22.第X回戦略会議 ♡ 恋の理由 → ひらめき

「というわけで!」


 ぱちん、と手を叩いて勇者が言った。


――魔王に〝本物の恋〟をさせなきゃいけないことになったわ」


 場所は結婚相談所『マリアベイル』の建物内。

 大きめの机に勇者たちは座って、何回目か分からない戦略会議を開いていた。

 

「べつに、あらためて言われなくても」と淫魔が溜息交じりに言った。「いままで、さんざんやってきた。画期的な案があれば、とっくにためしてる」

「うっ……そうなんだけどさ」と勇者は躊躇いながらも続ける。「時間制限があれば〝今までとは違うアイデア〟も出てくるかなって」

「その時間制限が――あまりにも短い期間ですわ」と聖女も視線を下げる。

  

 嫌な沈黙が部屋に満ちた。


「……あれ?」そこで勇者がなにかに気づく。「っていうかモエネ! そういうあんたこそ参考事例ロールモデルになりうるじゃない!」

「ろうる、もでる?」と淫魔が訊いた。「おいしい、やつ?」

「前例として参考になるかもってこと」と勇者が補足する。「モエネ、あんたは魔王にに告白を飛び越えてプロポーズまでしたのよね? しかも、どうやら魔王への愛情はホンモノみたいだし」


 当然ですわ、というように聖女が胸を反らした。


「そんなあんたに聞くんだけど――3日どころか、どうやってで恋に落ちたわけ?」


 勇者は思った。

 他ならぬ〝落ちてきて10秒でプロポーズ〟をした聖女であれば、手早い恋のキッカケを紐解けるのではないかと。

 しかし。

 

「ううん、そうですわね」聖女はすこし考えるようにしたあと、言い切った。「顔、ですわ!」

「容赦ないわね⁉」


 勇者は目を見開き突っ込んだ。


「もっと他に〝ロマンチックな理由〟とかないわけ⁉」

「そう言われましても……モエネの場合は一目惚れです。一目で恋をするのに、容姿以外の理由がありましょうか」


 聖女はやけに爽やかな表情で首をかしげる。


「確かに正論ではあるんだけど」と勇者。 

「……なんだか、不誠実」と淫魔もぼやいた。

「あら! 失礼ですわね」


 聖女は頬を膨らませて淫魔に向き直った。


「クウルスさん。貴女は魔王様のはお嫌いですか?」

 淫魔は強く首を振った。「そんなわけ、ない。見た目ももちろん――すき」

「でしたら同じですわ。モエネは先に魔王様の外見を好きになりましたが、そのあと触れ合うたびに魔王様のもずっとずっと好きになってまいりました。より添い遂げたいという想いが強くなりました――つまりは〝順番の違い〟だけですわ」

 

 淫魔は眉をしかめて怪訝な表情を浮かべている。

 

「ううん……納得したような、しないような」と勇者が困ったように息を吐いた。「いずれにせよ一目惚れだとしたら、参考にしにくい恋の方法ね」

「どう、して?」と淫魔が首をかしげた。

「だって、あたしたちはもう出逢っちゃってるわけだし」勇者はちらりと魔王のことを見やって続ける。「今更あいつに一目惚れさせるって言ってもねえ」

「あ、あのうっ!」


 モエネが胸の前に手をあて、そわそわとした様子で魔王に聞いた。

 

「魔王様は、この中ではどなたのが好みでしょうか……?」

「うわー! なんか学校の教室での恋バナみたいなこと聞いてる!」

「私も――気になる」


 ぐい、と淫魔も前に進み出た。

 

「一目惚れのお話もありました。せっかくですし、この機会にお伺いしたく――いかがでしょうか、魔王様っ」

「ぬ? ――そうだな」


 それまで机の端に座って会話をじいと聞いていた魔王は。

 質問を振られて、それぞれの婚約者候補の少女たちを見回していった。


 聖女。淫魔。――そして、勇者、

 

「そうだな。見目だけで言うならば……」


 魔王が思案するように顎に手をあてる。

 ごくり、とみんなが喉を鳴らす。


「――。余は貴様が気になるな」


「――えっ?」


 どきり。

 勇者はまさか選ばれると思っておらず、心臓を高鳴らせた。


「ん……」「ま――!」と他のふたりは悔しそうな表情を浮かべている。


「え、え……ええええええ⁉ そんな……魔王が、あたしの見た目のことを……?」


 勇者は両手で頬をおさえた。顔が燃えるように熱くなっている。

 視線は空をぐるぐると泳ぎ、魔王に合わせることができない。


「うむ。そのような仕草も――そっくりだ」

「……え?」


 勇者は何のことか分からず、目をまたたかせた。

 

「余が以前飼っていたペットのによく似ておる」

「ペット目線かあああああい!」と勇者は突っ込んだ。

「とても可愛くてな――手持ち無沙汰の折は、よく愛でておったのだ」

「ちなみに、魔王さまが飼ってた魔獣の【ぺス】は、これ」


 淫魔が魔法陣から写真を取り出して見せてくれる。


「うわーーーーー! めちゃくちゃ触手まみれの怪物だーーー‼ どこがあたしに似てるのよ⁉」

「ぬ? つぶらな瞳など瓜二つではないか」

「そいつ、ぱっと見じゃ目がどこかすら分からないじゃない!」


 うー……と勇者は悔しそうに地団太を踏んだ。

 なにか気に障ったか? と魔王は自覚なく首をかしげていたので、勇者はこれ以上なにも言わないことにした。


「もー! 次よ次! クウルス!」

「ん……なに」

「あんたはどうして、魔王のことが好きになったわけ?」


 気を取り直して勇者が訊いた。


「……わからない。、すきになってた」

「分からないって……キッカケとか、いつから好きなったーとかないわけ?」

「おぼえてない。すくなくとも、この100年間は、ずっと魔王さまのことを――想ってる」

「100年⁉ 規模感が違いすぎるわね……いつから好きとか、もう覚えてないのも無理ないかも」

「あ、でも――サキュバスは脱皮をするから、身体は、ぴちぴち」と淫魔が勝ち誇ったように言った。

「モ、モエネのほうがピチピチですわー!」

「はいはい、対抗意識燃やさないの」


 勇者は手慣れた様子で喧嘩勃発寸前のふたりを引き離した。

 

「いずれにせよ、クウルスの場合も今回の参考にはならなさそうね……」


 それにしても、と勇者は思った。

 

 片方はで恋をして。

 もう片方はにわたって恋をしている。


 当然、長さだけでいえば〝一世紀〟の方に軍配が上がるかもしれないけれど。

 実際は、それで勝ったとか負けたとか、そういう問題でもなさそうだし。

 何より、どちらも魔王のことを〝好き〟という気持ちには一切変わりがないわけで。


(一体、好きってなんなのかしら……)


 と勇者の思考も袋小路に迷い込んでしまったのだった。


「恋愛って難しいのね。いっそのこと、強制的に恋をさせる方法でもあればいいのだけど……」


 そんなことをぼやいていたら。


「はっ! 。――シルルカさん、それですわっ!」


 とモエネが急に目を輝かせた。


 

 ――嫌な予感しかしなかった。



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