12.舞踏会 ♡ 憧れ → 王子様

「すごい! これが〝仮面舞踏会〟なのね――!」


 豪華絢爛なホール。高貴な衣服で着飾った数多の人々。優雅な音楽の生演奏。

 そんな光景を前にして、勇者が目をきらめかせた。

 とはいえ、その顔の半分はまさしく〝仮面〟に覆われているのだが。

 

「お互い仲良くなるためにもパーティは良い案だと思ったけど」


 隣を見れば、他の来場者と同じように華やかな格好をした3人がいる。

 聖女。淫魔。そして魔王。

 勇者じぶんも含めて、世間一般的にはあまりに常識外れな身分だった。


「確かにこれなら、だれにも正体を知られなくて済むものね」

「らららら~ですわ~♪」


 彼女たちの中でも特に、橙色のドレスを着た聖女が浮かれたようにしている。


「モエネ、あんたやけに気合入ってるわね」

「もちろんですわ! すべては旦那様との愛を深めるため――この日をどれだけ待ち望んだことでしょう」

「待ち望んだって……参加は今朝方あんたが思いつきで決めたんでしょうに。しかもなかば無理やり」


 勇者は溜息を吐いて続ける。

 

「とはいえ、あたしもこういうところ来てみたかったの! えへへ。もしかしたら、あたしも――う、運命の王子様に出逢えるかもしれないし?」


 照れたように頬に手を当てていると、黒いドレス姿の淫魔にたしなめられた。

 

「目的を忘れないで。ここに来たのは、非日常の中で、魔王さまにしてもらうため」

「分かってるわよ。でも、ほら! これだけたくさんの人がいるのよ? 魔王の〝他のお嫁さん候補〟も見つかったりして」

「ぎろり」と淫魔は言って勇者を睨んだ。「……これ以上、女狐が増えるのは、ゆるさない」

「あはは、冗談よ。せっかくなんだし楽しみましょう! ドレスだって久しぶりに着たんだもの」


 勇者はくるりとその場で回って見せた。

 造花で飾られた深紅のドレスが空気を含んで優雅に揺れる。


「あらあら、勇者様も楽しそうですわね」

「モエネ、どう? 似合うかしら?」

「ドレスの前後が逆ですわ」

「~~~っ⁉ もっと早くに教えなさいよ‼」

 

 

     ♡ ♡ ♡

 

 

「うーーー……! 赤っ恥かいたわ……やけに胸の部分が開いてると思ったのよね。みんなもじろじろ見てくるし……」


 無事に着替え終えた勇者が頬に赤みを残したまま言った。

 

「仮面で素顔が隠れててよかったわ。仕切り直して楽しんでやるんだから! とはいえ――」


 勇者は周囲を見渡して言う。


「……どうやって楽しめばいいのかしら」

「あらあら。舞踏会なのですから、踊ればいいのです。そちらの殿方様、少々お手を失礼しますわ」


 聖女はそう言って近くにいた男の手を下からすくうように取ると。

 音楽にあわせてステップを踏み、優雅に踊り始めた。

 

「わ、わ!」と勇者が口を丸くする。「さすが聖女様、めちゃくちゃうまいじゃない……!」


 聖女がリードする舞に見惚れるようにして、周囲に人だかりができていく。


「――と。まあ、このような調子ですわね」


 聖女が舞踏ダンスを終えると万雷の拍手に包まれた。


「あら、あらあら。ご見物の皆さまにも満足していただけたようで何よりですわ。それでは本命の旦那様。モエネと一緒に――きゃ⁉」


 聖女は魔王の前に進み出ようとしたが……

 まわりにいた人々が押し寄せてきてにされてしまった。

 

『なんと魅力的なダンスだ!』『次はぜひとも私と』『いいや、私めと!』

「や、やめてくださいまし。モエネには旦那様というお人が……あれ~~~~~」


 人波に流されていく聖女のことを、勇者は軽やかに手を振りながら見捨てた。


「アラアラアラ。聖女様ったら、人気で羨ましいことですわね。ま、放っておきましょう」


 聖女の口調を真似しながら、勇者は悪戯っぽく笑む。

 

「でもダンスねえ……あたし勇者だし? どちらかと言えば戦う職業だし? 踊れる自信なんてまったくないわ。ねえ、クウルスはどう?」


 勇者が振り向くと、淫魔は一連の流れを無視して食事を楽しんでいた。


「って、めっちゃなんか食べてるーーーーーーーー⁉」

「もぐもぐ」と淫魔は言いながら皿を置き、今度は飲み物のグラスに口をつける。「どれも――おいしい」

 

 見ると会場の壁側に料理が並べられていた。

 ブッフェ形式で取れるようになっており、スープや前菜から肉・魚の主食、そして食後のデザートまでがひと通り豪勢に揃っている。


「確かに美味しそうだけど……〝目的を忘れないで〟って言ってたの、あんたの方でしょう⁉ 舞踏会に参加せずに、ひたすらご飯にありついてていいわけ⁉」

「しかたない。私も、ダンスは――苦手。魔王さまと無理に踊って、幻滅されたく、ない」


 目を伏せて深刻そうにしているが、一方で「けぷ」と曖気おくびをしたので台無しだった。


「今の姿の方がよっぽど幻滅されかねない気がするけど……口のまわりに食べかすいっぱいついてるし……」と勇者は嘆息しながら続ける。「てゆうか! あんたって人のをもらって生きてるんじゃなかったの⁉」

「べつに、ふつうにごはんもたべる。淫魔だからって、精気だけで生きるのは、いろいろ大変」

「ふうん……そんなものなのね」

「こくり」と淫魔は頷く。「シルルカ、私がキスだけで生きてると思ってた――やっぱり、痴女」

「ち、痴女じゃないって!」


 勇者はこれ以上話して(突っ込んで)も仕方がないと察してその場から離れた。今は特段お腹が空いているわけでもない。

 メインフロアでは仮面をつけた数多の人々が互いにペアを見つけ優雅に踊っている。


「はあ――あたしもあんな風に踊れたらなあ」


 勇者は伸ばした掌をシャンデリアの光にかざした。


「でも、あたしは今日はじゃないし。脇役で、しかも踊れないあたしの手を取ってくださる王子様なんて、都合よくいるわけないか……って、え?」


 願望をこめてつぶやいていたそばから。


 

 ――勇者の手を、だれかが取った。




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