第七話「禁忌解放(上)」

 緊急任務:依頼者マリエルの救出、『海の魔女』の正体の捜索、及び討伐

 遂行者:八岐大蛇、アレス、エイジ

 犠牲者:0名




 あれから約十五分程度泳ぐと、すぐダンス会場が見えてきた。入り口から何やら色鮮やかな珊瑚さんごがダンス会場を彩っている。



「すげぇ! ここ本当に海かよ!?」

「それにしてもすごい魚の数だな」



 それぞれ違う意味で驚いていると、突然ルイスが大きな声で言った。



「海の王、トリトン様のお出まし〜!!」

「と、トリトン!?」


 トリトン。世界的に知れ渡る海の王であり、代名詞でもある三叉の槍を持っている事でも有名だ。だがどんな性格なのか当然全く分からない。



「エイジ。一応これを持ってろ」


 俺はエイジに背中に背負ってあった片手剣を渡した。これはもしトリトン王がエイジの身に何かしようとした際の護身用だ。



「えっ、大蛇こそ大丈夫なのか?」

「心配無用だ。それより王子の学友がこんなとこで死なれたら責任が取れねぇからな」

「大蛇……ありがとう、俺は絶対死なないから」

「それでいい」


 そう言って気を引き締め、俺とエイジは戦闘態勢をとるが、ステージから出てきたトリトン王は未だに食事をしていた。


「うっぷ、もう始まんの? まだ飯食ってんだけど、早くね?」

「もぉ〜っ、お父様〜!!」

(え、トリトン王ってこんなだらしなかったのか……!?)


 マリエルを除く四人の人魚姉妹が揃って言った。トリトン王は満更でもない顔で食べ続ける傍らで、俺とエイジは王様のだらしなさに若干引いていた。


「まだ顔も作ってねーし」

「王様。化粧などしなくても十分イケメンでございます」


 すぐに食べ終え、慌てて化粧をしようとするトリトン王にルイスが励ました。


「十分……何て? もっかい大きい声で言っておくれい」


 トリトン王には聞こえてなかったので、ルイスはもう一度、今度はさっきよりも大きな声で言った。


「十分イケメンでございます!!」

「うぉっほっほ! そぉかそぉか!!」


 トリトン王は少し照れながらも嬉しそうな顔をして笑った。


「全く、面倒臭い王様ですね……」



 そんなトリトン王を見てルイスは咄嗟とっさに呟いた。一回目の「イケメンでございます!」は聞こえなかったが今のは一回目で聞こえたらしく、トリトン王は顔を真っ赤にして怒り出した。



「何だとぉ〜!! 貴様、ヤドカリなのかカニなのか分からないくせに調子に乗るなよザリガニィィィィ!!!!」

「お父様、やめてください!!」


 人魚四姉妹が一斉に怒っているトリトン王を止める。


「あの赤いの、結局何なんだ……?」


 なんとも言えない空気の中、四姉妹の一人がトリトン王に……そして会場にいる全ての人に言った。


「では皆様、踊りますわ」




 マリエルを含む人魚五姉妹の踊りはダンス会場を歓声で包んだ。激しく、時には優しく滑らかに……五姉妹のダンスは一ミリのブレもなく完璧な踊りが続いている。


 その途中、大蛇は何者かに肩を軽く叩かれた。


「……大蛇」

「アレス――無事だったか」

「あぁ、何とかな……だったら死んでたなあれは」

「……」

(その言い方……まるで自分は普通の人間では無いかのようだな。じゃあアレスも俺と同じくこの世界に……いや、流石に考えすぎか)



