魔王使いの勇者〜勇者に救われた魔王は共に世界を変える〜

Siranui

第一話「勇者と魔王」

 遥か昔、一人の勇者が魔王を倒した。魔王は骨の髄すら残さず消え去り、世界に平和をもたらした。


そして勇者は英雄として世界から称賛されることとなった。これでもう争いのない平和な日々が続くーー






と、思っていた。一人の少女を助けるまでは。






あれから約2年後のことだった。


 僕ーーアストレア・レーズヴェルトが今住んでいるこの街「リブリス」は、自然溢れる豊かな田舎町だ。


今の僕なら王国に住んでも誰も否定しない。なんなら僕も王国に住めばちゃんとした衣食住も武器も自由も手に入るし住みたいとも思っている。でも、僕にはここに住む理由がある。それはーーー




今から約13年前 リブリスーーー


「きゃぁああああ!!!!」


「うわぁぁぁあああ!!!」


ある日、この町は魔王軍によって侵略されていた。攻撃によって街は焼き尽くされ、一瞬にして火の町と化した。小さな町だから尚更だった。僕はこの町で産まれ育ってきた。だが、両親はこの襲撃によって火の家の下敷きとなって死んでしまった。


「……アストレア。ごめん…ね……。まだ…小さ……いの…に……こんなことに………なるなんて…」


「……生きてね…私の……可愛い…弟くん………」


「母さん!姉さん!!……待ってて、今助けるから!!」


そうは言いつつも僕の家は全焼だ。父さんも母さんも姉さんも下敷きにされている。たまたまおつかいに言っていた僕だけが救われた。何でこうなったのか。何で僕だけが生き残らなきゃいけないのか。僕に天罰が下ったのか。悪行一つも犯さなかった僕に。それともこれは抗えない運命なのか。


それでもひたすら燃え崩れた家の木を力いっぱいどかそうとした。手が焼けるように熱い。そんなの気にしている場合じゃない。父さんも母さんも姉さんも全身を押しつぶされながら熱い思いをしているんだ。これくらい軽いものだ。


「うっ………ぉぉぉおおおおおお!!!!!!」


どれだけ力を入れてもびくともしない。すると、僕の頭上から家の屋根部分が落ちてくる。


「アストレア、そこから逃げろ……!!」


「…!!」


父さんの声と同時に更に家が崩れる音がして、僕は頭上を見上げる。


ドサドサッと屋根が崩れ落ちた。下敷きにされる前に僕はとっさに避けた。振り向くとそこには家族の姿は無かった。


「父さん!!母さん!!!姉さん!!!」


僕は泣きながら家族の名を叫んだ。しかし返事は返ってこない。もうこれだけ崩れてしまえば救う手段は無い。両手も先程の行動で黒く焦げている。恐怖で体が動かない。助けを呼ぼうと思ったが、王国からここまで馬車で行っても2、30分はかかるので無理だと思った。もう僕は自分の惨めな運命を恨むことしか出来なかった。


「くそっ……ちくしょう……!!ちくしょぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」



 そう、ここは僕の故郷であり、ここの唯一の生存者が僕だけなのだ。だから僕は唯一のリブリスの民としてここで過ごすと決めたのだ。決してこの町から離れない。ここには僕の家族やあのときの皆がいるようなものだから。


「……行ってきます、皆」


僕は背中に剣を背負い、食料を仕入れるためにリブリスを後にした。




「はぁっ……!!」


 森の奥から襲ってくる熊を剣で斬る。この森は毎年熊が大量に出没し、町の農作物や民家に多大な被害が及んでいる。なのでこの町を守るという意味でもこの熊狩りは日々欠かさず行っている。そしてこの熊がまた肉にして焼けば美味なんだよ、これが。


