恋に殺された君たちへ ~蒸発した元彼に召喚された私、同時召喚されたJKと共に国を救います~ 

宮苑翼

第一章 再会

第1話 再会は恋の終わりとともに


 とどのつまり、生きやすさとは、いかに凡庸な道を選べるかで決まるのだ。


 「もう20代半ばだよ? いい加減、結婚を見据えて恋愛しなよ」


 香織かおりはこの言葉が何より嫌いだった。分かっているのだ。学生と社会人で求める恋愛像が異なることは。


 学生の内は、ただの好みで良かった。顔が良いから好き、スポーツ万能なのがいい、ムードメーカーでみんなの人気者だから好き。どんな理由でも良い。


 学生にとって、恋愛に興じるのは一種のステータスだ。友達同士の会話で話題を提供できる。それが例え惚気だろうが愚痴だろうが、会話に燃料を投下できればいい。燃料をぶちまければ、あとは勝手に盛り上がるものだ。

 時に羨ましがられ、時に別れろと説得される。その結果どうなるかは考慮の外。友人同士で盛り上がること、そこに意味があった。


 仮に恋人がいなくとも、好きな人がいるというだけで盛り上がることもある。どんな相手か、どうして好きになったのか、告白はいつするか。要はこれも燃料の一種。話題になる内容であれば歓迎されるのだ。


 しかし、社会人になると別だ。目の前に結婚の二文字がぶら下がる。職場や友人、果てには親戚からもその言葉が飛び出してくる。付き合っている人はいるか、という質問に始まり、結婚は考えているのかまで。まるでチャットボットとの会話かと疑うほどに、使いまわされた質問だ。


 香織はそれに大層疲弊していた。放っといてくれと言いたくとも、人間関係に亀裂を入れるようなことは言えない。大人になったからこそ余計に。

 愛想笑いで話題を流し、心の中で毒を吐く。「できるものならとっくにそうしている」と。






 「15時47分、公務執行妨害で現行犯逮捕します」



 大正ロマン漂う屋敷の一角、その地下室が事件現場だった。

 窓一つない部屋は、照明があるもののどこか薄暗い。天井に取り付けられた照明一つでは物足りず、部屋の端は暗がりとなっていた。


 壁際には本棚が隙間なく取り付けられ、様々な本が並べられている。本棚は高さもあり、天井から僅か20センチほどの隙間しかない。


 薄暗い地下室に、多くの本が並ぶ光景は奇妙なものだ。明かりのない部屋で本を読むのは不都合が多い。一々ここに灯りを運ぶのだろうか。もっと明るい部屋に本を置けば済むものを。

 それとも、人目のある部屋には置けない本なのか。

 


 「ま、待って! 間違えた!!」


 「……は?」


 眩い光が辺りに立ち込めた直後、香織の耳に届いたのは誰かの過誤報告だった。


 光は徐々に収束し、元の薄暗い部屋へと戻る。

 香織は光が収まったのを確認し、瞼を押し上げた。彼女の視界に映り込んだのは、見知らぬ部屋と、どこか見覚えのある男だ。


 金色の髪に琥珀色の瞳という派手な色合いは、彼女が随分と前に見た配色だ。

 着ている服は軍服だろうか。白色を基調とした服は、スマートな形ながらも一定程度の余白がある。ぴたりとしすぎると動けなくなるからだろう。香織はその服に、どこか親近感を覚えた。彼女が普段着ているスーツも動きやすさを重視しているためだ。


 香織は一度息を吐き、記憶を探る。視界に映る男についてだ。自身は間違いなくこの男を知っている、と。


 香織には、保育園から共に過ごした幼馴染がいた。性別こそ違ったものの、ある出会いからすぐに意気投合。

 男は当時背が低く、美少女のような顔立ちをしていた。それもあってか、男女の差などないかのように仲を深めた相手。


 保育園、小学校と親友のような関係を築いていた二人が、変わり始めたのは中学時代。

 香織よりも背が低かった男は、成長期に入ると一気に彼女を追い越した。その変化に、誰よりも驚いたのが香織だ。可愛い女の子のような友達が、いつしか男だと感じるようになった。


