Chocolate Candy

カメンノカルメン

序章:キャラクリに時間をかけるのは正義

プロローグ

――――PI!PI!PI!PI!PI!PI!PI!PI!PI!PI!

何の感情の欠片も無い電子音が無遠慮に鳴り響く。

異常に柔らかいベッドで眠る男はその音によって重い瞼を開くのだった。


「ア……あぁ……あー!……あぁ……。」


声にもならないようなうめき声を漏らしながらもぞもぞと体をくねらせると柔らかい毛布の感触にたまらず感嘆の声が漏れる。


「はぁ……あ?」


男はやっと自分の状況に気づいたのだった。

普段の寝床に比べて、明らかに上等な寝具で寝ている自分はどこで眠っているのか。

このアラームはどこから流れているのか。


「8時?いや、そもそもここはどこだ?」


アラームの音の元を視線だけで探ってみると、壁に埋まったデジタル時計が見えた。


「ホテル?」


体を起こしてみれば、その部屋は高級なホテルのようだった。

改めて自分の体を見てみれば薄く香水の香りがする。

一糸纏わぬその裸体には赤い跡がいくつか残っている。


「なんで俺裸!?」


ガバッと毛布をめくりあげ、着替えを探すとそこには黒ずんだ血の跡が少量残されていた。


「いや、まてまてまて!」


慌てて昨日の自分の行動を振り返ってみる。

しかしうすい靄がかかった様に思い出すことはできない。

綺麗に畳まれた服がそばの机に置かれている。

その上には自分が使っているスマホも置かれており、誰かが畳んだことがわかる。


「なんで俺のスマホつかないんだ?」


カチカチと電源を押しても全く反応のないそれに苛立ちながら、着替えを済ませる。


「コンビニ帰りみたいな服……。」


上下揃いのスウェットとパーカー。

出かける気のなかった時にコンビニに行くから羽織ったと思われるコーディネイト。

それを見ているうちに昨日の記憶がよみがえってきたのだった。



「お兄さん一緒に飲みませんか?」


そう声をかけてきた少女はお世辞にもブサイクとは言えない少女だった。

黒い髪を編み上げ、首筋を見せているにもかかわらず、毛が漏れて毛羽立っているようなことも無ければ、髪の艶が美しく煌めき、まるで一種の芸術作品のようだった。

この芸術作品を生み出すのに世の女性は万という金を差し出すだろう。

そしてその髪に引けを取らない顔立ちの良さ。

少しツリ目の美人。

まるで映画や物語に出てくる主役のような少女だった。


「……俺?」


少女はもちろん、と言ってタクシーを捕まえた。

いや、捕まえたというよりそこで待たせていたかのような状態だった。

少し怪しいとは思いつつもなぜか自分の足は少女の方へと向かっていった。


「実は予約しているお店があるんですけど、つい二人分で予約してしまいまして。お兄さんのような人が現れるのを待っていたんです。」


フフ、と少し微笑みを浮かべながら少女は隣に座っている。

なぜか彼女の唇から目が逸らせない。

彼女の言葉の一つ一つが怪しいと自分の脳が電気信号を発しているのに自分の体は絶縁体でできているかのようにその命令を無視している。


「フフフ。もっと飲んでいいんですよ?」


「フフフ、温かいのですね?あなたの掌はまるでお日様のよう。」


「フフフ。」


「フフフフフフフフフフフフ……。」



あの零れるような笑い声が幻聴のように聞こえた気がした。


「つまり俺はあの女に酔い潰されてホテルへ連れ込まれた……ってことか?」


部屋に戻ってすぐにスマホに充電ケーブルをつなぎ電源を入れる。

デスクトップPCの電源を付けながら今日起こったことを話さねばと思っていると、突如としてスマホが何かの通知を知らせる。


――ポーン!ポーン!ポーン!ポーン!ポーン!ポーン!


その画面を見て、とうとう自分に起きたことを正しく理解したのだった。


“ありえない”


“人間の屑”


“やっぱりクズ野郎じゃねぇか”


“女の気持ちを少しも理解していないクズ”


“チャンネル登録解除します。”


“だれかこいつ警察に届けろよ”


次々とスマホの画面に映るその通知は一つの事実を教えてくれた。

この男に起きたこと、そう、それは。


有名ゲーム実況者ショコレータ・ショコランティエ。

男のアカウントが炎上した事だった。

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