第十九話「『裁き』其の四 〜転生の代償〜」
『生きとし生けるもの全ては罪を犯す時、相応の裁きが下る』―――――
緊急任務:『海の魔女』アースラの討伐、マリエルの救出
遂行者:黒神大蛇、白神亜玲澄、武刀正義、マリエル、カルマ、エイジ、トリトン、人魚4姉妹
犠牲者:???
空はまだ赤い。緑に囲まれた森はただの影と化している。その下で二つの影が血と汗で手を濡らしながら戦いを繰り広げている。
「この
「おうよ……、そういうお前こそ俺様の睡魔に刃向かってるだろ?」
アースラの禁忌魔法を亜玲澄が
「くっ……、切が無いわね!」
「切無くしてるんだから当たりめぇだろがよおお!!」
このまま攻撃しても良いが、エレイナが人質になってる以上無駄に攻撃を与えられない。とりあえずエレイナを返してもらうまで、ひたすら魔女の鉄槌を無効化させるしか方法が無いと亜玲澄は考えている。
だがアースラは簡単にエレイナを離してくれないだろう。その予想はすぐに的中し、アースラは突然亜玲澄の頭上を飛び、トリトン王達がいる海の方へと逃げていく。
「は……? おい、待ちやがれ!!」
「あははっ! お前と遊んでる暇は無いんだよっ!!」
エレイナは首を締められてるせいか口は動いていても、ここでは何を言っているか分からなかった。
亜玲澄は必死に追いかけようとするが、あまりの速さで追いつけそうにも無かった。
こっから
もう完全に打つ手を失くした亜玲澄は、
「ちっ、これじゃ兄貴失格だぜ……全くよぉ。妹を救えない兄貴なんて何処にいるんだ」
だが、まだ死んでない。生きてるだけまだマシと思った方が……
亜玲澄はそんな現実逃避するかのような慰めに舌打ちした。それと同時に嫌な未来を予測してしまった。
「おい、一旦待てよ……あのタコが海に入っちまったらエレイナの奴、息出来ねぇだろ」
そうだった。それを完全に忘れていた。マリエルの時は海の中でも呼吸が出来るが、今のエレイナの場合は『人魚』では無いので、海に入ってもマリエルの時のように呼吸する事が出来ない。
つまりアースラが海の方に逃げた理由はただ一つ。海で過ごせない身体となったエレイナを
くそっ! なら尚更早く向かわねぇと……って、馬鹿か俺は。
分かっている。人間の身体が
でもこのタイミングで硬直は不味い。妹が殺されると言うのに。
「くそっ……!!」
亜玲澄は兄としての無力さに嘆きながら赤く染まった空を見上げていた。
今の空は何故かいつもより赤みが増しているように見えた。
――空のせいで黒く染まった森の上を駆ける巨大な影。無数の足の一部で少女を捕らえながら海の方向へと逃げていく。
「さあお嬢さん、そろそろお待ちかねの『裁き』の時間だよ。今度こそ邪魔はさせないよ……!」
アースラはただ前を向きながらエレイナに言っていたが、その顔からは恐らく邪悪な笑みを浮かべている事だろう。見えなくても、エレイナにはそんなアースラの顔が想像出来ていた。
「そういえば、マリエルとしての君はもう死んでるんだよね。なら海で呼吸も出来ないよね?」
「っ……!!」
「あっはは! ようやく気付いたって顔したねぇ、お嬢さん! そうだよっ! かつて君が慣れ親しんだ所で
「――!!」
エレイナは顔を真っ青にした。海で死ぬ。かつて過ごしてきた場所で溺れ死ぬ。それ以上に屈辱的な死に方は無いだろう。
「仕方無いよねぇ〜。これはお嬢さんへの『裁き』なのだから。つべこべ言わずに受け入れるのが利口と言うものだよ?」
そう、これは天罰。受け入れるのが筋だ。だけど何故? 何故人は皆天罰を受けなければならないのか。悪い事をしたから? アダムとイヴによる原罪があるから?
