九つの世界を巡る冒険
風梨
始動:ミッドガルド史概略
球体を描いて広がる、黒色の力の奔流はあらゆるものを飲み込み──。
魔法暦3560年。
その日、文明は崩壊した。
──遥かな過去。
九つの世界の内の一つ『ミッドガルド』において、かつて『魔法暦』の始まりを告げたのは一人の魔女だった。
彼女の名をエラ。
白髪赤目。
後に『
彼女が産まれたのは時代の一つにおける転換期。
人々が叡智と繁栄を思って、天空を覆っていた『
『オデン層』は強すぎる日差しを遮るために神々が造ったものであったが、人々はそれを軽視し、それまで散発的にしか差し込まなかった太陽光を地表で広く受け止める事を目的として行われた魔法によって、厚く覆われていた空。『オデン層』は消え失せた。
人々は太陽から差し込む日差しに祝福を見出し、数日間の喜びに浸ったが、それがあまりにも大きな過ちであったことに気付かされた。
空を覆っていた『
それまでの春夏秋冬の時代とは異なる、生きるには過酷な、凄まじい暑さの到来だった。
人々は慌てて『オデン層』の復活を主神オーディンに祈ったが、当然のことながら聞き届けられず、仕方なく人々は空を再び覆うための魔法を生み出す。
しかし、魔力は有限で、到底全ての空を覆うには足りない。
その限られた魔力を、己の土地を守るために人々が奪い合うのは当然の帰結だった。
同時期に偉大な王が居た。
青髪青目の、巨人とも神々とも言われる血を引く美丈夫であった。
アンブスクと名乗る王は辣腕を奮って各地から魔力の源となる人間を集め、魔石を集め、大陸のヘソである『
略奪による繁栄を享受するアンブスクの王国。その情報網に耳を疑う報告が入る。
尽きぬ魔力によって天蓋を生み出した魔女がいる。
それが、エラだった。
厳密に言えばそれは誤りであったが、事実としてたった一人で広範囲の天蓋を作り上げたのは間違いではなかった。
事実であると認めたアンブスクは、エラを求めて行動を開始した。アンブスクは強奪を主とする首魁である。要求は横暴を極めた。
エラの属する一族からの反発は必定で、戦いを憂いたエラは呼び掛けに応える代わりに、大きな代償を支払う事で世界の全てを再び天蓋で覆った。永遠を司る魔法。永続魔法による奇跡だった。
アンブスクが求める理由は無くなったとエラは考えたが、しかし、エラの存在はアンブスクの地位を揺るがすのに十分過ぎた。
アンブスクは己の肥大した権力を維持するために卑劣な策を用いて、強引な手口でエラを手中に収めんとし、そしてエラは重い腰を上げて反抗で応えた。
天体魔法。
エラがそう呼んだ魔法によって、アンブスクが率いた超国家は夜を迎える前に滅び去った。
それが『魔法暦』の始まりとなる。
『
そうしてエラは『
数多の魔法使いが生まれるが、永続魔法はエラしか使えなかった。
『
幾星霜が過ぎて魔法暦2025年。
待望の魔女が生まれる。
鮮烈なる赤髪赤目の一族の御子、消滅の魔女シーラの誕生だった。
シーラの誕生は『巫女エッダ』と『泉の巨人ミーミル』に予言されていた。
そして、予言の通りに魔法文明は一気に花開く。
永遠と消滅の魔法が干渉し合う事で無限にも等しい魔力が生成されるようになる。新たな技術が生まれ、神々だけが食べられる『イズンの果実』やエラの永続魔法に頼らない不老をも生み出した。
緩やかなる栄華の時は瞬く間に過ぎ去り、千年以上の月日が経過する。
──しかしそれは、『魔法暦』の創設から三千年以上の時が経ったという事であった。
理由は定かではない。
あるいは『惑わす者ロキ』の仕業だったのかもしれないが、長き時は永遠の魔女すら蝕み、彼女を狂気へと誘った。
結論として、永遠の魔女エラは狂った。
あってはならない研究に手を染め、それが暴かれた事によってエラの立場は失墜し、魔法文明は変遷の節目を迎える。