 俺は思わぬ場所でアレスと再会を果たした。だが、思わぬ再会は俺達だけでは無かったそうで……


「エイジ!」

「か、カルマ!! 無事だったか! 良かった、本当に……!!」

「おい、泣くなよエイジ……。というか泣いてもここ海だから涙出てるか分からないぞ」


 俺とエイジは共に相棒の再会を喜びながら人魚五姉妹の踊りをじっくりとその目に焼き付けた。


 キレキレなその踊りは、とても綺麗で見ていて楽しかった。






 そうして、体内時計で約一時間にわたるダンスショーが終わった。気づけばあっという間だった。


「我が娘達よ、素晴らしい! 相当に練習したのであろう!!」


 トリトン王は大きく拍手をした。

 それにつられて俺達四人、そしてダンス会場にいる魚達からも大きな歓声がダンス会場に響いた。



「マリエルだけは才能あるから練習しなくても上手よね〜!」

「い、いや〜っ、私に才能なんてあるわけないでしょ〜っ!」



 人魚五姉妹とトリトン王の間に、突如としていつの間にか姿が見えなくなってたセンリが割り込んできた。



「さっきもなんか〜、マリエルが浜辺に言って〜うぷっ」

「センリ、ダメだ!!」


 ルイスがセンリの口をハサミで塞いだ。少し口から血が出てきているのは恐らく気のせいであろう。


 ――だが、時すでに遅しだった。トリトン王は今までに無いほど怒り出した。



「浜辺……? 浜辺とは何だ!? まさかマリエル、また人間の世界に行ったのか!?」

「そーみたいでーす! しかも、四人の人間の男と一緒に〜うぐっ!」


「センリ……これ以上言ったら殺すわよ」


 ベラベラと話すセンリの顔面をマリエルが殴った。彼女からとてつもない殺気が口が軽いセンリを襲う。



「あの魚野郎……! 裏切りやがって!!」


 カルマもセンリに怒りだした。それをエイジとアレスが必死に止める。



 ステージでカンカンに怒っているトリトン王をマリエルが説得しようとしてるのが見えた。


「お父様、どうして!? これ、キラキラしてとても素敵よ! こんな素敵な物をつくれる人間に私は興味があるのよ!」


 しかし、マリエルの言葉など気にもせずに更にトリトン王は怒り出した。



「うるさい!!」


 トリトン王は背中に差してある三叉の槍を抜いた。


「あれは……!!」


 あの三叉の槍……見間違える筈が無い。あれは神器『海穿槍リヴァイアサン』。海に選ばれし者のみが所持する事を許される伝説の槍。

 それを見て俺はとっさに驚いた。魔法の無いこの世界で神器を初めて見れたのだ。俺とて思わず感心してしまう。


「おい大蛇! 神器に感心してる場合じゃないぞ! 明らかに王様の様子がおかしい!!」

「おいおいおい……あれ暴走してないか王様!」

「は……!?」



 俺は必死に頭を左右に振り、神器の世界から抜け出し王様を見た。すると、王子の言うとおりトリトン王は暴走している。


「はあああ!!」


 トリトン王は怒りに身を任せ、周囲に渦を生み出して槍に纏わせた。その周りを歩いていた魚達もその渦に巻き込まれていく。


「皆逃げて!」


 人魚姉妹達が必死にこの会場にいる魚達に言った。魚達はそれぞれ様々な方向に逃げ出す。


「やばいな……」


 エイジが無意識に呟いた。魔法を持たないエイジでさえも今の状況が危険だと分かるほど本当に不味い状況に陥っている。


「どど、どうするんだよ! このまま俺達、し…死ぬのか!?」

「おい、大蛇!!」


 アレスは俺に声をかけたが、俺はただ黙ってトリトン王の渦を眺めていた。


「海を操る神器……それが今トリトン王が持つ三叉槍の力か」


 このままではマリエルは間違いなく死ぬ。そうなるとこの時点で任務は達成不可能になる。それだけは避けなくてはならない。


「……」

「大蛇……?」


 それに、これは俺に降りかかる運命の一つに過ぎない。これを乗り切れなければ、この先の運命なんて絶対に乗り切れない。


 何のためにアカネあの子からこの命を託されたと思っている。――そうだ、これ以上運命から何も奪わせないためだ。


 これ以上、



「っ――!」


 両足に力を入れ、岩場を蹴る。そして暴走しているトリトン王との間合いを詰めて――




 刹那、ドゴォォォンッとトリトン王の槍がステージに突き立てる音が聞こえた。その水の衝撃でたくさんの魚が岩の壁にぶつかり、更に衝撃に押し潰される。



「おい、アレス! あれを見ろ!」

「なっ――!!」


 指された方向を見ると、そこには槍の先端を大蛇が片手で掴んでいるのが見えた。あの間に一人で攻撃を止めようとしていたのか。


