ep10 ゾシモス

――ピンポーン!


はい、背中に感じる温もりは間違いなくあの女。

財園和雨のものだった。

今日はこれからイベントだというのにこのタイミングで来るのか。


「フフフ。イベント前だからこそ、少し話をしに来たのよ?」


「そうかい。」


最早何も言うまい。

毎日のように来ては毎度背中から抱き着いてくる彼女のことはもう“そういうもの”として受け入れたほうが楽だ。


「しかしこのタイミングできたってことはRANK5が出てきたと?」


現実世界でスキルが使える条件は恐らくRANK5ということになっている。

それはシスターとキャンディナ、そしてショコレータの3人がそうだったためだ。

そしてMOBAをしながらバンデットに聞いたところ、彼もまた同じように使えるそうだ。(もちろん砂嵐を起こせたり周囲の砂漠化なんてこえぇから使わないと言っていたが。)


「あなたのところのバンデットもそうでしょう?今回私のクランに誘ったメンバーもRANK5にしたから。……フフフ、楽しみにしておいてね?」


「現実でスキルを使えるのは全部囲い込んだのか?」


「さぁ……?でも、ゾシモスの目的が“スキルを使える人間の量産”だとすれば……イベントによってその数は増えるでしょうね。」


ミスティカ・アナザーワールドの開発元、ゾシモスの名を出したことでショコレータは疑問を口にする。


「そういえばゾシモスの本社ってどうだったんだ?どうせ調べたんだろ?」


「……そうね。この話はしないつもりだったのだけどね。」


そう言って財園がゾシモスへ向かったときの話を聞くことになった。


「まず、私が向かった本社ビルは9階建てよ。それは工事を請け負った会社にも聞いたから間違いないわ。」


「なんでそんな話を?」


「私は本社ビルに一人で乗り込んで、受付に“社長を出せ”と言ったわ。8階に居るって聞きだしてからは真っすぐ8階を目指したの。」


「……おい、オカルト的なホラーか?」


「そうよ。8回にエレベーターは止まらないし、階段を使っても7階の上は9階だし、9階の下は7階だったわ。」


そんなジャパニーズホラーというか、学校の怪談みたいな話を聞いても正直もはや驚きもない。


「まぁ、こんな超能力者製造機を売ってる会社だしそれぐらい有り得るだろ。もう俺は驚かないことにしたぞ。」


部屋の片隅の銀の椅子、ミスティカ・アナザーワールドのゲーム筐体を一瞥する。


「……フフフ。慣れても結構怖いのよ?他の社員さんが普通に8階に辿りついているのに自分はいけないっていうのは……ね?」


「それで?それで終わりじゃないんだろ?」


「フフフ……もちろんよ。私へ直通の連絡先を残しておいたらちゃんと連絡がきたわ。」


「マジ?会う気がないなら連絡なんて来ないだろうに……。」


「出入り口に人を置いていたからビルを出られなくなったんでしょうね。そんなことはやめろと言われたわ。」


「結局連絡貰ってからも置いてただろ?お前のことだし。」


「秘密よ。でも連絡の内容の方が大事なの……彼、ニコラス・フラメルと名乗った男は“魔術師を量産する”のが目的だと言っていたわ。」


「……。」


「黙らないでよ。私たちは魔術師になって、そしてあのゲームが魔術師量産機だってわかっただけでも儲けものよ?」


「まぁ、なんだ。ニコラス・フラメルって名前も偽名だろうしな……。」


そう呟いたそれに財園は否定の言葉を投げる。


「いいえ、そもそも会社名のゾシモスも錬金術師の名前よ?だから“魔術師じゃなくて錬金術師じゃないの?”って聞いてみたわ。」


「まさか……?」


「流石に答えなかったわ。でもアレイスター・クロウリーという名前には嫌悪感を持っているようだったわ。通話越しでもそれだけは嫌そうな声で否定していたから間違いないと思うわ。」


「……本当に魔術師とかいうものが存在したのかよ……おれは科学を信じるぞ!科学最高!文明最高!文明開化の音がする!」


「適当に狂わないの。でも間違いなくこのイベントの後は隠し通せなくなるわ。だからどこかに隠れるべきよ。」


「マジかぁ……。」


「ウチのシェルターに来る?ご飯もお風呂も全部あるわよ?」


「マジかぁ……。」


身の安全のために財園の世話になる?……気が進まねぇよ。


「あ、そうだ!」


「なんだよ……?」


「悪魔の住む島を見つけたわ。イベントが終わったら一緒に行きましょう?」


「マジ!?」


この男、少々単純な男である。

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