魔王さま、婚活中! ~世界のために嫁を作れ~

ささき彼女!@受賞&コミカライズ決定✨

1.出逢い ♡ 決闘 → お約束

「とっても――平和ね」

 

 穏やかな森の水辺で女勇者が独りごちた。

 彼女は下草の茂る地面に寝転がり、日なたぼっこをしている。


「こんなふうに平穏な世の中が、いつまでも続けばいいのに」

 

 女勇者――【シルルカ】は上半身を起こした。

 薄紅うすべに色のツインテールがふわりと空に舞う。

 腰に刺した大剣ががちゃりと音を立てた。

 

 そんな彼女の目に映ったのは、豊かな自然の風景だった。


「心地よい太陽の日ざし。清流の澄んだ水音。揺れる樹々の緑葉。そして――


 彼女が視線を移していった先には――

 明らかに異質な【黒ずくめの男】が立っていた。

 マントを羽織り、頭には2本の立派な角が渦巻くようについている。

 

「へ? ……ま、魔王ーーーーーっ⁉」


 勇者は目を剥き絶叫した。


「ぬ? このオーラは――貴様、勇者か」

 

 魔王が気づいたように言った。

 黒く長めの前髪の奥で、紫色の瞳が怪しく光る。

 

「ど、どうして魔王が、人間界の中でも安穏な森こんなところに居るのよ……⁉」

 

 勇者は困惑しながら首を振る。


「でも、現実として居るんだから仕方ないわ……! こんなに早くに遭遇エンカウントするなんて思ってもみなかったけど、これも世界の平和を守るためよ!」


 勇者は覚悟を決めて大剣を引き抜いた。

 その初撃を。

 

「うー……! よく、かわしたわね……!」


 魔王は外套をひるがえしながら、なんなく避けた。


「ほう。良い剣筋をしておる。だが……には届かぬな」

「ふん! これで終わりじゃないわ――〝刃剣連撃ブレイドラッシュ〟!」

 

 続いて勇者は大剣を握りなおし、激しい乱打を繰り出す。


「ぬ……手厳しい歓迎だな。よもや出迎えられるつもりもなかったが」

 

 魔王は溜息交じりにふところから小剣を取り出すと。

 どこまでも流麗な所作で打ち合って、勇者の剣のすべての衝撃をいなした。


「うそ、でしょ⁉ 勇者のスキルで強化したあたしの剣は、一撃一撃が岩山も砕く威力なのよ……⁉」


 うー、と勇者は顔を歪ませ距離をとって。

 乱れた呼吸を深呼吸して整えたあと。

 目をつむり――

 

 精神を、次なるスキルの発動に集中させる。


「仕方ないわね。まだ一度も成功したことはないけど……やるしかないものっ」


 勇者を中心に様々な魔法陣が数多あまた、展開されていく。

 彼女が発するオーラで周囲の森が揺れ、轟々と唸り始めた。


「究極剣技魔法――〝世界大絶斬ワールド・ブレイク〟!」


 偉大なる術式の明滅の果てに。

 勇者は全身全霊の魔法を完成させる。


完了できた……! これで終わりよ、魔王ーーーーーっ‼」


 彼女が輝く剣を大きく振りかぶった刹那。

 それまで飄々ひょうひょうとしていた魔王の表情がついに揺らいだ。


 しかし、そこに滲んだ感情は――


「ふむ、流石は勇者だ。余がこれまで見てきた剣技の中で、最も秀麗で――劇的だ。これは受けるのがたのしみだな」


 どこまでも無邪気で、純粋な、のそれだった。


「え……っ⁉」


 世界を真二つにしかねないほどの大剣技を前にしてもなおわらうという。

 あまりにな表情の変化に、勇者の背筋がぞくりと震えた。

 

 しかし振るった剣はもはや止まらない。

 空をつんざく覇気をまとった彼女の太刀たちは、びりびりと空間を歪ませながら魔王へと亜音速で迫る。


「――っ‼」

 

 衝突。轟音。振動。舞い上がる土砂。

 巨大な隕石の落下にも勝る超常たる激動の後に。


 すり鉢状に生じたクレーターの中心から。


「ふむ。やはり素晴らしい一撃だ。しかし、余を殺すには――あと1000年は修行が足りぬな」


 などと。

 どこまでも逸脱した規模感の台詞を吐きながら。


 ――徹底無傷の魔王が現れたのだった。


「なっ⁉ 勇者あたしが放てる最大級の剣技魔法を受けて……かすり傷ひとつ、負ってないってわけ……?」


 勇者は信じられないように目を広げる。

 全身が震え、毛穴から冷や汗が流れだす。

 顎下に溜まった水滴がぽたり、地面に黒い染みを作った。


 彼女の全身に走った衝撃――それはまさしく〝絶望〟だった。

 