エラは、魔法族の祖でありながら『死者の女王ヘル』の膝下に迎えられた。『主神オーディン』はヴァルハラに招けなかった事を酷く悔しがったという。
変遷を経て訪れたのは『魔導教会』の時代。
黒髪に赤と青の
二つの宗派は凄まじい怨嗟を持って干戈を交え、戦乱の時代を迎える。
その間隙を縫って消滅の魔女シーラが嗤った。
生まれながらの地位を持つ、傲慢不遜たるシーラは魔法族からもエラからも敬遠されていた。それがシーラを処刑から救う事になったが、傲慢な魔女は排斥された恨みを忘れていなかった。
無差別に、神々をも恐れぬ悪意によって、想像を絶する規模の消滅魔法を嗤いながら放った。
故に魔法暦3560年。
その日、文明は崩壊した。
──そして。
文明を滅ぼした大罪人として、シーラは生き残った魔法族に討伐される。
シーラ討伐戦において全ての魔法族が死に絶えたが、勇敢に戦った者たちは『ヴァルキキャリア』に導かれて『主神オーディン』の待つヴァルハラに招かれた。
後には魔力を有しながらも活かす事の出来ない弱小の小勢と、棲家を追われた平民たちが残るのみであった。
それでも、隻眼たる異形。
想像を絶する美しさとそれ以上の残酷さを併せ持つ史上最悪の魔女シーラを忘れてはならないと、人々は亡きシーラに『
新たな文明が幕を開けるまでの空白の時代があった。
その主人公となったのが、残された人々の中で頭角を現した覇気ある四人の若者だった。後に
赤髪赤目のハウエルゼン。
緑髪緑目のリルフレーゼ。
青髪青目のアドランティス。
金髪金目のエルドラド。
四人の若者は暗黒の時代の中で力を合わせて生き抜いた。
一族を率いる彼らは魔法文明の時代に『マギア』と呼ばれる、ある程度の魔法を使える立場だったが、生き残って一族を率いて戦っていた。
だが、決して過ごしやすいと言える環境ではなかった。
消滅魔法による影響で、主要な大地が人も魔物も侵入不可能な不毛の大地となっていた事に加えて、要となる魔法族が消えた時代では魔物の力はあまりにも強大だった。
堕ちた流星群から生じた六つの災い『
故に魔物から逃げて、余った『ミッドガルド』の土地を人間同士で奪い合う凄惨な戦いが繰り広げられる。
魔法文明が失われた先に訪れたのは、そんな暗黒の時代であった。
荒波に揉まれながらも、ハウエルゼンを筆頭に覇気ある選ばれし四人の若者たちは戦い続けた。
そして、ある時に四人が円卓を囲んで今後の相談をしていると、天から降りる光の球より神託を授かった。それは『ムスペルヘイム』より火花を取り出して、それを太陽や月や星々に変えて天空を彩った逸話を持つ
四人は
神授の証として『王紋』の魔法陣が四人それぞれに授けられた。
加えて『王紋』には劣るものの、誰もが魔術を使える魔法陣の作り方をも授かる。
──それが、魔術の誕生。
しかし、それでも住める土地は少ない。
魔術によって大きく版図を広げる事が出来たが、魔物の脅威は健在。新たな力を得た事によって人々の争いも絶えない。『
そこに手を差し伸べたのがエラン・カタリアと名乗る、アールヴ教徒の証たる面の付いた白衣を纏う女だった。
彼女の主導でアールヴ神族の力を借りて『ミッドガルド』の中央に位置する広大な『
後に『四人の公王』と呼ばれる彼らは復活した広大な土地である『消滅の大地』を四分割統治し、その中央部にある『
公王は過渡期に一人減って三人となったが、残った土地を再編して三分割統治した。──『ミッドガルド』における『三大国』の成立である。
同時期に『
──後に永世中立国となる『学院都市』の原型となった。
そうして魔法から魔術に移行し、暗黒の時代を脱した人々は年号を変える。
『魔術暦』が始まった。
それが『表向き』の歴史。
そして魔術暦500余年。
新たな転換期が訪れる時代に一人の少女が現れる。
彼女の名をアルシエルといった。
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