第二十九話「不条理な出会い」

 緊急任務:パンサーと名乗る怪盗を逮捕、シンデレラ宮殿の象徴「スタニッシュリング」を奪還


 遂行者:黒神大蛇、白神亜玲澄、武刀正義、エレイナ、錦野蒼乃、涼宮凪沙、桐谷正嗣、桐谷優羽汰

 犠牲者:???   





 朝がやって来た。至福の一時は星空と共に消え、日が昇ると同時に運命の歯車が動く。長い任務が今日も始まる。


「皆おはよう。準備はもう出来てるかい?」


 そう呼びかける博士の前には大蛇、亜玲澄、エレイナ、正義の四人が集まっていた。これからまた危険な任務を遂行するからか、全員が気を引き締めている。


「うん、そんな感じだともう出来てるね。……じゃあ、行こうか!」


 全員が一つ頷き、博士の車へと乗り込んだ。五人を乗せた車は渋谷区の転送装置へと向かった――





 東京都渋谷区 ネフティス司令塔 転送装置前――


 ここに着くのもあっという間だった。前は博士の家からここまで走ってきたからか、とても長く感じた。というかよくあの時の自分はここまで走ったなと思う。


「……よし、全員転送装置に乗り込んで良いよ。まずは蒼乃ちゃんと合流する事。大蛇君と亜玲澄君の携帯に連絡先を追加しといたから、場所確認はそれで行ってほしい」


「……了解した」

「んじゃ、また後でな!」

「うん! 全員の無事を心から願ってるよ」


 四人を見送り、博士はそのまま本部へと車のアクセルを踏んだ。同時に博士を見送り、公衆電話ボックスのような黒いボックスの前に降りた大蛇達は、すぐに箱の中に入る。


「……にしても、この中マジで不思議だよな。関係者以外は外からこのボックス自体見えねぇなんてよ」

「そうでもしないと、このボックスを悪用する人が出てくるからな。それを防止するためにこういう不思議な秘策をとってるんだよ」


 正義とエレイナが亜玲澄のプチ豆知識を聞いている端に、俺は目を瞑りながら深く考えていた。


 ……昨日この転送装置に転移された直後に起こった、トリトン王の死とその四姉妹の一斉自殺。それとパンサーを名乗る怪盗がパリのシンデレラ宮殿で数多の財宝を盗んでいる。更にネフティスNo.3の涼宮凪沙さんに致命傷を与える程の強者。


 今はバラバラでも、何処かしらでこの自殺とパンサーの関係が紡がれるはずだ。勿論もちろん、ディアンナと白いマフラーの男もパンサーと関与している可能性がある。パンサーを逮捕でき次第、そこを全て問いて直接暴いてやる。



「うむ。四人共、無事にここまで来れたようだな。これから君達はフランスのパリへと向かってもらう。

 非常な事に、現在向こうで凪沙君が大怪我をして緊急搬送されている。彼女の事は気にしなくても良い。一先ず君達は着き次第、蒼乃君と合流しろ。後の事は合流でき次第携帯を通して話すとしよう。では、無事に帰って来れるように、健闘を祈る」


 ブチッとモニターの電源が切れる音がした刹那、足元に水色の魔法陣のような模様が浮かび上がった。


 正義とエレイナが足元に浮かぶそれに驚いているのも束の間。


「うおおおああああ!!!」

「きゃああああああ!!!!」


 まるでブラックホールに吸い込まれるように魔法陣から巨大な空洞が四人を吸い込んだ。視界が真っ黒に染まる。何も見えない。




 こうして、『海の魔女』を倒した英雄達が、今度は貴族や令嬢の集い場へと足を踏み入れる事となる――









 フランス・パリ郊外――


 黒い転送装置から視界が暗転し、目を覚ませばそこは日本とは一風違ったオシャレな住宅街が並ぶ。車通りも多く、朝にも関わらず多くの人で賑わっている。言語も違うので一人一人がどんな会話をしているか分からない。まるで不協和音だ。



「うわっ……、こりゃまた随分とすげぇな!」

「すごーい! こんな家に済んでみたいな〜っ!!」


 パリに着いてすぐ、正義とエレイナがパリの街並みに釘付けになる。このままではただの観光になってしまう。いち早く合流せねば。


「おい、まず合流だ。向こうが深刻な中呑気に観光している訳にはいかない。早急に向かうぞ」

「気持ちは分かるよ。でも、それは任務が終わってからでも出来るだろ?」


 正義とエレイナが同時にしゅんとした顔を浮かばせ、亜玲澄が笑う。そんな二人を気にもせずに俺は右ポケットから携帯を取り出し、連絡先が繋がっていた蒼乃さんに電話をかける。