 友情はいつしか恋へと変わり、二人は付き合い始めることになる。

 少しずつ恋人として距離を縮める二人。追いかけっこをした土手は手を繋ぎ歩く場所となり、休日に遊ぶことはデートと呼び名を変えた。

 幼馴染だからこそ、互いをよく知っていた。大きな喧嘩もなく、穏やかに恋人として互いを慈しみあった。


 そんな日々は、中学卒業と同時に途絶えることとなる。男が忽然と消えてしまったためだ。


 春休みを迎え、香織はいつも通りメッセージを送った。

 しかし一向に反応はなく、不審に思い電話をかけた。耳に届いたのは、解約を知らせる自動アナウンスだ。

 居ても立っても居られず向かった家は、既に取り壊され更地となっていた。

 何の音沙汰もなければ、手がかりもない。諦めきれなかった彼女はある職についたのだが、遂に手がかり一つ見つからなかった。


 来る日も来る日も、恋人を探す日々。男の欠片一つ見つからない日々に、香織は何度も涙をこぼした。

 何か事件に巻き込まれたのだろうか、無事に生きているのだろうか。そもそも、自分のことをまだ好きでいてくれるだろうか。香織の心は幾度となく締め付けられ、悲鳴を上げた。


 捨ててしまえば楽になれる、それを知りながらも彼女は諦めることができなかった。馬鹿げた話と笑われるかもしれないが、たった一つの恋を捨てられず、香織は20半ばを迎えることになった。


 そうして探し続けた男は――今、彼女の目の前にいる。


 「おい蔵内くらうち。間違えたとはどういうことだ? 神子を二人召喚したのか?」

 「え、いや、神子はさっきの子だけです」

 「ならばこの方に勇士の適正がないのか?」

 「ちーがーいーまーすっ! 俺そんなヘマする野郎だと思われてんの!? 適正はあるというか、あり過ぎるくらいっすよ!」

 「? なら問題ないだろう」

 「いや、そうだけど! 俺的には問題しかないんですって!」


 そのやり取りに、香織の胸に落胆が広がる。何が起きているのか分からないが、どうやらこの男は自身に会いたくなかったようだ、と。


 恋心を捨てられず探し続けていたというのに、この有様。

 まだ好きなのは自分だけではと、香織とて考えたことはある。それでも、簡単には諦めきれぬのが恋だと、そう信じていた。周囲の人に呆れられても、この恋を捨てられなかったのに。


 現実はずっと残酷だった。あの時は確かにお互い想い合っていた。だが、今もなお引きずっているのは自分だけのようだ。香織は小さくため息をついた。

 かつての恋人に対する反応とは思えぬその姿に、自分の恋の終わりを知ったのだ。



 次に香織の胸に押し寄せたのは、言いようのない怒りだった。

 真っ赤に染まる思考に、ぐっと拳を握る。そんな彼女の姿に気づいた男は、一瞬で顔を青褪めさせた。


 「か、香織ちゃん? え、待って? 怒ってる? 怒ってらっしゃる!?」


 香織ちゃん落ち着いて! と真っ青な顔で言う男に、香織は出来得るかぎり最高の笑顔を向けた。それを見た男が震えているのを見ると、些事だと切り捨てる。


 今まで必死になって探してきた相手。愛しい気持ちはあれど、今の香織にしてみれば苛立ちの原因でもある。何が起きてこんな場所にいるのかは不明だが、原因はどうやらこの男らしい、と。


 それだけならばいざ知らず、相手は自身との再会を望んでいなかったのだ。

 要するに、香織は事故に巻き込まれた被害者だ。向こうが再会を望み、連れてこられたわけではない。再会の喜びに浸ることも男の姿に安堵することもできない。唯一知ることができたのは、自分の恋の終わりだけ。


 ならば、こちらの心労の一割くらい与えてやっても問題ないだろう。香織はそう心の中で呟いた。愛憎相半ばするというが、彼女の心境はまさにそれだ。


 香織は手首へと視線を下ろし、時計盤を見る。

 指し示すのはおやつの時間を過ぎた頃。本来であれば、まだ業務時間中だ。今日は特段急ぎの案件はなく、午後から外回りに出ていた。


 いるべき場所は街中。間違っても、こんな見知らぬ地下室にいるはずはない。



 「お久しぶりですね、蔵内さん。突然ですが……、


 ――15時47分、公務執行妨害で現行犯逮捕します」



 とりあえず、言い訳は取調室で聞かせてもらおうか? 香織はにこりと笑みを浮かべ、言外にそう告げた。


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