第十九話「『裁き』其の四 〜目覚めし星の力〜」

 『生きとし生けるもの全ては罪を犯す時、相応の裁きが下る』―――――



 緊急任務:『海の魔女』アースラの討伐、マリエルの救出


 遂行者:黒神大蛇、白神亜玲澄、武刀正義、マリエル、カルマ、エイジ、トリトン、ディアンナ、人魚4姉妹


 犠牲者:???




 ――空のせいで黒く染まった森の上を駆ける巨大な影。無数の足の一部で少女を捕らえながら海の方向へと逃げていく。



「さあお嬢さん、そろそろお待ちかねの『裁き』の時間だよ。今度こそ邪魔はさせないよ……!」


 アースラはただ前を向きながらエレイナに言っていたが、その顔からは恐らく邪悪な笑みを浮かべている事だろう。見えなくても、エレイナにはそんなアースラの顔が想像出来ていた。


「そういえば、君はもうマリエルじゃないんだよね。ならまじないもかかってないから海で呼吸も出来ないよね?」


「っ……!!」

「あっはは! ようやく気付いたって顔したねぇ、お嬢さん! そうだよっ! かつて君が慣れ親しんだ所で溺死できししてもらうよ!!

 屈辱くつじょくだろう? 人魚の頃は姉妹達やトリトンと過ごしてきたと言うのに! そこで多くの思い出を残してるのに……お嬢さんはこれからそこで溺れ死ぬんだよ!!」

「――!!」


 エレイナは顔を真っ青にした。海で死ぬ。かつて過ごしてきた場所で溺れ死ぬ。それ以上に屈辱的な死に方は無いだろう。


「仕方無いよねぇ〜。これはお嬢さんへの『裁き』なのだから。つべこべ言わずに受け入れるのが利口と言うものだよ?」


 そう、これは天罰。受け入れるのが筋だ。だけど何故? 何故人は皆天罰を受けなければならないのか。悪い事をしたから? アダムとイヴによる原罪があるから? 

 否。天罰こそその人の『運命』の末路なのだ。それを決めるのは唯一暗黒神のみ。エレイナは選ばれたのだ。運命の『対象者ひとじち』に。



 顔を青褪あおざめたまま、正面を向く。もう目の前には赤く反射した海が広がっていた。いよいよ『裁き』が下る。


 こちらも魔法で抵抗しようかとも思ったが、それを阻止するためか首を締め付けられた時から魔力を吸われていたのを今実感した。

 もう抵抗手段も無い。ただ屈辱に呑まれて命の灯火をこの海でかき消すのみ。それしか未来の選択肢が与えられなかった。



「さあ、そろそろ始めるよ? くふふっ……!!」


 赤い空を舞うアースラの真下にはもう海が広がっていた。後はここから突き落とされるだけ。それでエレイナへの『裁き』は終わる。

 そして大蛇達の任務も失敗に終わる。更に彼らはまた失う事になる。また一つの大きな『過ち』という十字架を背負う事になる。



 その十字架に蝕まれ、彼らの身を跡形残さず喰う。これが暗黒神の創った歪みきった運命なのだ。


「さあ、行ってらっしゃい。向こう側に」

「ひっ……!!」


 首を締め付けていた足が解け、エレイナは背を海へと向けながら一直線に落ちる。同時にアースラは巨大な火球を左手から生成させていた。


「さあ、置き土産だ。受け取りなっ!『無獄バニシュメント・ゲーハー』」


 あの空の色に近い巨大な火球が、アースラの左腕が降ろされたと同時にエレイナに落ちてくる。


「……」


 エレイナは目を開いたまま全身で火球を受け止めようとする。いや、この時点でもう意識は無くなっていた。






 ……助けて。


 …………助けて、お兄ちゃん。


 …………………助けて、大蛇君。



 …………………私、死にたくないよぉっ!!



 しかし、誰も来ない。誰も願いを聞いてくれない。誰にも届かない。目の前には巨大な火球のみ。慈悲じひなどある筈が無い。運命の裏で神が嘲笑わらう。


 火球は既にエレイナの瞳を埋め尽くす程まで近づいていた。白い衣服や肌が焼ける。熱い。このまま灰にもならずに消えてしまうのだろうか。






 ――もう、諦めるしか無いんだね。もう皆に謝る事すら出来ないんだね。あの頃に戻りたかったな。お兄ちゃんと、大蛇君と一緒に遊んだ頃に。



『おいエレイナ、勝手に俺のケーキ食べるなっ!』

『あはははっ!!』

『大蛇、すぐに作ってやるから待ってろ。』



 あぁ、走馬灯だ。楽しかったなぁ、あの頃は。いっぱい笑って、泣いて、時に怒って、愛した。


 そんな掛け替えのない思い出も、この火球によって全部消えるんだ。呆気あっけないなぁ……。


(……ごめんね、大蛇君。私達最初から出会わなければこんな事にならなかったよね)



 でも、楽しかったよ。今日までの思い出をありがとね、大蛇君。ずっとずっと、大好きだよ――― 




 ――って、私は何を勝手に諦めてるのだろうか。もう私はただ夢に憧れるだけの存在マリエルでは無いのだ。それに……


(彼に生きて、と背中を押したのは私なのに、そんな私が勝手に死んでどうするの!)


「っ……」


 右手を銃の形に構えながら正面に翳し、上腕を左手で支える。群青色の瞳で火球に狙いを定める。星の引力で吸い寄せられる身体に身を任せながら。


「おや……嬢ちゃん、何のつもりだい?」

「私は……、私はもうっ――」


 指先にまで神経を研ぎ済ませ、純白の光を収束させる。


「――助けられてばかりの、ただの人魚女の子じゃないっ!」


 その意志は力となり、その力は光となる。そしてその光はやがて――独裁をも掻き消す白線となる。


「『白星之彗晄ルミナス・プリズム』!!」

「そ、その力は――」


 放たれた砲光は空を裂き、制裁の火球を穿ち、その後ろにいるアースラの全身を撃ち抜く。

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