ep22 運営の歓喜
ミスティカ・アナザーワールド開発運営会社“ゾシモス”ビル内。
「やったぞ!RANK5、いや正しき意味での“魔術師”の誕生だ!」
男は全身で喜びを表現していた。
ピョンピョンと擬音が出そうなほど飛び回り、狂気的な笑顔で笑い出す。
「はぁ……まぁ聞いてはいましたけどアレで魔術師ってどういうことなんです?」
「これであれらは“魔術師”として完成されたのだ!もはや現実世界でも魔術を使用できるだろう!」
「世界にバレたら大戦争でも起きるかもしれませんよ?それこそ魔術師をどれだけ作れるか、みたいな話になりそうです。」
科学者然とした男はため息をついている。
ゾシモスには既に各国からフルダイブ型VRゲームの注文が雨のように届いているというのに、これで魔術師が産まれるとバレればさらにまずいことになりそうだ。
「戦争?起きればいいのだ。そもそも今の時代は神秘の生まれる余地が全くと言ってもいいほどに失われてしまっているのだ。こんな世界、秩序などふざけろ、滅べばいい。」
「それがよくわからねぇんすよねぇ……前に魔法と魔術の違いって教えてもらいましたけどそれがどうして今の時代が悪いなんて話になるのか……。」
「むぅ?お前もまだわからなかったのか?お前にはどんな話をしたか……。」
「人はワインボトルを見れば“コルクを抜ければ中のワインが飲めるのに”って思う、だからコルクを抜く魔法が生まれて、魔法使いはその魔法でコルクを抜ける。魔術師は“コルクを抜ける”という魔法を例えば“中のワインが増えてコルクが抜ける”魔術にもなるし“コルクが弾丸のように飛び出す”魔術にもなる……って話っすね。」
「あぁ、なるほど。そもそも魔法と魔術の……あー、システムの違いを教えていないのか。」
男は少し考えながら話し始めた。
科学という常識に染まった相棒にも伝わるように表現を考えて話さなければいけない。
「魔法使いというのは言ってしまえば魔力に干渉できる……あー、閲覧限定のゲストアカウントのようなものだ。誰もがそれを使用することができるのに使用するにはそれの存在を知らなければいけない」
「あー、それがゲーム内で言うアバターだったり武器だったりですよね?」
「そうだ。魔力を感じるためのローブと武器、武器の扱いによって魔力を感じるのが第一歩だ。」
「じゃあ魔術師はどうなんです?」
「魔術師は先ほどの例でいえば個人アカウントとなる、まぁあくまで例えの話だがな。魔力を使って何かを起こすというのは大衆の“願い”、言い換えれば“欲望”、言い換えれば“羨望”であり“崇拝”ともいえる。そういう大衆心理が生み出すのが魔法であり、これを特定の形へと作り変えるのが魔術師であり、魔術なのだ。」
「それでもなんで今の人類が魔術師を産みにくいと言うんです?話を聞けば魔法使いは大衆の望みに対して読み取ることができる、魔術師はその発展型って感じで誰でもできそうですけど……。」
「それが違うのだよ。大衆の心理に迎合するのはだれしも持っている力だ。だから誰もが魔法使いになれる。しかし魔術師は違う。“この人なら大衆心理を超えていける”と大衆が認めるような人物でないといけないのだよ。」
「はぁ……つまり有名人?」
「そういう捉え方もいいだろう。事実タレントやセレブは無意識に魔法や魔術を使用している。“自分は目立つ”とか“自分は美しい”とか、そういう大衆心理の恩恵を無意識に受け入れているものも居る。」
「それなら今はインターネットもあるんすよ?いくらでも有名人なんて……あっそういうこと?」
「そうだ、例えば神秘全盛の時代は国の王族や宗教のトップなどは、英雄、救世主、悪魔、神のように崇められる人間がいた。それが今ではどうだ?国のトップはただの役職で数年たてば入れ替わる、入れ替われば数年後にはどこのゴミだと言わんばかりに忘れられる。」
「5人前の大統領とか総理大臣とか覚えてないっすね……まぁ自分はわりと馬鹿な方っすけど。」
「一時的に国のトップになったとしても大衆の大半がその程度の認識しかしないならば魔術師足り得ない。こういう言い方はどうかと思うが悪政を敷く王でも王は王だ、魔術師となる最低条件たる“この人ならなんでもできそう”という大衆の信仰となる条件を満たせないのだよ。」
「だからストリーマーに力を入れたんすね。」
「ファンの付くストリーマーは言ってしまえば一つの英雄だ。“この人なら自分の想像を超えていきそう”とか、そういう考えを持つ対象として十分見られる。それが世界初のVRゲームとなればさらに多くの大衆に見られる。結果、魔術師となるだけの信仰を集められるのだよ。」
「そして魔術師を世界が認識すれば、新たな魔術師、いいや“英傑”が生まれ始めると。」
「そうだ。このゲームでRANK分けしている項目は全て重要な意味がある。1でアバターを作り魔力を肌に感じるようになる。2で自身の使用しやすい魔法を見つける。3で魔力を自由に操る練習ができ、4に至ることで己の英傑たるパーソナルマークを得る。5では大衆の理想を称号として纏い、魔術師として完成する。」
「これがアンタの狙い……神秘の溢れる世界っすか……。」
「魔術師が生まれた以上、これからはゆっくりと見守ろうではないか。魔術師が増えるのを、神秘の時代の扉が開くのを。」
「ゾシモス、ニコラス・フラメル、アレイスタークロウリー……あんたは不滅の体でずっと神秘を世界にばらまいてきたんだろ?知らない大犯罪者も実はあんただって言われても今なら信じられるぜ?」
「その片棒を担ぐのは今代ではお前と言うわけだ。歴史に名を残せるかもしれんぞ?」
「遠慮するよ。世界を混沌とした神秘へ堕とした男なんて呼ばれたくない。」
二人はストリーマーたちの配信を眺めていく。
新たな神秘の時代の到来に、その瞬間をほんの少しも見逃さないように。
それがたとえ、自らの破滅を告げるものだとしても。
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