『……もしもし、ネフティス副総長錦野です。黒神大蛇さんですか?』

「……あぁ、黒神だ。たった今パリに着いた。これより合流する」

『そうですか。ならそのままシンデレラ宮殿に向かってください。その後は合流してから話します』

「了解だ」


 通話を切り、後ろを向くとそこに亜玲澄達の姿は無かった。その代わりと言っていいのか、仮面をつけた一人の少女がマントをなびかせながら俺の目の前に立っていた。


「やぁ、『英雄君』。君の事を待ってたよ」

「……亜玲澄達は何処どこにいった」

「やだなぁ、そんな警戒しないでよ。ボクはこれでも普通の女の子さっ♪」


 言いながら少女が仮面を外し、クルリと一回転する。長い金髪をなびかせながら微笑む、あらわになった可愛らしい顔は正に普通の女の子だった。とても怪盗とは思えない。


「彼らなら大丈夫だよ。何なら宮殿前まで送ったからね。君達の任務の手助けをしてあげたんだよ? そこは笑顔で感謝するべきじゃないかなあ?」

「……」


 送った? あいつらを。一体何の意図で?


 彼女も知っているはずだ。今回俺達がここに来た任務はパンサーを名乗る者の逮捕とスタニッシュリングの奪還。


 ――そう、今目の前に立ってる少女を捕まえれば任務完了なのだ。それで終わりなのだ。


 ……なら尚更何故ここに現れた? とても自首しに来たとは思えない。何か隠している可能性が高い。亜玲澄達に危害を与えずに宮殿に送ったのもきっと意図があるのだろう。それとも単純に舐められているか。


 警戒心を保持したまま、大蛇はじっと少女を睨む。しかし少女はその逆で、警戒などせずにぐいぐいと大蛇に迫る。


「ねぇ、英雄君。ボクとデートしてよっ」

「……は?」


 突然の爆弾発言で思わず頓狂とんきょうな声を出す。


「言葉通りだよ。ボクと付き合ってよっ」

「俺は今忙しい。他をあたれ」

「もぉっ、つれないな〜っ! これでもボクは本気なんだよ?」

「知るか。そもそも怪盗とは付き合えん」

「むむ〜っ! こうなったら……」


 そっぽを向いて亜玲澄達と合流しようとした刹那、左手を掴まれた。人肌の暖かい感触がする。特に寒くは無いが。むしろ身体が熱くなる。この暖かさが、俺の理性を根底こんていからむしばんでいく。


「ふふっ、ボクに盗まれちゃったね♪」

「……他をあたれと言ったはずだ」

「狙った獲物は決して逃さない。それが怪盗の鉄則、だよ」

「俺も随分と舐められたものだな。まさか泥棒の獲物になるなんてな」

「泥棒なんて酷いな〜っ、確かにやってる事は同じかもしれないけど、泥棒と怪盗は全く違うものだよ……」


 言いながら今度は更に身体を密着させ、俺の左耳にささやく。


「怪盗は『』んだよっ♪」

「――!!」


 身体が一瞬震える。硬直する。そして寒気と冷や汗に襲われる。


 心を盗む。それは別の意味に置き換えると命を奪う。即ちという事だ。あの時凪沙を致命傷まで追い詰めたのは間違いなくこの少女だ。つまりこの少女こそ――


「あはははっ! 君耳弱いんだ〜っ」

「う、うるせぇな……良いから早く用事済ませろ」

「ふふっ、『海の魔女』を倒した英雄にも可愛いとこあるんだねっ♪」

「はぁ……」


 何かもう、本当に怪盗なのか自体が疑わしくなってきた。何故ここまでして俺を振り回すんだこの女は。


 ――でも、少し懐かしい。いつの記憶かは分からないが、鮮明に思い出す。あの時の思い出が……


「英雄君、ボーっとしちゃってどうしたのっ?」

「……何でも無い。気にするな」

「え〜っ、気になっちゃうな〜っ!」

「こっちの話だ。お前には関係無い」


 異例イレギュラーな展開で亜玲澄達とはぐれたにも関わらず、謎の少女と出会っては振り回される。それでも時は進み続ける。任務が深刻化する。


 一刻も早く合流せねば……と思いながら黒髪の英雄は謎の少女に振り回されながらも、共にパリの街を歩き出した。

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