『どこいきやがった? オレ様の、エサ――なっ⁉』


 驚愕した龍のまさしく目と鼻の先――ならぬ、に。

 

「ふ。余を餌呼ばわりとは面白いな」

 

 魔王は堂々と、立っていた。


「この世に生を受け随分と立つが――はじめて言われたぞ」

『ちっ!』龍は巨大な瞳を歪めて舌を打った。『てめえ、何様のつもりだ……?』

 魔王はゆっくりと首を振って言う。「なんということもない。つい今しがた、余が可愛がっていたの話をしていてな。ちょうどそういった存在を愛でたい気分になったのだ。どうだ? 貴様、余のペットになってはみぬか?」

『……ク、ハハハハハハハハハハ‼』


 魔王のそんな申し出に。

 龍は大気を震わせて笑った。


『偉大なる龍種である余に〝愛玩動物ペットになれ〟だと? 片腹が痛いぜ! だが、それ以上に――気に食わねえな』


 ぎろり。龍は深紅の眼に力を込めて、瞬時のうちに。 

 思い切り頭を上に跳ねさせた。


「……ぬ」


 龍の顔上に乗っていた魔王が、そのまま天高く放りだされる。


『気が変わった。てめえは喰らわずに――オレ様の爪で切り刻み、跡形もなく消してやるよ!』


 龍は翼のついた腕を思い切り振りかぶり。その爪先に圧気オーラをためこみ。

 上空から落ちて来る魔王に向かって――叩きつけた。


『――〝龍爪突撃ドラゴン・クロウ〟‼』


 それは音をも置き去りにする速度で。

 魔王のことを切り刻む――だった。


『……ん、あ?』


 龍の口から間抜けな声が漏れる。

 視線を泳がせ周囲を見渡す。

 すこし遅れて状況を理解する。


 自らが放った自慢の攻撃は。


 ――魔王の指先ひとつで、完膚なきまでに受け止められていた。


『な、あああああああああああああああ⁉』


 龍は爪先に全体重をのせて力をこめる、が……びくともしない。

 岩山のように巨大なドラゴンが。生物の頂点に立つ龍種が。

 どれだけ全身全霊を振り絞ろうが、魔王の人差し指ただ一本によって止められた爪先は、ぴくりとも動かなかった。


『ふ、ふざけるな! 人間ごときに、オレ様の攻撃が受け止められてたまるかああああああ‼』


 龍の巨大な鼻から、息が暴風のように吹き抜けて。

 魔王が羽織っていた外套をふわり――空に飛ばした。

 

『ん、あ……?』


 魔王がいつも身につけている外套は特殊な魔導具でもあった。

 着る者のオーラをおさえ、その存在認識を誤魔化す。

 おかげで街を歩いていても周囲から騒がれることなく、群衆の中に溶け込むことができる――


 他ならぬ〝魔王〟であるエデレットにとって、この上なく役立つ衣服だった。


 その外套が外れた、ということは。


『な、な、な……なんだ、てめえのその――化け物みてえなオーラは……!』


 彼が秘めていた力も。

 外部から圧倒的に感知されるということだった。


『~~~……ッ!』

 

 黄金龍は冷や汗をかき巨体を震わせた。

 

『ば、ばかな……オレ様が、オレ様の本能が……恐怖を覚えてやがるのか……? くそ、ありえねえ! しかし……待てよ……? てめえのような、死の上に死を重ねて塗り込んだような破滅的なオーラの持ち主を……俺は、ひとりしか知らねえ。まさか、てめえ……魔王、か……⁉』

「ぬ? ああ、そうだ」魔王は簡単に頷いた。「名乗り忘れていたな」

『ッ……!』


 黄金龍は全身の鱗を逆立てた。

 魔王は淡々と続ける。


「そういえば貴様、余の申し出を断ったどころか、余のことを〝跡形もなく消す〟と申しておったな――その字面、と受け取った」

『……ヒッ⁉』

「余も龍種を相手取るのは久方ぶりだ――とことんまで、ヤり合おうではないか」


 魔王は片頬を大きくあげて不気味にんで。

 全身からおどろおどろしいオーラを解き放った。


「「……っっっ‼」」


 そのあまりの殺気に、周囲の勇者たちは息をのみ絶句する。


『ヒッ……!』

 

 魔王が放ったオーラを真正面から受け止めた黄金龍は、もはやそれまでにあった威厳をすべて喪失させて――


『も……もうしわけなかったああああああああああああああああ‼』


 巨体を深々と、五体投地させた。


「……ぬ?」

『ペットにも、下僕にでもなんでもなる! だから、命だけはお助けをおおおおおッ!』


 龍は頭を何度も地面に打ち付け、半ば泣き叫ぶように懇願している。


「……うそでしょ? ドラゴンが土下座してるとこなんて、はじめてみたわ……」


 勇者が驚愕しながら言った。


「ふむ。よし」


 魔王は満足そうに口角をゆるめて言った。

 

「これで人間界にもができたな」

「どこにペットとして最強龍種ドラゴンを飼うやつがいるのよ!」

「ぬ? ドラゴンは嫌いか?」

「好きか嫌いかとかそういう次元じゃなくて、畏怖よ畏怖! 本来なら崇め奉る存在じゃない……!」

「あら。ですが良い案かもしれませんわね」


 聖女が手をぱちんと胸の前で合わせて言った。


「ペットにドラゴンを飼うというのは、とってもします。わざわざ火口にまで足を運ばなくても、吊り橋効果が期待できそうですわ」

「待って待って⁉ 本当にペットとして街に連れて帰る気⁉ 朝起きて広場とかにドラゴンが鎮座してたら、街の人たち卒倒するわよ!」

「みんなどきどきして――恋が、はかどる」と淫魔も頷いた。

「恋どころじゃないでしょうに! 絶対恐怖のほうが打ち勝つわよーーーーーー!」


 勇者の常識的なツッコミは、やはりどこまでも非常識な彼らには届かない。


「……ったく。龍族の仲間なんて、でも倒しにいくわけでもあるまいし」


 勇者は皮肉につぶやいて。

 さらなる頭痛の種を抱え込むことになったのだった。


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