14.モエネの話 ♡ 職務放棄 → コスプレ?

 モエネに家族はおりません。

 

 孤児院での生活をしていたら、ある日。

 聖教会の使者を名乗る方々がいらして――モエネは【聖女】として迎えられることになりました。

 神様のお告げだとか。秘めたる魔力が。とかなんとか。


 仰々しい歓迎を受けたその日から、モエネの世界は変わりました。

 豪勢な衣食住。最先端の教育。数多の高貴人とのお付き合い。


 それでもただひとつ――〝愛〟を教えてもらうことはできませんでした。


 別に。

 そのときは特段。

 知りたいとも思いませんでしたが。


『どうかこの子を抱いてはいただけないでしょうか……?』


 訪問先の村にいらしたご夫妻からそんなお願いをされて。

 生まれたばかりだというお子様を両腕の中で抱きとめたとき。


 ――なんだか胸の奥がじわりと温かくなったことを覚えています。


『この子は私たち夫婦の大切な宝物です……!』


 そう話されるご夫妻はとてもとても幸せそうで。

 お子様をお返しすると、お互いに顔を見合わせて、頬を染めて、んで。モエネは。


 ――ああ。きっとこれが〝愛〟なのですね。


 そんなことを思いました。 


「いつか、モエネにも――」

 

 もしかしたら。

 あんなにも顔を緩ませて。お互いにいつくしんで。

 幸せを共有できる相手が――家族が。できるとしたら。


 出逢った瞬間に、これまでの価値観をすべて書き換えてくださるような。

 そんなな旦那様が。


 現れてくださるとしたら。


 その時、モエネは。 

 

 

「――〝愛〟というものを、知ることができるのでしょうか」

 

 

     ♡ ♡ ♡



「貴方がたがお探しの【聖女】でしたら、ここに」


 女性参加者の仮面を剥ぎ取ろうとする聖兵団の前に堂々と進み出て。

 聖女は流麗な手つきで自らの仮面を外してみせた。

 

「「……聖女、様⁉」」


 周囲が大きくどよめく。


「フフ、ハハ! これはこれは聖女様――ようやく見つけることができました」


 奇妙な形のヒゲを生やした枢機卿すうききょうがわざとらしく両手を広げて言った。


「やれやれ。何の書置きも残さず、どうして逃げ出したのです?」

「……言いたくありませんわ」と聖女が口を尖らせて言った。

「これは立派な職務放棄。聖女様といえど、帰ったら処罰を受けてもらわねばなりませんねえ」と枢機卿は厭らしく口角をあげた。

「処罰を受けることはありません。だって――モエネは帰りませんもの」

「……は?」

「帰るつもりはない、と申し上げました」

「フン……戯言を仰いますな」


 枢機卿は鼻から短く息を吐いたあと、首を振った。

 それを合図にして兵士たちが聖女へと近寄っていく。

 

「きゃっ! なにをしますの⁉」

『聖女様、どうかご容赦を……!』

「離してくださいまし!」


 抵抗する聖女の腕を兵士たちが掴む。

 聖女は悲鳴をあげて振り払おうとする。

 それをさらに兵士たちが抑え込む。


 どちらも退かないやり取りの間に――魔王が割り込んだ。

 

「貴様ら、何をしている。嫌がっているではないか」

「ム? なんだ、お前は」と枢機卿が眉をしかめる。「仮面に加えて魔族のようなの飾りまで……とんだ忌々しい仮装コスプレだな」

「旦那様!」と聖女が叫んだ。

「……ナニ? だんな、さま、だと……?」


 枢機卿を含めた兵士たちの動きがぴたりと止まった。

 

「ええ、そうです。このお方はモエネの――旦那様ですわ!」

「ぬ……決まったわけではないがな」と魔王が言った。「式はだ」

「あら!」一転して聖女はそこで目をきらめかせた。「ということは旦那様、モエネとの結婚を真剣に考えてくださっているのですね……!」

「ええい、何をわちゃわちゃしているのだ!」と枢機卿が叫んだ。「聖女様は生涯にわたり処女おとめの身の上。婚約者などそれこそ職務放棄にあたる! お前らも怯まず、とっととそのツノ付きのを引き離せッ!」

『『は、はっ……!』』


 枢機卿の指示に従って、兵士たちは魔王を聖女から引き離そうとする。

 しかし魔王はそれらを簡単にいなした。


「チッ! どこの馬の骨ともつかぬやからに、なにを力負けしているのだ!」と枢機卿は顔を歪めて言う。「先ほど伝えたハズだ。邪魔するものは市民であろうが構わず厳重に罰するとな。これ以上は多少手荒い真似もさせてもらうぞ。おい、お前ら!」

『し、しかし……』

「構わん、やれッ!」

 

 兵士たちは戸惑いながらも剣を抜いた。

 剣先を魔王に向けて、叫び声とともに切りかかっていく。


「きゃっ⁉ 貴方たち、何をしているのですか!」と聖女が叫ぶ。「旦那様、あぶな――」

 

 魔王は軽く後ろに跳んでかわしたが――

 振るわれた一撃によって、魔王がつけていた仮面が切り裂かれた。


「ぬ……」

 

 かたたん。地面に半分ずつになった白面が落ちる。


『「なっ⁉ お、お前は……」』


 あらわになった容貌に――

 聖教会の関係者たちが絶叫した。


 

『「ま、魔王ーーーーーーーーッ⁉」』



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