「…よし、今日はこの辺にするか」


そう言って剣を鞘に収め、今日の分の熊をロープできつく縛り、引きずりながら帰ろうとしたときだった。


「きゃぁぁぁああああ!!!!」


「悲鳴…!?」


……今の悲鳴は東から聞こえた。熊に襲われているかもしれない。そう思って僕は悲鳴が聞こえたところまで全力で走った。


「なっ……!!!」


そこに見えたのは血だらけの一人の少女だった。その近くにいるのは……


「に…人間……!?」


人だった。黒いフードに両手には血塗られたナタが見えた。


「こいつ……!」


そうだ。こいつはあの子を殺す気だ。放ってはおけない。


「おいおい待てよぉ。親も逃げ場も無くしたあんたに待ち受けるのは1個だけだぜぇ?」


「うっ……ぐすっ……」


「さぁあてとっ、…すぐにやらねぇと厄介事になっちまうからよぉ…お陀仏させてもらうぜぇ??」


「ゔっ……、だすっ、けて……!!」


「助けを呼んだって無駄だぜぇ、お嬢ちゃん。早く父ちゃん母ちゃんと同じとこに逝った方が楽だろぉ?」


「ゔぅっ……!!!」


「あばよぉ…!!」


「きゃぁぁぁあああ!!!」


少女が再び悲鳴をあげる。ナタが少女の首を掠める寸前ーーー
















ガキィィンッ!!と甲高い鋼が強く交わる音がした。


周囲には火花が散らばった。


「なっ……!!」


「………。」


「てっ…てめぇ……何モンだぁ??」


「お前のような者に名乗る名は無い。あえて言うなら通りすがりの剣士とでも言っておこうか」


「剣士だぁあ??ボロボロの服着てるお前ごときがって……何…!?その剣は……」


「だから言っただろ。僕は剣士だと」


そう言い残して僕は容赦なく黒フードのオトコに剣を振った。男は右のナタで僕の剣を受け止め、左のナタで僕の心臓を突きつける。


「その剣の腕で人を殺すとはな…お前正気か?」


「なんだとぉっ…!?」


瞬時に僕はナタを強く弾き返し、全身をねじって右上から振り下ろし、回転斬りを放った。男の心臓を一刀両断……とはいかなかったが、深い傷をつくった。そこからは大量に出血している。


「ぐはぁっ……て、てめぇ………!!!」


まるで凶人のように僕にナタで斬りつけようとしてくるが、後ろの少女を守りながら容易くナタを弾き返し、剣を男の腹に突き刺した。


「がっ……!!」


「終わりだ。これがお前の悲惨な運命の慈悲だと思え」


そして、剣で突き刺した腹を顔面目掛けて斬り上げた。この技は「クライムスラッシュ」。修剣学院では剣術の基本として教わる技だ。対象を突き刺し、斬り上げる。至って単純な技だが、この程度の敵なら致命傷を負わせることくらいは出来る。


男は体が半分分かれた状態で倒れた。当然もうびくともしない。


それを無視して僕は少女の方を向いた。


「大丈夫かい?」


少女は泣きながら強く頷いた。だが、少女の体には男のナタで斬りつけられた傷が数ヶ所ある。一人では危険だ。


「仕方ない…じゃあ、僕の家まで一緒に行こう」


少女の家がどこにあるかは分からない。遠くにあるかもしれないし、最悪無いかもしれない。どれであれ、ひとまずは僕の家で休ませたほうが最善だ。


「う……うんっ……」


「さあっ、背中に乗って」


少女は少し弱々しく僕の背中に乗った。僕はそのまま家へと向かった。




あ、あの熊置いてきちゃった。



「………。」


 ひとまず家に着き、少女を寝室で寝かせている間に僕は先ほど狩った食料の熊を引きずって戻ってきた。皮を剥ぎ、肉を抽出している途中に寝室から物音が聞こえた。


「…!!」


僕はとっさに寝室へと向かった。ドアを開けた途端、一人の少女がベッドで起き上がっているのが見えた。


「はっ……!?」


ただ、今の僕は少女に対し、無事で良かったという安心感とあの傷が既に完治してることの驚きが混ざりあった感情が顔に出ていると思われる。というかそう心で思っている。


「君は……一体………」


僕の表情を気にせずにベッドから出た少女は、僕の前まで来てすぐさま手を握ってきた。


「……まさか、勇者であるあなたに救けられるとは思いもしませんでした」


「……????」


い、いきなり何を言っているんだ、この子は。てか明らかにこの幼い容姿から言えるような言葉ではない。


そして驚いたのはその後だった。


「私はかつてあなたに倒された『魔王』セシリア・ギャン・アフェムストムと申します、勇者アストレア・レーズヴェルト殿」


は……??魔王……??この子が…?僕が助けたこの少女がかつて僕が倒した魔王だと……???


