ep14 メロゥ・ダウン

とうとう、見覚えのある場所へとやってきたようだ。

この部屋は最初にこの屋敷へと連れてこられた部屋、ミストールの寝室だ。


「あれが……ミストールの爺さんか。」


笑顔で、ミストール同様の若々しい姿。

黄色いスーツに身を包んでいることが彼をホーバークラフト家の家長であることを教えてくれる。

そんな男が口を開いた。


「喉が痛い?まさかもう壊れたというつもりか?」


その声は目の前で額を地面につけた少女。ディーに向けたものだった。


「お前は2000万Cで購入した奴隷だ、わかるな?」


ガタガタと震える少女。

そんな部屋にノックの音が響く。


――コンコン


「入れ。……お前か、そう言えばお前たちは恋人だったか?」


「いっ、いえ、いいえ!メロゥは私の恋人ではありません!」


少女が必死に声を上げる。


「声なら出るではないか。何故嘘をつく?」


その訴えを男は咎める。

なぜ歌えないと言いながらそんな大声を出せるのか、と。


「なるほど、罰を与える必要があるな。……ふむ。」


男はメロゥへ付いてこいと命令を出し、庭へと出ていった。

少女は未だ頭を地面に擦り付けたまま。


「グス……もういや、村に帰りたい……。」


少女の体はボロボロだった。

元々、体は強い方ではなかったのか、それともこの屋敷での生活が苦しかったのか。

細く、血管が青く浮かび上がった彼女はもうすでに限界だった。


「まて、どうして少女の視点なんだ?【ジョン・ドゥ】は男のはず……あっちがボスなんじゃ?」


ショコレータの疑問よりも先に、物語が進行していく。

部屋の扉から現れたのはとんでもない美人とメロゥ、そしてミストールの爺さんだった。


「お前には恋人を奪われる罰を与えよう。ほれ、やればいい。」


そう言われた美人はメロゥの服を丁寧に一枚一枚剥がしていった。

それなりにこの屋敷で苦労したのだろう、筋肉が浮かび上がった彼はどれだけ魅力的に映っただろう。

そんなことが起きていようと、なお少女は頭を下げていた。

そんな少女の首を掴み、無理やり起こした黄色い男が耳元で囁く。


「男の体とは、ああして変化するのだ。興奮したそれで欲望のままにああなるのだ。お前はどうだ?恋人のあんな姿を見たことがあるか?」


知らない。

メロゥが獣のような声を上げる姿なんて知らない。

メロゥが興奮した姿なんて知らない。


「うぁ……やめて……もうやめて……。」


「見るのだ。お前は歌以外何の価値もない女だ。それをお前の恋人が示してくれたじゃないか、お前の目の前であれだけ狂うのだ、お前には歌以外全くと言っていいほど魅力が無いのだ。」


「ちがう、メロゥは私を、私のだもん、ちがう。」


「違わない、お前はどうだ?あの男を興奮させるほどの魅力がどこにある?歌えばいい、それがお前の価値だろう?2000万の歌声で男を取り戻して見せろ。」


歌が響く。

その声は涙に震え、己の醜さを歌うものだった。

しかしその歌は、歌声は人に“美しいもの”として認識された。

天性の才能、それを感じさせる歌声が段々と変わっていく、声変わりをするように、子供が大人に育っていくかのように。


――あぁ、私の醜さを呪いましょう


――手が届かないものに手を伸ばしましょう


――届かなくていい、伸ばしたことを誇りましょう


――奪われたことに怒りましょう


――己の醜さに怒りましょう


――どうかこの夢が終わることを願いませんように


――私の醜さを受け入れませんように


――あなたを求めて歌いませんように


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