19.夜更け ♡ 起こされて → 付き添い

「おい、勇者よ――」

「う、ん……? へ、魔王?」


 勇者が寝起きの声で言った。

 

 夜中。宿屋に戻ってベッドの上で。

 

 勇者は魔王に声を掛けられ起こされた。

 隣では淫魔と聖女がくうくうと寝ている。


「まだ外は真っ暗じゃない、どうしたのよ……?」


 勇者が顔をしかめた。


「ああ、いや。起こしたのはほかでもない」


 魔王は前置いてから、堂々と言った。


「トイレについてきてくれ」

「……は⁉」


 勇者は思い切り目を丸めた。


「そんなことで起こしたわけ⁉ 夜中にトイレについてくって、あたしはお母さんか!」

 

 思わず大きめの声を出してしまったが、ベッドで眠るふたりは起きる気配がない。

 おそらく今日の舞踏会で相当に疲れたのだろう。

 

「ぬ? これは大事おおごとだぞ。お化けでも出たらどうするつもりだ」

「魔王が言うなーーーーー!」


 たまらず勇者が突っ込んだ。


「前も言ったけど、なんで魔王のクセに暗いところとかお化けとか怖がってるのよ! あんた自体がお化け以上の存在じゃない!」

「はやく用意をせぬか。漏れそうなのだ」

「なんで偉そうなのよ! 漏らす側のクセに!」

「ぬ? 漏らしても構わぬのか?」

「だめに決まってるじゃない!」


 勇者は慌ててベッドから這い出した。

 漏らすことに恥じらいをもたない場合、立場が上なのは〝漏らす側〟なのだと勇者は知った。

 

「もー……! 行くならはやく行くわよ!」


 勇者はぷりぷりと頬を膨らませて廊下に繋がる扉を開けた。



      ♡ ♡ ♡


 

「ふう、すっきりしたな」

「例のごとくだけど――あたしは全然だわ」


 トイレからの帰り道。

 廊下を進みながら勇者が恨み節を吐いた。


「急に夜中に起こされたと思ったらコレだもの……はあ。あたし何やってるのかしら」

「ぬ――見てみろ。月が綺麗に映えているぞ」

「トイレの付き添いのあとにそんなロマンチックな雰囲気にはなれないわよ……」


 と勇者は言いつつも、窓から夜空を見上げる。


「へえ。でも確かに綺麗だわ」

「見ろ、ここから屋根に出られるようだぞ」


 魔王が廊下の脇にあった梯子を指さして言った。

 その先は天井裏に繋がっているようで、その旨が書かれた小さな看板も立っている。


「ふうん。いってらっしゃい。あたしは先に部屋に戻ってるわ」

「ぬ……」

「……なによ」


 自分だって今日はいろいろあって疲れたのだ。

 とっととベッドで睡眠の続きを取りたいところだったが――


「…………」


 がらにもなく寂しそうにして。

 胸の前で指先を合わせて。

 夜の光で瞳を潤ませる魔王の様子を見ていたら。


「あー、もう! 分かったわよ! 一緒に行けばいいんでしょ!」


 彼をひとりで行かせるのがなんだかいたたまれなくなって。

 勇者は渋々ついていくことにしたのだった。


 

(うー……やっぱり子どもの世話じゃない……!)


 

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