否。天罰こそその人の『運命』の末路なのだ。それを決めるのは唯一暗黒神のみ。エレイナは選ばれたのだ。運命の『
顔を
こちらも魔法で抵抗しようかとも思ったが、それを阻止するためか首を締め付けられた時から魔力を吸われていたのを今実感した。
もう抵抗手段も無い。ただ屈辱に呑まれて命の灯火をこの海でかき消すのみ。それしか未来の選択肢が与えられなかった。
「さあ、そろそろ始めるよ? くふふっ……!!」
赤い空を舞うアースラの真下にはもう海が広がっていた。後はここから突き落とされるだけ。それでエレイナへの『裁き』は終わる。
そして大蛇達の任務も失敗に終わる。更に彼らはまた失う事になる。また一つの大きな『過ち』という十字架を背負う事になる。
その十字架に蝕まれ、彼らの身を跡形残さず喰う。これが暗黒神の創った歪みきった運命なのだ。
「さあ、行ってらっしゃい。向こう側に」
「ひっ……!!」
首を締め付けていた足が解け、エレイナは背を海へと向けながら一直線に落ちる。同時にアースラは巨大な火球を左手から生成させていた。
「さあ、置き土産だ。受け取りなっ!『
あの空の色に近い巨大な火球が、アースラの左腕が降ろされたと同時にエレイナに落ちてくる。
「……」
エレイナは目を開いたまま全身で火球を受け止めようとする。いや、この時点でもう意識は無くなっていた。
……助けて。
…………助けて、お兄ちゃん。
…………………助けて、大蛇君。
…………………私、死にたくないよぉっ!!
しかし、誰も来ない。誰も願いを聞いてくれない。誰にも届かない。目の前には巨大な火球のみ。
火球は既にエレイナの瞳を埋め尽くす程まで近づいていた。白い衣服や肌が焼ける。熱い。このまま灰にもならずに消えてしまうのだろうか。
………もう、諦めるしか無いんだね。
…………もう皆に謝る事すら出来ないんだね。
……………………あの頃に戻りたかったな。お兄ちゃんと、大蛇君と一緒に遊んだ頃に。
『おいエレイナ、勝手に俺のケーキ食べるなっ!』
『あはははっ!!』
『大蛇、すぐに作ってやるから待ってろ。』
……あぁ、走馬灯だ。楽しかったなぁ…、あの頃は。いっぱい笑って、泣いて、時に怒って、愛した。
……………そんな掛け替えのない思い出も、この火球によって全部消えるんだ。
……………ごめんね、大蛇君。私達最初から出会わなければこんな事にならなかったよね。元はと言えば敵同士の私達が恋心を抱いた事自体がこれを招いているんだよね。
……………でも、楽しかったよ。今日までの思い出をありがとね、大蛇君。
ずっとずっと、大好きだよ―――
嫌な予感がした。大切な何かが消える予感がした。理不尽に負ける気がした。運命は俺に考える余地すら与えてくれなかった。死ぬ気で身体を動かすしか無かった。大切な何かを守るために。
あの時俺は誓ったはずだ。この残酷な運命を変える……即ち、己の宿命からあの子を救うと。それがもう叶わぬ夢となって消えかけているような気がした。俺の生きる意味が今度こそ失われる気がした。
――口では明かしていないが、俺は三度目の
それでも俺の想いは変わらない。宿命への復讐心、そして
だから改めてここに誓おう。愛する者を守るために、俺はこの宿命に復讐する――!!
「「……下らん演劇はここまでだ!!」」
刹那、聞き覚えのある二人の青年の声が聞こえたと同時に視界を埋め尽くす程の火球の動きがピタリと止まった。そして身体が海に引っ張られる感覚も無くなっていた。
まさか……、お兄ちゃんが……!
「……!!」
エレイナの目の前にいるのは亜玲澄だけでなく、大蛇の姿もあった。
その背中が、それぞれ黒と白の髪が風に揺れる姿があの頃の面影と重なる。思わず涙が溢れてくる。来てくれた。助けに来てくれた。私の声が届いたんだ。
「ふぅ〜っ、ギリギリセーフだったな大蛇!」
「まだ戦いは終わってないぞ、亜玲澄」
私の英雄が、帰ってきた。
「うっ……、ありがとうっ……!!」
涙を
「「このくらい、当然だ」」
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