リタイア英雄 ~地方領主からのリスタート
狭間夕
プロローグ
プロローグ
大陸の東、ラナール地方には英雄と二人の将軍が暮らしている。
英雄、ロイ=フェルディナンド。
天才軍師、セリアス。
悪魔の女将軍、ベアトリス。
今は三人とも引退しているから、領主、
はず、なのに。
「領主様、トロールが攻めてきます」
「……うん? あれ、おかしいな」
元英雄の『ロイ=フェルディナンド』は首をかしげていた。
話と違うからである。
隠居先は、とても平和で、
これは、おかしなことだった。
「なあ、セリアス」
ロイはソファに座って平然と本を読んでいる
「どうして、トロールが攻めてくる?」
「オークが指揮しているからです。トロールに戦争の意思はありません。オークが先導しているのです」
セリアスは本から視線を外さない。さも、当然のように言ってのけた。
「いや……そういう意味じゃない。どうして平和でヒマな場所に、トロールが攻めてくる?」
「それはここ、ラナール地方が豊かな土地だからです。盆地で水も豊富で、気候も温暖です。周辺勢力からすれば、ラナールが欲しくてたまらないわけです」
「……あん? 周辺勢力って何だ? ここは独立した、争いとは無縁の中立国家なんだろ?」
「ええ、中立ですよ。少なくとも、私達は中立だと思っていますが――侵攻してくる側には中立なんて、関係ないんじゃないですかね」
「……あの、領主様」
部屋の入口で、扉の外に立ったままのメイドが二人の会話を
「それで、トロールを先に始末しますか? それとも、食後のデザートを食べてからにしますか?」
メイドは両手をスカートの前に
メイドは、かつて『最悪の女将軍』として恐れられた、女悪魔だった。
「え、あ~、トロールは、どの辺にいるんだっけ?」
「国境、二キロ前方の物見砦からの報告です。せっかく入れたコーヒーと、アップルパイが冷めてしまいます。よろしければ、私が行ってきますが」
「じゃあ……頼もうかな」
「はい。では、こちらをどうぞ」
紫髪のメイドはワゴンからコーヒーとデザートを部屋に運ぶと、一礼して、パタンと扉を閉めた。
しばし、沈黙が部屋を包む。
ロイはコーヒーに口をつける。それから、形がぐちゃぐちゃの、リンゴが飛び出してぺしゃんこに潰れているパイを見て、ため息をはいた。
「……なあ……セリアス。お前、知ってたな」
「そりゃあ、ベアトリスに料理は無理でしょう。彼女は一騎当千の
「違う。ラナールだ。どこが平和だ」
「以前に比べたら、だいぶ、平和になったじゃないですか。暇にならないように気を
セリアスは、本から視線を外さない。
ロイは、もう一度、ため息をはいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方、その頃。
ラナール南側にある国境の門では――
「あんなデカブツ、どうしろってんだ!」
てんやわんやになっていた。
「やっと独立して、落ち着いてきたところなのに……」
「この前にオークどもを撃退したから、
「俺、あんなの無理だって。もうおしまいだ、ラナールは終わりなんだ!」
兵士達の
破壊された門の向こうには、数十人のオークの群れ。その最前列には、五メートルほどの緑色の巨人。トロールの、ズン、ズンという地響きが兵士達の心臓にも伝わってくる。
「せっかく再就職先を見つけたばっかりだってのによぉ……」
独りだけ、威勢のいい男がいた。
彼は
「ここで追い返せばいいだけだろ。戦場ではトロールなんざ、めずらしくもない。みんなで固まって陣形を組めば多少は抵抗できる……って、あら?」
ドガン!
勇気を奮い立たせる発言もむなしく、トロールが上から
「無理だぁぁぁ!」
「勝てるわけない!」
「お前ら! 待てって!」
町の方向へ、敵とは真反対の方向に走っていく兵士の群れ。
「ふあぁははは、腰抜けどもめ。全員、突っ込め!」
「させるかよ!」
オークのボスと、一人の傭兵が剣を交えた。互角の
棍棒が頭上から、影となって落ちようとする。
さすがに厳しいか、と男が思った瞬間に――
逃げる兵士の群れを逆走する、紫色の疾風が視界を追い越した。
謎の影はそのままトロールに突っ込むと、
「はぁぁぁぁあ!」
右の拳を一閃。
まるで風船を殴るかのようにして、緑色の巨体を豪快に吹っ飛ばした。
……
……
しばらく、時間が止まる。
男も、オークも、何が起きたのか、よく分からない。遠くで大の字にへばっているトロールの
「どうか、お引き取り下さい」
メイドはスカートをパンパンと払い、両手を
「訪問のご予約が、入っていませんので」
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