9.キッス ♡ 食事 → ハプニング
「我々3人で、魔王様と
〝愛し愛される結婚〟の前章として。
今まで一度も恋をしたことがない……どころか。
異性に対してどこまでも
「まずは我々に対してドキドキしていただくこと――恋愛のキッカケづくりのためにも、まずは
聖女は極めて清らかな笑顔を作ってそう言った。
「まるでキスが〝最初の一歩〟みたいに言ってるけど……本来は恋愛の中でも、ある程度進展してからの行為だからね⁉︎」
勇者がどこか恥ずかしそうに物申す。
「あらあら。勇者様、恋愛経験が豊富とおっしゃる割には、随分と
「うっ……あ、あいにくあたしの恋愛はイチズだったのよ。悪い?」
「悪くはありませんわ。とっても理想的です。ですが――今の世の中は、理想だけでは生きていけないことも事実です」
「それは認めるけど……聖女様の口からは聞きたくはなかったわね」
「人の世は
「聖女様⁉︎ 過去になにかあった⁉︎」
勇者は聖女が見せた闇の片鱗に突っ込んでみた。
しかし聖女は透明感のある笑みを崩さない。
「さてさて、クウルスさんはいかがですか?」
聖女の提案に、淫魔は渋々も賛同した。
「私以外の女と魔王さまがキスをするのは、納得いかない。けど……このままじゃ、
「交渉成立ですわね。それでは早速、我々3人で――」
「ちょっと待ちなさいよ」と勇者が言う。「さっきから〝3人で〟って強調してるけど……あたしも入ってるの?」
「あら? モエネはそのつもりでしたが」
「あたしはパスって言ったでしょう⁉︎」
「ですが、勇者様も旦那様との相性が〝ばっちりイイ〟とのことでしたので……」
「いやよ! あたしが魔王と、き、キッスなんて……できるわけないじゃない!」
「あら、あらあら。頬が果実のように染まっていますわ。頭の中で旦那様との接吻を想像されましたか?」
「す、するわけないでしょう!」
というものの、勇者の頭からは蒸気が噴き出している。
「ていうか! あんた、キスならもう会った瞬間にしてなかったっけ……?」
「あら? あのようなものは接吻のうちに入りませんわ」
「え?」
「これからするのは、」聖女は自らの桜色の唇に指先を這わせて言う。「――もっとオトナの、接吻ですわ」
「おとなの、キッス……!」
うー、と勇者は頬の赤みを強める。
「あらあらあら」聖女が手を口にあててはやし立てる。「勇者様、またご想像されてしまいましたか?」
「してないってば! してたまるもんですか――って、そういえばさっきから
勇者が気づいて振り返ると。
そこでは淫魔が思いっきり魔王とキスをしていた。
「めっちゃキスしてるーーーーー⁉︎」
勇者がツインテールを跳ねさせながら叫んだ。
「んっ……ふう……ごちそう、さま」
淫魔は名残惜しそうに唇を離して、満足げに手の甲で拭った。
「クウルスさん! 抜け駆けですわよ!」と聖女が頬を膨らませる。
「抜け駆けもなにも――べつに、いつもどおり」
「いつも通り……?」と勇者も顔をしかめる。
「こっくり」と淫魔は頷いて、「魔王さまと、キスは――昔から、してる」
「な、なんですって⁉︎」
「何度も、してる」と淫魔は繰り返す。「私は淫魔――私にとって、キスは、食事と同じ。みんなが生きるために食べるように、私は生きるために――キスをする」
「なんか名言っぽく言ってるけど!」
「なるほどですわ! 種族が違えば接吻の価値観も異なってまいりますものね」と聖女は手を打った。
「あんたはどっちかといえば
「それにしても、困りましたわね……」
「なにが困ったのよ?」
「クウルスさんが食事のたびに接吻をされているということは……旦那様にとって、接吻は
そこで「あ」とモエネは勇者を見つめた。
「嫌な予感しかしないけど、なによ……?」と勇者が訝しんだ。
「勇者様はまだ、魔王様と接吻をされていなかったかと」
「ほら嫌な予感きた!」
「物は試しと申しますし。もしかしたら、非日常な〝勇者様との接吻〟でなら旦那様をドキドキさせることができるかもしれませんわ」
「そんなことあるわけ――って、ちょっと⁉︎ 押さないでってば!」
嫌がる勇者のことはこれっぽっちも気にせずに。
聖女はその背中をぐいぐいと押した。
進行方向にいるのは、もちろん魔王で。
「ぬ? なんだ、貴様も腹が減ったのか?」
「ほら、聞いた⁉︎ あたしがキスしたところでドキドキなんて無理よ! こいつの中で、キス=食事ってなっちゃってるもの! だから……や、やめてーーーーーーー!」
勇者と魔王との距離が次第に短くなる。
互いの唇がまさに触れあいそうになった刹那。
勇者は思いきり身体をひねり――そのまま魔王を巻き込んで、転倒してしまった。
「きゃあっ⁉ いたたた……って、え?」
勇者は腰の下に違和感を感じた。
おそるおそる首を傾ける。
そこには。
「え、え……?」
勇者の尻のまさしく真下に――
そして本日、勇者は短めのスカートを履いていて。
つまりは現在、魔王の顔と勇者の尻の隙間を唯一埋めているのは。
「~~~~~っ⁉︎」
紛れもない〝パンツただ一枚〟だった。
「まあ!」
聖女はその光景を前にして。
白い掌を口の前で広げ爽やかな声色で言った。
「この体勢は
「いっ、」
硬直していた勇者が、世界を引き裂かんばかりの大声で絶叫した。
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
限界まで溜めて弾けたバネのような勢いで勇者は魔王の上から飛び退く。
彼女の顔は果実どころか、マグマよりも真紅に染まっている。
「んっ、なっ、なっ、なああああああああ……⁉︎」
口をぱくぱくと開閉し、眼をぐるぐると渦巻かせる勇者に対して。
聖女はどこまでも愉快げに言った。
「あら。あらあらあら。勇者様ったら。あれだけ接吻を遠慮なされていたのに――
「ち、ちがっ! これは、不可抗力で……!」
「不可抗力でも現実ですわ」聖女は胸の前で指先を組んで言った。「勇者様渾身の色仕掛けですもの! 流石の魔王様でもドキドキされたのでは?」
「はっ⁉ ま、魔王――」
勇者はぎくりと身体を震わせて。
先ほど突き飛ばした魔王がいる方角を振り向く。
(そ、そりゃそうよね。ハプニングとはいえ、
「ぬ。そういえば――」
しかし魔王は。
いつものきょとん顔を浮かべて。
ただただ淡々と感想を述べるのだった。
「なんだか妙に湿っていたな。汗か?」
「汗よ!!!!!!」
勇者はいよいよ全身を真っ赤にして叫んだ。
「……痴女」
ぼそりと淫魔に言われた。
「誰が痴女よ!!!!! っていうか淫魔に言われたくないわよーーーっ!」
勇者は頭を抱えて大量の湯気を噴出させる。
「うーーーー……! みんなのばかああっ! 忘れてっ!!!!」
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