ep18 狂おしいほどの感情

部屋は沈黙していた。

ミストールもあの映像を見ていたらしい。

憔悴した様子で体を起こしていた。


「あれが……幽霊か。」


何とか絞り出したその声にショコレータは答える。


「まさかおじいちゃんがあんな男だったなんて、なんて言わねぇよな?」


「それよりもあの幽霊だ!……祖父はあの女を理解していた。だが私には理解できない!何なのだあれは!」


「俺は理解できたよ。あの幽霊の気持ちがな。」


「私には理解できない……なぜ、何故あの女は私を、いや祖父を殺そうとしている?」


それは当然の疑問だった。

しかしそれは彼女という人間の心を考えればわかるのだ。


「まず、ディーという少女はブサイクなだけでなく、あまり体が強くなかったということを忘れてはいけないんだ。そんな少女にとっての幸せはメロゥという幼馴染に歌を聞かせることだった。」


あんな村の様子から、まともな生活を送っていたとは思えない。

そんな中、笑っていられたのは歌があったからだ。そして当然歌を褒めてくれる相手も必要だった。


「だがその“幸せになる手段”でマンハンターに捕まってしまった。」


「マンハンターに捕まっても奴隷になるだけだろう?あんな村よりはいい生活を送れる未来があったはずだ。」


「だがそれを選べたか?彼女は奴隷商人ギルドの粗末な食事に耐えられなかった。あのまま歌を見出されなければ死んでいたよ。間違いなく彼女の歌は“不幸”を呼んだ。」


「だがその歌のおかげで貴族に使えることができた!食事もちゃんとした物をとっていただろう!?」


「それだけでは幸せじゃなかったんだよ。彼女の幸せは“メロゥという幼馴染に歌を聞かせること”だ。言ってしまえば淡い恋心に近い依存体質だ。それが満たされない生活の中、彼女は歌う気力がなくなってしまった。」


そこまで言うとミストールは手でその先を話すのを止めた。


「その先はいい。だがわからないんだ、なぜあんなことをして祖父に憧れる?すべてを奪った張本人だぞ?」


「違うぞ、アンタのじーさんはディーという少女に与えたんだ。メロゥが与えられなかったものをな。」


「それは一体……?」


「メロゥはディーの目の前で美人の女に欲望の限りを叩きつけた。そこでディーは気付いたんだ、“メロゥという幼馴染”が自分を愛することは無いってな。」


「だが祖父は愛を与えたわけではないだろう?何故祖父を求める?」


「アンタのじーさんはディーに価値を見出したんだ“2000万Cの歌声”って言う価値をな。そしてメロゥの命を脅かす行動をとらせたことでメロゥはディーを拒絶した。同時にディーはメロゥの指と、恋人の証である指輪を与えられたんだ。」


「そんなもの……そんなものは贈り物ではない!呪いだ、呪いのような怨嗟でしかない!」


「怨嗟、そうだな。だがディーにとってはそれが重要だったんだ。“歌に価値”を見出してくれた相手は過去のメロゥに重なる存在だ、そしてそんな相手がメロゥとの縁を切らせて指輪も渡してくれた。事実アンタのじーさんの“お気に入り”だったはずだぜ?」


ミストールはやっと理解したようだった。

何とか自分の考えを口にする。


「だが、だがそれでもまだ理解できない部分があるぞ、なぜあんなナイフを置いていく?あれは何だ!?」


「わからないか?ディーという少女の愛情表現だよ。過去、アンタのじーさんに貰ったプレゼントのお返しを渡しているんだ。指の代わりに赤く塗ったナイフでな。明日は指と、そして指輪を片方渡すだろう。そしてアンタのじーさんとディーという少女は対等になれる、告白できる……いや、愛し合えるってわけだ。」


「なんなんだ……なんでそんなことを理解できる?狂人の思考だぞそれは!」


「とにかく、今夜が勝負だ。アンタも今日は起きていてくれ、全力の戦闘になりそうだからな。」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る