 だが大蛇が止めてもなお、あの衝撃だ。止めていなかったら会場が全壊していただろう。


「大蛇……!!」


 エイジは必死に俺を呼びかけた。人魚姉妹達も俺がとっさにとった行動に驚きを隠せなかった。


「何……?」


 そして暴走しているトリトン王でさえも。


 俺の怒りはトリトン王同様、最高潮に達していた。その冷徹な眼差しはしっかりと暴走したトリトン王に向ける。


「一体何の意図で神器を使ったかは知らんが、マリエルの保護及び救助は俺の任務なんでな。こんな所で殺させねぇよ」

「貴様あああ!!」


 トリトン王は更に怒り出し、再び槍をステージに突き立てようとする。


 だが、俺の左手が槍の先端を掴んでいるおかげで突き立てることが出来ない。強く握っているせいか、左手からは大量の血が海の一部を赤く染める。


「人間風情がああ!!」

「ふっ……!」


 俺は槍を軽々と持ち上げ、トリトン王ごと槍を回して投げ飛ばした。海の中にも関わらず、投げた瞬間トリトン王はダンス会場の壁に衝突した。


 だがトリトン王はすぐに体制を整え、槍をマリエルに向かって投げた。



「マリエル! お前だけは絶対に許さんぞ!!!」



 槍は既に海を裂く速さでマリエルの身を貫こうとしていた。


「マリエル……!!」



 俺達四人はマリエルを守ろうと必死に泳いだ。だが、このままでは間に合わない。


「マリエル、逃げてええ!!」



 人魚姉妹がマリエルに叫ぶ――



「っ――――」



 刹那、槍が命中した。そこから大量の血がステージ上の海を更に赤く染めた。


「え……?」

「マリエルに……当たってない……? いや――」


 幸いマリエルには当たっていないようだ。しかしその槍が貫いたのは――



「――だから言っただろ、マリエルは殺させねぇってよ……」


 黒服を赤く染める大蛇の左胸であった。


「大蛇!!」

「大蛇君……!!」


 アレスとマリエルが叫ぶ中、俺は激痛に耐えながらトリトン王に向かってゆっくりと泳ぎだす。


「な、何故死なないっ!? 貴様の心臓を貫いているのに!」

「残念だったな、俺には名の通り八首の魂が宿ってんだ。一度心臓が突き刺されたくらいじゃ俺は殺せねぇよ」


 そう言いながら俺は自分の心臓を貫いている槍を抜き、右腕の力だけでトリトン王に向けて投げた。だがそれを読んでいたのか、トリトン王はその槍の柄を掴む。


「八首なら8回貴様を殺せば良いだけの話だろう」

「ふっ……やってみろよ。あと7回俺の心臓を潰してみろ」


 槍を勢いよく抜いたからか、左胸の傷口から大量に出血している。海のお陰で永遠に染みる痛みを耐えながら、少しずつ傷ついた心臓を修復していく。



「当然だ……あまり海王の力を舐めるなよ邪竜! 焼き尽くせ!『破滅之雷ゲイルスパーク』!」


 瞬間、トリトン王の三叉の槍の先端から雷が俺に向かってくる。


「やばい、大蛇が死ぬぞ!」

「大蛇君!!」


 雷は容赦なく俺に襲いかかる。しかし俺は動じない。その代わり右手を正面に翳し、じっと待つ。


「……」

「大蛇! そんな所で魔法を唱えるな! 早く逃げろ!!」


 アレスの助言は正しい。今のままでは俺は確実に雷に焼かれるだろう。

 しかし、俺がトリトン王に勝つにはこの手しか残されていない。


が。



「大蛇ィィ!!!」


 アレスはこれまでに無いほどの大声で叫んだ。




「――ったく」



 誰も彼も、俺に逃げろと言うかのように俺の名を叫ぶ。それは正に、マリエルは諦めて己の命を守れという事。本来こういう時は逃げるのが正しいのかもしれない。元より俺が死んだらアカネに合わせる顔がなくなる。



「――どいつもこいつも、俺を誰だと思ってんだ」



 しかしそれがマリエルを見捨てて良い理由にはならない。俺が逃げていい口実にはならない。ここで命を賭けずにあの時誓った約束など果たせるものか。




「そんな馬鹿共に教えてやるよ――」




 ――『黒き英雄』の力ってのを。



……」

「「――!!??」」



 正面に翳した右手で指を鳴らした刹那、ダンス会場諸共世界が一瞬にして消し飛んだ。



「あれは……!?」

「こ、これは……」


 そして、瞬きをするうちに視界が白黒に染められていく。



「『黒心無象ブラックバリスタ』」


 そう、それは『黒き英雄』の魂に刻まれた、八岐大蛇にしか体現出来ない世界――

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