「わけわかんないよ……」


「?どうかしましたか?アストレア殿。」


「ま、待ってほしい!君はそんな魔王なんかではない!!魔王ったらもっと…怖い姿をしているだろ?なぁ…?」


「……これでも私はかつて君の刃に斬られた魔王です。あの頃の記憶は鮮明に覚えています。ですが、今となってはあなたは私の命の恩人です。恩人に尽くすのは当然のことです!」


………もうここまで言われたらこの子……セシリアちゃんはあの時僕が倒した魔王だと認めざるを得ない。ここまで敵に説得力ある言葉を突きつけられるとは思わなかった。


「ええっと……とりあえずセシリア……さんが魔王なのは分かったよ…。で、僕に尽くすってどういうこと?何で敵に恩を尽くす必要があるの?」


「あなたは…アストレア殿は今のか弱い私のことを助けてくれた…もしあのまま助けに来てくれなかったら今頃私はあの男にナタで斬り殺されていたでしょう…ですが、あなたは助けてくれた…たとえあの時の敵だろうと関係ないのです。あなたが私を助けてくれた。それだけで、私はあなたに尽くす義務があります!」


………もう、何でもいいや。少なくともあの魔王が味方になってくれたんだ。それだけで前代未聞のことだ。


このまま尽くして貰って静かに暮らすのも悪くない。ここであの時の魔王軍の話も聞きたいのもあるしな。


「分かった、セシリアさん。今日から君は僕の相棒ってことで……いい…かい……?」


相棒って言葉がここまで合わないとは思わなかった。だって敵だぞ!?魔王と勇者がタッグを組むという今までの冒険ファンタジーでは有り得ない話だ。

するとセシリアさんは突然小さな体から魔族の翼を生やし、僕の目線を合わせてきながら言った。


「相棒…より、私はあなたの使い魔になるのです。さあ…手を握ってください、勇者殿」


「つ…使い魔……!?」


何だそれ。こんなことしたらあとは静かに暮らして天国行くまで田舎生活でこの冒険は終わるぞ。それとも、彼女なりの理由があるのか…?


セシリアさんは僕のその心を読み取るように言ってきた。


「…はい。私なりの理由ならあります。実は最近、王国が再び混戦状態になっています。そこには魔族はもちろん、人間や他の種族の者たちも巻き込まれています。確かに私はかつてこれと同じようなことをやってきた。だからこそ、もうこれ以上無意味な争いを終わらせたいのです!魔王軍とはいえ、私のように争いたくない魔族だって多くいます!!なので、勇者殿!是非私と契約を結んで、私を使い魔にしてほしいのです!!」


「……!!!」


また、あの争いが起きるのか。しかも今回は規模が違う。最悪この星が消えることになるかもしれない。だが、それでも彼女は敵だ。それは勇者を名乗った僕として譲られない。だけど、そんなこと言っている場合ではないかもしれない。またあの時みたいに……これ以上大切な人を失いたくない。今は何よりこの気持ちが一番強かった。


「……やっぱり勇者として、敵である魔王の君と共に戦うのは正直乗り気が起きないけど…それよりもこれ以上大切な町を…仲間を……皆を失いたくない……!それらを守れるなら、僕は魔王と共に戦うことになッテも構わない!だから……魔王セシリア!!この町を……大切な仲間を…大好きなこの星を守るために……俺と共に戦ってほしい!!」


「ふふっ……私から誘ったのに…何故あなたが誘うのですか?」


僕の一生懸命考えて得た答えを魔王は優しく微笑んで受け取った。




そして、契約は成立したーーー

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