「うーーーー……!」


 勇者は唇を噛み、瞳を潤ませる。

 敗北。そんな勇者にあってはならない二文字が頭を掠める。

 

 こんなところで。勇者が。魔王に。負ける。即ち。


 ――世界は、滅びかねない。


「ふむ。次は余の番だな」


 魔王は顔にかかった漆黒の髪を払いながらそう言って。

 軽やかな身のこなしでその場からと――


 次の瞬間。


「きゃっ⁉」


 突如として勇者の背後へと現れて。

 そのまま勇者を地面に組みふせた。

 

(ああ、これで終わりなのね――)

 

 勇者は唇を噛み締め覚悟を決める。

 同時に目から涙が溢れた。

 大粒の雫は頬を伝い、地面にぼろぼろと落ちていく。

 

「……、けて……」

「ぬ?」


 勇者の口から自然と零れた言葉に、魔王は首を傾げた。


「お願い、助けて……なんでも、するからっ」


 魔王の口の端が不気味に上がった。


「ほう――、か」

 

 勇者がはっと目を見開く。

 

(し、しまった……思わず命乞いしちゃったけど、相手は魔王だったわ……!)

 

 後悔しても遅いが、それでも、と勇者は思う。

 命に代えられるなら。世界に代えられるなら。

 どんなことだって――

 

(でも一体、どんな要求が……あんなことや、こんなこと……うー……やっぱり、怖いっ)


 勇者は全身を震わせた。

 間近には、どこか中性的で整った魔王の顔。

 紫色の瞳はまっすぐに勇者のことを捉えている。

 心臓がどくどくとうるさい。

 

「そうか。それならば――勇者よ」


 先ほどの衝撃による地響きがおさまった頃合いにようやく。

 魔王は陶器のような唇を動かして。

 

 

「余の、こ、〝婚活〟を――手伝ってはくれまいか……?」

 

 

 などと。

 頬を赤らめながら言ってきた。


「………………」

 

 そして。

 たっぷりと間を取ったあとに。



「――は?」



 勇者は思い切り顔をしかめた。


 

     ♡ ♡ ♡


 

「魔王――あんたの名前は?」

「エデレットだ。エデレット=ジーク=ディトーニア」

「あたしはシルルカ。どうして、」

「ぬ?」

「どうしてあんたは婚活――それもの結婚相手を探してるわけ?」

「世界を救うためだ」

「え?」

「世界を――救うためだ」


 魔王は繰り返して、口の端を緩めた。


「ふうん……世界でも、滅ぼすつもりかと思った」

「ふむ。魔王だけに、か」と魔王は皮肉に言った。

「魔王だけに、よ」と勇者は皮肉に答えた。


 森の湖畔で対峙するふたりの間を、冷ややかな風が吹き抜けた。

 

「魔族と人間族との争いに、終止符を打ちたいのだ」と魔王は続ける。

「それと婚活に、どういう関係があるわけ?」と勇者はいぶかしげに目を細める。

「簡単なことだ。魔界の最たる者である余が、人間との間に婚姻関係を結べば、それこそが両種族間の、世界の――つまりは平和の架け橋となろう」


 へいわのかけはし、と勇者は小さく呟く。

 その魔王とは程遠い単語を、彼女は繰り返す。


「しかし恥ずかしながら、余はこれまで恋愛というものの経験が皆無でな。そこで頼んでみたのだが……貴様、恋愛の経験はあるか?」


 勇者はそこで顔を果実のように紅く染めた。


「あ、ああああ当たり前じゃない! あたしは勇者よ? そんなのに決まってるわ」

「ひどく動揺しているが大丈夫か……? しかし、ならばちょうどよかった。世界のために手伝ってくれるな? 豊富な恋愛経験をもつ、勇猛果敢な勇者よ」


 うー……、と勇者は火照った顔に掌で風を送る。


「ふうん。世界を救う、ね」

 

 魔王と目が合った。

 その似つかわしくない真摯な瞳に、勇者は吸い込まれそうになる。

 

「……安心して。あたしは元からそのつもりよ。勇者だけにね」


 続けて彼女は深く息を吐いてから言った。

 

「受けて立とうじゃない。世界のためにかなんだか知らないけど。魔王のあんたが本当は何企んでるか分かんないけど。それでも、あんたの理想の結婚相手とやらを見つくろってあげるわ。それと……助けてもらっておいてなんだけど、これだけは言わせて」


「ぬ?」

 

「あたし、魔王あんたのことだいっきらいよ――


 

 

     ♡ ♡ ♡


 


 こうして恋愛経験が〝すごい〟と自称する女勇者は。

 恋愛経験が皆無で――どこまでも常識の通じない魔王の婚活を、手伝うことになった。



 

 ――世界を滅亡から、救うために。


 

 

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魔王様と婚約者候補の少女たちが巻き起こす、

ドタバタ×異世界ラブコメ、開幕です――


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(執筆の励みにさせていただきます)

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