17.恋心 ♡ 魔剣 → めでたしめでたし?
『かっこ、いい――♥』
聖女の目がハート型になっている。
本来であれば
「なにトキめいちゃってるのよーーーーー⁉」
勇者が叫んだ。
「「す、枢機卿様っ⁉」」
周囲の兵士たちも驚愕する。
『……ハッ⁉ ワ、ワガハイは、今一体なにを……!』
聖女(枢機卿)は我に返って頭を振る。
『ふざけるにもほどがある! ワガハイが魔王なんぞのことを、か、……かっこいい、などと……ッ!』
「枢機卿さま、お気は確かですか!」と聖兵が訊く。
『当然だッ! 術は完璧に成功した。聖女の身体は間違いなくワガハイが乗っ取った。しかし――なんなのだ、このキモチは!』
聖女(枢機卿)は自らの胸のあたりをきゅうと掴んで続ける。
『魔王のことを目に入れると、身体の奥が、熱くなって――クッ!』
「ぬ? どうしたのだ、頬が赤らんでおるぞ」という魔王の言葉で、聖女(枢機卿)の肌はさらに熱を帯びていく。
『や、やめろ! その顔でワガハイに話しかけるなッ! は、早く手を離せ!』
「ぬ……そうは言ってもな。余の手を強く握っているのは、
『ナッ⁉』
聖女(枢機卿)は言われてその事実に気づいて目と口を大きく開いた。
たまらず手を離そうとするが――
『な、なんなのだ、この感情はッ! ……ま、まさか、
聖女(枢機卿)はどうにか魔王から手を引き離して自らの頬に当てた。どくん。どくん。心臓の鼓動が皮膚から伝わって聞こえる。掌が熱い。『……ン、ああッ……いま、この手を魔王様が握っていたのですね♥ ……ハッ⁉ ワガハイは一体、なにを……ッ!』と彼であり彼女は顔を真っ赤にして呟いた。
「ちょっとちょっと、大丈夫なの? アレ……なんだか口調っていうか〝精神〟の方まで聖女に侵されてそうだけど……」
一連の様子を見ていた勇者が続ける。
「見た目だけは聖女だし魔王との禁断のラブストーリーの一幕にも見えなくもないけど――中身があの〝変な髭おじさん〟だと思うと、なんだかフクザツな気持ちになるわね……って聞いてるの? クウルス」
見ると淫魔はいつかと同じように、轟々と怒りのオーラを滾らせ震えていた。
「ゆるせない。また、魔王さまに恋する女狐が、ふえた」
「え、
「こうなったら、しかたない」と淫魔は言う。「シルルカ、はやくあいつを――斬って」
「物理的に排除の方向⁉ あっさり怖いこと言わないでよね。今は
「だいじょうぶ。私も、百歩譲って、モエネのことを斬るのはやめておこうと思う。モエネとは、一応は
「それでも百歩譲る必要はあるのね……まあいいわ。でも、それならどうやって枢機卿を斬るのよ?」
「――これを、つかって」
淫魔はそこで空に魔法陣を描いた。
魔力の明滅とともに空中に〝門〟が現れる。
その中に彼女は左手を突っ込んで――1本の禍々しい【漆黒の剣】を取り出した。
「な、なによ、これ……!」と勇者が唾をのみ込む。
「これは、魔族につたわる【魔剣】のひとつ」
「魔剣⁉」
「こくり」と淫魔は頷く。「この子は、対象が物体非物体に関わらず、装備者にとっての〝悪〟を斬ることが、できる」
「ってことは――あたしが〝悪いと思ってる〟ものだけを斬れるってこと……?」
「そう」と再び淫魔は頷く。
「さすがは魔剣、効果も
「私は、だめ」と淫魔は目を伏せる。「約束した。暴力は、禁止。それに――私だと、あの
「あー……なるほど。それはつまり、あんたにとってモエネが〝悪〟かもってことよね」
「かも、じゃない。悪そのもの」
「断言しちゃった⁉」
「うー……事情は分かったわ。だけどそもそも――仮にも勇者が〝魔剣〟なんて振り回していいのかしら……」
と悩んではみたものの。
目の前では〝魔王に対して中身おっさんの聖女が頬を赤らめ自己を失いかけている〟という地獄絵図が広がっていたので。
「まあいっか!」
と勇者は自分を納得させることにした。
「このまま放っておいても
勇者はそこで淫魔から魔剣を受け取って。
「とっとと、モエネの身体から出ていきなさい――! やあああああああああっ!」
魔王を前にデレデレしっぱなしの聖女(枢機卿)に向かって振り下ろした。
『……ハッ⁉ 何をする! やめろ、これは聖女の身体だぞッ』
聖女(枢機卿)は途中で迫りくる剣に気づいたが時すでに遅し。
禍々しいオーラを放つ魔剣はそのまま彼女の身体を切り抜けた。
『う、ぎゃああああああああああ!』
そんな絶叫とともに。
それまで聖女の身体を覆っていた紫色のオーラが、天に向かって浄化されるように消失した。
「うんっ、手ごたえはあったわ」と勇者が満足げに言った。
しばらくして近くに倒れていた本物の枢機卿の身体が意識を取り戻す。
「ウッ……まさか、我が術が解かれるとはッ……」
「「枢機卿様ーっ!」」と聖兵たちが慌てて近寄っていく。
「ええい、問題ない! ワガハイを心配する暇があれば、早く次なる手で聖女様を――」
「ぬ? 聖女を、どうする気だ」
枢機卿の前に魔王がずいと進み出た。
「ッ⁉」
「余の
「ウッ、クッ、ウッ……!」
なにやら枢機卿の様子がおかしい。
つい先ほどまで聖女の身体に入っていた影響だろうか――魔王を見る時に、どこか焦がれるような視線を向けて頬を赤く染めている。
「なによあれ……影響がまだ残っちゃってるのかしら。ううん、見た目が枢機卿に戻ると、いよいよキツいものがあるわね……」と勇者が顔を引きつらせた。
「や、やめろッ! ワガハイに、近寄るでないッ……!」
「それは余の台詞だ。これで
そう詰め寄る魔王に対して。
「ヒャッ⁉」
どこか乙女らしい声をあげる今の枢機卿には。
とてもじゃないが抵抗する意志は残っていないようだった。
「て、……撤退だッ!」
枢機卿が悔しそうに叫ぶ。
周囲の兵士たちも剣をおさめ、慌ただしく会場をあとにしていった。
「クッ、覚えておれ! 必ず聖女様を取り戻し、そのあかつきには魔王を――ま、魔王、を……く、くそおおおおおおおっ!」
未だに〝魔王〟という言葉を口にするたび
枢機卿は頬を赤らめながら絶叫しその場を去っていった。
心なしか手を左右に大きく振り、女の子走りのようにも見える。
「ふう。いっけん、らくちゃく」
と淫魔が得意げに言った。
「一件落着ねえ」しかし勇者は浮かない顔をしている。「一度は納得したものの――勇者が
勇者のそんな溜息は、周囲のざわめきの中に溶けて消えた。
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