ep25 所詮野郎よ
――ジャー!
皿洗いの間に財園はシャワーを浴びてくるそうだ。
だから今は比較的自由な時間、心の平穏を守れる時間だ。
「はぁ。」
溜め息が出る。
何故こんな生活をしているのだろうか。
あの女に良いようにされているのはどうなんだ?
そんな気持ちになってしまうのもしょうがない。
先ほどの食事風景まで配信されるせいで毎日のようにもう落ちたなどと呼ばれている。
――ヒシッ!
音もなく後ろから抱きしめられるのにも慣れてしまった。
シャワーで上気した彼女の匂いがボフッと撒き散らされる。
甘い匂い、それでいて温かい。
これだけで負けた気になってしまう。
「邪魔だぞ。」
こちらの言葉を無視してさらに抱きしめる手を強める彼女は自由すぎる。
「フフフ。嫌なら振りほどけばいいのに。そんな気もない癖に。」
ギュッと抱き着く彼女の匂いが鼻腔をくすぐるどころか蹂躙してくる。
頭がくらくらしそうだ。
そんな感情を押し殺して話をする。
「RANK5は増えたか?」
「ぜーんぜん。フフフ、まぁそれもあとどれだけ続くかって所だけどね?」
「そうか……そっちは新しいスキルを覚えたのか?」
「知りたい?」
背中からニヤニヤとした笑顔を向けてくる。
なんとなく怖い。
思考を読んでみるかと思うがそれもまた怖い。
――ペト
――ペチペチ
――ペチペチペチ
あぁ、これか。
そんな風に思うのもどうかと思うが。
だがこれはこれでこの女が持っていい能力じゃない気がする。
「触手?」
体中をまさぐられる感覚。
明らかに手で触られている感触が体中を這いまわっている。
本人の腕は自分の腹に回され、動いていないのに。
「“デスタッチ”って言うスキルの“再定義”。本来は地面に引きずり込む無数の手を召喚するスキルを私が自由に使える手として召喚する様に再定義したの。」
「つまり、これからは6本腕の格闘家?」
「仕事にもつかえるのよ?まさに“腕が足りない”なんてことが無くなるもの。」
――キュ。
皿を全て洗い終えた。
それと同時に体中を舐めるように触られる。
「……それ気持ち悪いからやめてくれ。」
「フフフ。それじゃあ私は帰るから、しっかり眠るんだよ?私たちは体が資本なんだから。」
まぁ、ストリーマーは体が資本かというと微妙な気もするが頷いて、彼女が出ていくのを見送る。
「後は洗濯してだな……。」
そう呟いて洗濯機へと向かう。
シャワールームへ足を踏み入れた途端、そこにある物に目が奪われた。
「これは……どう扱うべきなんだ……?」
たった一枚の布切れ。
女もののそれは明らかに自分の物ではない。
いや、そもそもこの部屋に来るのはあの女しかいない。
黒く、そしてT字型の布切れに触れてもいいものか、悩む。
「いや、そもそも汚れたものは洗濯しないといけないよな。」
そう言って右手で拾い上げる。
まだ体温の残るそれにビクリと震える。
その柔らかな肌触りが高級な布であることを伝える。
興味を持つな。
洗濯籠に入れてさっさと洗濯機に放りこめ!
「最近……抜けてねぇんだよな……。」
直後、とんでもない言葉を呟いてしまう。
しかしそれもしょうがないのだ。
この1週間、起きればあの女が居て、帰った後は眠気に負けて即就寝だったのだ。
こんな生活のどこにそんな時間があったのか。
今は一人、自分の部屋でプライベートな時間を過ごせるのだ。
今しかないのだ!
「馬鹿野郎!」
――バシン!
空いた手で太ももを強く叩く。
するのはまだいい。だがそうじゃないだろう、あの女でなどそれはあの女への敗北と言っていい。
グシャっとそのパンツを握り、洗濯機に放り投げる。
「フフフ。おっしぃなぁ……。」
真後ろから何の前触れもなく声が聞こえる。
「やっぱり罠かよ!?」
どこかにまだ盗聴器があるのだろう。
そしてこのパンツもまた彼女の罠だったというわけだ。
「私はいつでも待っているんだからね?……フフフ。」
「帰れぇ!パンツ持って帰れぇ!」
洗濯機からパンツを右手で握り、投げつける。
彼女は小さく舌を出しテレポートで帰っていった。
「疲れた……本当に……。」
ところで、別のことを考えていた時に右手についた匂いを感じてしまうこともあるよな?
最高に高まった状態でその右手の匂いに気づいてもそれは仕方ないよな?
まだ負けていないはずなのだ。
むしろ負ける気はないのだ。
絶対に負けないのだ!
「最低だよ……。」
ベッドの上でそう呟いた直後、強烈な眠気に身を任せて瞳を閉じるのだった。
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